第106話
「……もしも蒼を殺した犯人の背後に界庭羅船が居た場合ですけど、恐怖に負けて冷静な判断ができなくなる事も、怒りに任せて無謀にも立ち向かう事もダメって事ですよね。リバーシになるのであれば」
「そうだ。大切なのは冷静な判断をした上でどう行動するかだ。お前が此度のミッションを引き受けるか引き受けないか……そんな事は極論どっちでも良い。私からすれば選択肢の1つが潰えたに過ぎないのだからな。だが、恐怖やプレッシャーに負けたから断る事は当然として、役に立ちたい気持ちが先行し過ぎて引き受けるといった事もしてはならん」
恐らく無意識なのだろうが、レギュラオンは間違いなく司を気にかけている。そうでなければ仮にもリバーシになろうとしている試験参加者の1人に、ここまで将来を見据えた言葉を投げ掛ける事などしないだろう。
司はその事に気付いていないが、彼女と長く付き合いのあるシュレフォルンたちは何となく気付いていた。そしてその様子がどこか新鮮に感じ、仁がレギュラオンに息子の事を話したのはしっかりと効果があったのだと実感した。
「お前が悩むのは当然だ。これまでこういった事態に直面した事も無ければ、WPUのような世界規模の大物と一緒に行動する事も無かっただろうからな。しかし、だからこそお前は冷静に考えた上で結論を出さなければいけない。まして自分が下した決断に対して後悔するなどもっての外だ」
レギュラオンにそう言われた司は、全てを見透かされている気がして居たたまれない気持ちになった。
任務を引き受けたいとならないのはプレッシャーに勝てる自信が無いから。任務を引き受けたくないとならないのは自分がこのミッションにおいて最適な存在であるが故に、WPUの役に立ちたいという気持ちがあるから。
そしてどちらを選んでも違った後悔が司を襲うだろうという予想も司はしている。
レギュラオンはその全てを見抜いた上で先回りしたかのような発言をしたのだ。
「さて。私のこの話を聞いた上で答えろ。どっちだ? 引き受けるのか? 引き受けないのか?」
レギュラオンの声と目の鋭さに一層凄味と鋭さが増した。これ以上余計な話をする気は無いと言われているような気がした司は、いよいよ決断の時である事を悟る。
実力も経験も十分に備わっていない人間の決断をレギュラオンはいつまでも待ったりしないだろう。
緊張感が最高潮に達したその時、司は意を決して震えた声で答えを出した。
「……やります。いえ……やらせてください」
「……! 司くん、良いの?」
司の判断に誰よりも先にテトラが反応した。この様子を見るに彼女の中では司が断わる方向で傾いていたようだ。
テトラのその確認に司は苦笑いとも取れるぎこちない微笑みで返す。
「うん。さっきレギュラオン総帥は仮に僕が断わっても選択肢の1つが消えるだけだって言ってたけど、僕が協力する事が最善の策なのは変わらないでしょ? それならその最善の策を捨てるなんてもったいない事……恐怖やプレッシャーを理由にしたくないよ」
正直怖くないと言えば当然嘘になる。だがそれでも自分にしかできない事があるのであれば、それを負の感情で白紙にする事だけはやはりしたくなかったのだ。
司はテトラから再びレギュラオンへと視線を戻してから彼女の目を真っ直ぐ見据え、恐らく彼女を最も安心させるであろう発言を口にした。
「レギュラオン総帥。約束しますし、常に意識します。自分を過信して無茶な行動は取らない事、そしてプレッシャーや恐怖に押し潰されそうな時ほど冷静になる事を」
「後者に関してはそんな簡単な事では無い。恐怖や不安に駆られた時、その感情を殺す事は人間の本能と戦う事と同義だ。相当な覚悟と気の持ちようが無ければ成し遂げる事はできない。とは言え、今のお前に大切なのはその気概だ。先ほど口にした言葉、決して忘れるなよ。我々に協力してくれる事、感謝する」
本当に感謝しているのかどうか疑わしい声と表情だが、今は素直にその言葉を受け取ろうと思った司は失望だけはさせてはいけないと一層気を引き締めた。
「テトラ」
レギュラオンの呼び掛けにテトラは肩を震わせて反応した。
「……! な、何?」
「司を全力でサポートしろ。良いな?」




