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救護隊員の僕は、いつも急な呼び出しを受けるので妻と一緒にいられない

 僕はロクト・ワールン、19歳。

 ある町で『閃光救護隊』に所属しており、能力を認められ、隊長に次ぐ筆頭隊員の地位にある。

 『閃光救護隊』というのは、各町に数人ずつ配備されている、救護隊のこと。

 “閃光”の名の通り、迅速な動きが求められる。

 常に小型の魔道具を携帯することが義務付けられ、これが鳴ったらどこからでも現場に急行しなければならない。

 用件はさまざまだ。

 馬車の事故、魔物に襲われた、怪我をして動けない、物を盗まれた……真っ先に急行して、呼び出し主を助ける。

 だけど緊急性のない呼び出しも多く「こんなことで呼び出すな」と思ってしまうこともよくあるんだけどね。


 そんな僕だけど、ある時町でチンピラに囲まれている一人の令嬢から呼び出しを受けた。

 真っ先に急行した僕は、剣でチンピラ三人を瞬く間に叩きのめす。これぐらいできないと『閃光救護隊』は名乗れない。

 呼び出し用の魔道具を手に、目を丸くしている令嬢に僕は声をかける。


「お怪我はありませんか?」


「は、はい……ありがとうございました」


「いえ、これが僕の仕事ですから」


 淡い金髪が肩まで伸び、落ち着いた色合いのドレスを着た可愛らしい令嬢だった。

 リエーナ・クレスト、17歳。

 男爵家の令嬢であり、この時から僕と彼女は恋に落ちる。


 程なくして僕と彼女の交際は認められ、相手は貴族ということで、僕は婿入りすることになり、結婚。

 僕はロクト・クレストとなり、リエーナの夫となったのである。



***



 リエーナのご両親は僕たちのために、家を用意してくれ、僕たちはそこで暮らすことになった。

 だけど結婚してからも、僕の仕事は変わらない。

 携帯している魔道具が鳴れば、すぐさま現場に急行する。


「すみません、馬が逃げ出しちゃって……」


「いえいえ……」


 今日は小屋から逃げた馬を取り押さえた。

 仕事を終えた僕を、リエーナはにっこり笑って迎えてくれる。


「お帰りなさい」


「ただいま。今日は馬を捕まえたよ」


「ふふっ、さすがね」


 だけど、皮肉なことにこの頃から僕の仕事は加速度的に忙しくなっていく。

 毎日のようにどこかの誰かに呼び出され、真夜中に家を出ることもしばしばあった。

 僕らの仕事ぶりが『閃光救護隊』の優秀さを知らしめたことで、ちょっとしたことで呼び出す人が増えてしまったのだ。

 緊急性のない呼び出しもますます増え、駆けつけたはいいがすでに自力で解決していたり、あまりに下らない用件だったりということも少なくなかった。

 だけど、万が一緊急性の高い事件だったら、と考えると駆けつけないわけにはいかない。

 僕は町の平和のため、必死に人々の呼び出しに応え続けた。


 まもなく結婚から一年が経とうとしていた。

 妻とゆっくり――なんて時間は殆ど持てなかった。

 鏡を見ると、黒髪でヘーゼルの瞳を持つ僕が映る。昔に比べ、ずいぶん逞しくなったようにも、疲れ切っているようにも見える。

 それでも今日も僕は『閃光救護隊』の詰め所に出勤する。

 すると、同僚が言った。


「確かお前、明日は結婚記念日だろ」


「あ、ああ」


 その通りだ。僕とリエーナが結婚してちょうど一年になる。


「明日は奥さんが豪勢な料理でも作ってくれるんじゃないのか? なんたって男爵様の娘さんだし……」


「うん……多分そうだろうな」


「だから、明日は魔道具が鳴ってもお前は出動しなくていいよ。奥さんとゆっくり一夜を楽しめ」


 僕が同僚を見回すと、他の仲間たちもうなずいている。


「ロクトさんにはいつも助けてもらってるから……」

「明日だけはきちんと休みましょう」

「なあに、俺たちだけで大丈夫ですよ!」


 皆の心遣いがありがたかった。

 僕は結婚記念日はリエーナとゆっくり過ごすことにした。



***



 翌日、結婚記念日――

 リエーナは朝から料理の支度をしていた。


「お、鴨肉かい!」


「ええ、あなたの好物だものね」


 リエーナは結婚記念日のために上等な鴨肉を仕入れてくれていた。

 しかし、王国の鴨肉は肉質が硬いため、美味しく食べるには複雑な仕込みをした上、かなりの長時間煮込む必要がある。

 非常に手間がかかるわけだが、今日は僕のために作ってくれるという。


 ありがたかった……。

 幸い、今日は穏やかな日で、魔道具が鳴ることはなかった。

 このままいけば、僕はリエーナと楽しく食事をすることができる。


 日が沈み、いよいよリエーナが食器の用意を始める。

 キッチンからはすでに鴨肉の香ばしい匂いが漂っている。頬がほころんでしまう。

 リエーナが半日以上かけて作ってくれた鴨肉煮込みを堪能しよう。

 そして、しっかり伝えるんだ。


「僕と結婚してからの一年間、どうもありがとう。これからもよろしく」


 ……ってね。

 きっと最高の結婚記念日になるぞ。


 だが……だけど。

 こんな時に限って。

 起きてはならないことが起きてしまった。

 僕がポケットに入れている魔道具が鳴っている。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 これを聞いたら、『閃光救護隊』はすぐに駆けつけなければならない。

 たとえどこにいようと、何をしていようと、その日がどんな日だろうと。

 そんなバカな……。

 なんでこれからって時に鳴るんだよ。

 いや、だけど、今日は仲間たちに任せていいことになってる。

 それにどうせ、呼び出しの用件は下らないものばかりなんだ。

 はっきりいって体感で九割以上は、『閃光救護隊』でなくてもいい仕事だ。

 こんな音は無視して、僕はリエーナと鴨肉を食べるぞ。そう決めたんだ。


 だが、もし……。

 これが緊急性の高い用件だったらどうする。

 僕が駆けつけていたらその人は助かったとしたら……。

 いやいや、僕には仲間がいるじゃないか。

 彼らだって、今日は僕に休めと言ってくれている。

 ここで僕が行くのは僕が彼らを信頼していないということにならないか。

 だが、僕には分かっていた。この理屈は行きたくない自分が作り出した逃げの理屈だと。

 僕は仲間を信じてではなく、仲間をダシにして、呼び出しを無視する自分を正当化しようとしているだけに過ぎない。


 行きたくない。

 行きたくない。

 行きたくない。

 こんな呼び出しは無視して、リエーナと一緒に美味しい鴨肉を食べたい。

 久しぶりにゆっくりイチャイチャしたい。

 いつも頑張ってるんだ。これぐらいいいじゃないか。


 だけど。

 だけど。

 だけど。

 もし急を要する用件だったら。

 もし同僚たちだけでは解決が難しい事柄だったら。

 もし僕が行かなかったことで誰かが死んでしまったら――


 ほんの数秒だが、僕は猛烈に悩んだ。

 歯を食いしばり、目を閉じ――開いた。


 剣を持ち、『閃光救護隊』の証である赤いマントと紋章をつける。

 そしてリエーナに向かって――


「すまない、呼び出しがあった!」


 僕は家を飛び出した。



***



 家に戻った。

 呼び出し用件は、中年女性が野犬に吠えられていた。僕は剣で野犬を追い払い、事なきを得る。

 緊急性は高かったが、仲間たちもすぐに駆け付けたので、僕が行く必要はないといえばない用件だった。


「今日は出動しなくていいって言ったのに」


「まあな。だけど、行かずにはいられなかったよ」


「……お前らしいな」


 僕の答えに、同僚たちは呆れるような、感心するような笑みを浮かべていた。


「ただいま」


 リビングに入った僕を、リエーナは優しく迎えてくれる。


「お帰りなさい」


「すまない……」


 謝る僕にリエーナは微笑む。


「鴨肉なら、すぐ温め直すわよ。温かい方がいいものね」


「いや、そうじゃなくて……」


 僕は言った。


「せっかくの結婚記念日なのに、仕事を優先させてしまって……」


 すると、リエーナは――


「そんなあなただから、私は好きになったのよ」


 僕はこの時、自分の中にこみ上げるものを抑えることができなかった。


「……うっ」


「あなた?」


「いや、すまない……僕としたことが……」


 目から涙がポロポロと流れてくる。みっともない。

 僕が指で涙を拭いていると、リエーナは温かな声でささやいてくれた。


「あなたはいつもみんなに頼りにされてるけど、たまには私に甘えてくれていいんだから」


「……っ!」


 僕は泣いた。すがりつくように。


「うおおっ……! うおっ……! ううっ……!」


 栄えある『閃光救護隊』隊員ともあろう者が、なんて情けない。

 だけど、涙は止まらなかった。止められなかった。

 やがて、涙も出なくなった頃、リエーナはこう言ってくれた。


「やっと夢が叶ったわ」


「夢?」


「私はね、ずっと『閃光救護隊』として働くあなたの支えになりたかったの。だけど、あなたはいつだってかっこよくて支えなんかいらなさそうだったから……。正直、悔しかったのよね。いつか私に愚痴の一つぐらい吐かせてみせる、と思ってたんだから」


「リエーナ……」


 僕たちはそのまま温め直した鴨肉を食べた。

 ワインとよく合い、とても美味しかった。

 この後、魔道具が鳴ることはなく、僕たちは穏やかな一夜を過ごすことができた。



***



 少し時は流れて……僕は『閃光救護隊』隊長に抜擢される。

 隊長になってもやることはそう変わらない。今も町の平和のため、魔道具で呼ばれたら飛び出す日々だ。

 しかし、労働環境はずいぶん改善された。

 各地の救護隊員の過労や無休が社会問題化し、雑用などの緊急性のない呼び出しには罰則が設けられるなど、仕組みが是正されたのだ。

 この運動には男爵家の娘であるリエーナも関わり、大きく影響を与えてくれた。


 なので今は毎日のように呼び出される、下らないことで呼ばれる――といったことはずいぶん少なくなった。

 とはいえ忙しく、重要な仕事には変わりない。


 昼下がり、家にいた僕は呼び出しを受ける。


「じゃあ、行ってくる!」


 すると、僕の愛する妻リエーナと――


「行ってらっしゃい」


 愛する息子リクが――


「きをつけてね、パパ!」


 僕を見送ってくれる。


 僕は赤いマントを羽織り、紋章を胸につけると、勇ましく飛び出す。

 困っている人よ、待っていてくれ!






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
おおお(⊙⊙)‼ とっても素敵なお話でした。 ひと。助けるお仕事。現実にもたくさんありますね。ご苦労さま、そしてありがとうと言いたいですね。 ロクでもないワルい君! 「ロクト・ワールン」だ。 そうな…
私と仕事のどちらが大事なの!?って責めるような奥さんじゃなくて本当によかったです これからもどうぞお幸せに!
息子「で、僕はその『アイの結晶』って訳な。」 ……スルーしていいかい?
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