第104話
レギュラオンがそう締め括ると、彼女の執務室内が沈黙で満たされた。
今なら彼女が司に向けて放った言葉となる、都合の良い存在という意味も分かる気がした。ハマり過ぎて怖いレベルで、今の司の状況は対ゲーテに有効であったのだ。
これ以上の適任は居ないこの状況下、リバーシを目指すほどに熱い炎を内に宿す彼が躊躇する理由があるとすれば、それはもう1つしかない。
ずばりプレッシャーである。
WPUが追う世界的規模の犯罪組織の次期ボスであるゲーテ、そして彼のバックに潜む界庭羅船のレイクネス――相手にするのはこの2人であるという現実が彼の体に重圧として圧し掛かっていた。
司が行うべきミッションはゲーテが怪しい動きを見せないかどうかの観察だ。言葉にすれば短い文章で完結する内容だが、敵に真意を知られてしまっては一巻の終わりである。
何の経験も積んでいない自分に果たしてそんな事ができるのか。そしてレギュラオンたちの期待に応えられるのか。失敗した時、自分はその責任を負えるのか。考えれば考えるほど、司から前向きな気持ちがどんどん消えていくのだ。
貴重な経験になるし役に立ちたいから挑戦したいなど、とても軽々しく言える状況では無いのだから。だが司以上の適任者が居ないのもまた事実であり、その事を理解しているからこそ彼は断る事もできなかった。
「どうだ、司。この任務、引き受けてくれるか?」
「……僕は……。……」
レギュラオンの問い掛けに司は答えられなかった。首を縦に振ればこれ以上ないレベルのプレッシャーと戦い続けながらリバーシ加入試験合格を目指す事になり、首を横に振れば彼女たちの期待を裏切る事になり一生後悔しそうな気がしていたのだ。
どちらを選んでも苦しむ事になるのは明白であり、すぐに決断などできる訳も無かった。
「司くん……」
そんな彼の心情を察したテトラは、何か自分にできる事は無いかと頭を働かせる。
どれだけ彼がミッションに適した存在であっても一般人を巻き込んでしまっている事に変わりはなく、引き受けて欲しいと簡単には言えない。かと言ってテトラに勝つ気で試験に挑んでいるほどの彼に対して、無理しないで良いともなかなか言いにくい。
テトラは司とは違った意味で肯定も否定もできずにいた。
この感じでは沈黙が長く続きそうだと誰もが思ったまさにその時であった。レギュラオンが今回のミッションとは関係が無い質問を1つ、司に投げたのだ。
「司。お前は何故リバーシに加入したいんだ?」
「え?」
「同じ質問を口にするつもりはない。いいから答えろ」
「……」
司に許される返答は彼女がした質問に対する答えのみ。何故そのような質問をして来たかなど、レギュラオンにしたところで無意味だろう。
そう思った司は今朝テトラに教えた事と同じ内容をレギュラオンに言った。
「僕には蒼って名前の妹が居ました。その彼女が何者かによって殺害されたんです。僕はどうしても犯人が誰か知りたいですし、その人物が許せません。仇を取る……とまで言うつもりはありませんが、できる事なら僕の手で犯人を捕まえたいんです。牢政の事を信じていない訳では無いですし、もしかしたら明日にでも検挙されているかも知れませんが、ただジッとその時を待っているなんて僕にはできそうにありません」
「それでリバーシに、か。確かにリバーシであれば人脈と実力は牢政以上だ。それに諜報員として牢政に潜入すれば、実質牢政の一員として彼女の捜査にも加われるしな。なるほどな……全ては妹の天賀谷蒼の為という訳か」
リバーシは志望動機をそこまで重視しない。司のように人脈と実力を手に入れたいからの人も居れば、カムリィのように刺激が欲しいから入る人だって居る。いずれにせよ、求められるのは実力と潜在能力の2点だ。
「……。妹……か」
「……? (レギュラオン総帥、どうしたんだろう? 心なしか表情が悲しげ? に見えるけど……) 」




