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第五話 前ぶれ





手すりに立っていた女性が視界から消えた。歩道橋から線路へ飛び降りたのだ。タツが走りながら両手を突き出す。すると両手から黒い蛇が物凄い速さで飛び出し、歩道橋の手すりから下へ伸びた。

「頼む!なんとか掴んでくれ!」

タツが叫ぶと両手から伸びた黒い蛇は、落下する女性の足首を捕まえた。だがその瞬間、女性の体重と落下の勢いでタツは体を引きずられ歩道橋の手すりに体を叩きつけられた。女性は地面に落ちる事はなかったが、空中で宙吊りの状態だ。すると、終電の電車がもうすぐそこまで迫って来ていた。このままでは宙吊りの女性は、走ってきた電車とぶつかってしまう。アキ君が急いで引っ張りあげようとしているが、女性の体は中々上がらない。まずい!このままでは!その瞬間、クッキーが時間軸を変える。電車が超スローモーションになってる間に引き上げようとしたのだ。だが、黒い蛇は女性の体重を支えきれずに、ズルズルと伸びていく。いつもならピンと張りがあるのに、今は伸び切ったゴムのようだ。いくら引っ張り上げても、その分が下に伸びていってしまう。これでは埒があかない。クッキーがもう一度、時間軸を変え引っ張り上げようとするが、一向に女性の体は上がってこない。

「タツ!しっかり踏ん張りやがれ!」

クッキーが叫ぶと

「だ、ダメです!なんか‥言う事を聞いてくれない‥!」

タツも叫んだ。黒い蛇は力無くダランと伸びたままだ。

「下から降ろしましょう!時間軸を変えてる間に下に降りて、線路に降ろしてから避難すれば‥」

アキ君の提案だ。が、

「いや‥。時間軸の変更も、どんなに頑張っても後数回が限界だ。その間に下に降りて彼女を降ろして担いで避難するのは無理だ!」

とクッキーが言う。今から歩道橋を駆け降りて、高いフェンスを乗り越え、橋の真下に行ってから彼女を降ろし、担いで避難‥。確かに時間的に厳しい‥。

「‥じゃあどうすれば‥?」

タツが絶望的な声を出す。すると、タツの両足からさらに二本の黒い蛇が飛び出したのだ。そして今度は宙吊りになっている女性の体に巻き付いたのである。これならば伸びていき難く、力を入れやすい!とその時、酔いながらもようやく事の次第を理解した天音が、タツの黒い蛇を掴んだ。そして天之手力男の怪力で、一気に引き上げたのだ。女性の体が歩道橋の手すりの高さまで上がった瞬間、間一髪で終電が真下を通過していったのだった。



クッキー達は深夜、陰陽神社に向かって歩いていた。飛び降りた女性は落下した衝撃で気を失っていた。このまま放っておくのもなんだし、すでに深夜だった事もあって、とにかく陰陽神社に連れて帰ろう、という事になったのだ。クッキーが女性を背負って歩き、みんなが後に続いている。歩いている最中、タツがしきりと両手の黒い蛇を気にしていた。

「‥どうしたの?」

天音がタツに聞く。

「‥いや。なんで急に力が入らなくなったんだろう‥と思って‥。それに両足からも黒い蛇が出てきたし‥。一体、何匹出てくるのかな‥って‥」

とタツが答える。すると二人の話しを聞いていたアキ君が近づいてきて

「‥普段のような力が出なかったのは、多分『お酒を飲んでいたから』じゃないですかね?ひょっとするとタツ君の守神は、凄い守神かもしれませんよ‥」

と意味深な事を言う。タツが驚いた表情をすると、アキ君はニッコリ笑って先に行ってしまった。タツは改めて両腕の黒い蛇を見つめた。しばらくして陰陽神社にたどり着くと、アキ君が素早くみんなの部屋を用意してくれた。クッキーは元々寝床があったのでそこで寝る事にして、女性には天音が付き添い居間に布団を敷いて寝る事にした。タツはアキ君の部屋で寝る事になった。それぞれ部屋に入ると、疲れとお酒のせいもあり、あっという間に眠りについたのだった。


次の日、賑やかな小鳥の囀りでタツは目が覚めた。枕元にあるスマホの時計を見ると、朝の六時半過ぎだった。箒で履く音も聞こえたので、少しだけ襖を開けて見ると、アキ君が神社の境内を掃除していた。昨夜、タツとアキ君が就寝したのが深夜二時過ぎだった。それなのに、こんなに朝早くから‥。アキ君は、ほとんど寝ていないのだろう‥。タツは眠気を気合いで払いのけて起き上がった。庭にあるガラスの引き戸を開けると、アキ君がタツに気づいた。

「おはようございます。眠れましたか?お風呂、沸かしてあるんでどうぞ。タオルは洗面台の所に置いてあります。朝ご飯は、この掃除が終わってからでもいいですか?」

アキ君が掃除の手を休める事なくタツに言う。

「何から何まですいません‥。僕も何か手伝える事があれば‥」

タツは目を擦りながら、外へ出ようと外履きを探す。が、その時、天音が起きてきた。

「二人共、おはよ。彼女も目覚めたよ」

と、天音が二人に言う。タツとアキ君は顔を見合わせると、二人が寝ていた居間へと向かった。部屋に入ると、女性は布団の上に正座していた。挿絵(By みてみん)

パンツスタイルのスーツ姿で、長い髪の可愛らしい女性だ。少し学生らしさが残る幼い顔つきなので、多分二十代前半ぐらいだろう。タツと天音とアキ君が女性の前に座ると、遅れてクッキーと淤加美と奈美ちゃんが現れ、タツ達の後ろに立った。

「昨夜の説明はしといたよ。夜遅かったからここに連れて来た事と、色々な事情も考慮して警察には言ってない事も‥。彼女、南雲双葉なぐもふたばさん。都心の方で会社員をしているみたい。自宅はこの近くなんだって‥」

天音がみんなに説明してくれる。起きてから彼女と少し話しをしたようだ。天音が簡単にみんなの紹介をする。あえて淤加美と奈美ちゃんの紹介はしなかった。見えていないものだと思ったのだ。だが、南雲双葉はチラッと二人の方を見たのだ。天音がそんな南雲の視線に気づく。

「‥‥ひょっとしてさ‥‥女性二人が見える?」

天音が恐る恐る聞くと、南雲が無言で頷いた。

「‥天音ちゃんといい、タツ君といい、霊感強い人多いよねぇ‥‥どっかのクソ鈍いコワモテオジサンとは違って‥‥」

淤加美が南雲を見ながら感心したように言う。隣では淤加美に殴りかかろうとしているクッキーを、アキ君が必死に宥めていた。天音が苦笑いで淤加美と奈美ちゃんの紹介もする。神様と霊体と聞いて、少し困惑してるようだ。まぁ、それが普通のリアクションなのだが‥。

「‥どうして飛び降りようと思ったの?」

タツが尋ねると、長い沈黙が続く。そしてようやく南雲双葉が

「‥仕事が‥‥キツくて‥‥辞めたくても‥‥辞められなくて‥‥もう‥‥どうしようもなくて‥‥」

と、蚊のなくような声で言う。すると背後でクッキーが大袈裟に溜息をつく。きっと彼女の死にたかった理由に納得いかないのだろう。淤加美が慌てて小声で嗜めている。

「‥‥そんな理由で?‥って思いますよね‥‥」

南雲が俯きながら言う。すると淤加美が

「‥そんな事ないよ‥‥辛かったんだもん‥ね?」

と慰めるように言う。だが、クッキーが

「‥あのなぁ。仕事が辛いなら辞めりゃ良いだろ?何も死ぬこたぁねぇだろうがよ?」

と言うと

「‥‥ご、ごめんなさい‥‥」

と南雲が謝る。別にクッキーとしては怒っている訳ではないが、見た目と言い方で怒っているように感じるのだろう。すると意外にも奈美ちゃんがクッキーの横に立ち

「‥クッキーさんは相手にハッキリと伝えられるかもしれないけど、言いたくても言えない人も世の中にはいるんです。人は皆、同じじゃない‥。不公平なぐらい違うんです‥。クッキーさんには大した事じゃない事でも、他の人にとっては死にたくなるぐらい辛い事があるんです。ある人が何でもなく乗り越えられる事が、乗り越えられなくなってしまうんです。昨日まで乗り越えられたのに、今日になって乗り越えられなくなる事だってあるんですよ‥」

と震える声で、だがまっすぐとクッキーを見つめて言う。奈美ちゃんには、死にたくなった彼女の気持ちが痛いほどわかるのだろう。奈美ちゃんは気が弱そうな見た目と違い、芯が強い所があるようだ。クッキーは黙って聞いていたが、軽く頷きながら

「‥悪かったな」

と南雲に言った。南雲は座ったまま俯いている。

「‥とにかく、何があったか話してみてよ?アタシら、力になるよ?」

天音が胡座をかいたまま優しく問いかける。すると南雲は大粒の涙を流し始めた。そして少しづつ話し始める。南雲双葉は現在二十五歳。大学卒業後、都内にある『株式会社ゼウス企画オフィス』と言うイベントの企画制作会社に勤めていたようだ。そして最近になって、大きなイベントを任せられたと言う。初めての大きな仕事に、南雲は張り切って取り組んだ。寝る間も削り休日も返上して、何とか成功のメドが立った時、続け様に次の大きな仕事を任されたそうだ。疲れ果てていた南雲だったが、身を奮い立たせて次の仕事に取り掛かった。だが、そんな日々が一年以上続いたと言う。気づけば、毎日の残業時間が七時間超えが当たり前になり、休みも月に二、三日あるかないか。だが、タイムカードは定時で打つように上司から言われ、残業は全てサービス残業。有休申請を出して有休消化しながら、ネットカフェで仕事をしろと言われたそうだ。そして同じく有休消化中の人が大勢いるネットカフェで、一日中仕事をしたと言う。なので、タイムカード上は法定時間内に収められていたそうだ。

「‥そんな‥いくら何でも酷すぎる‥‥なんで断らなかったの?」

タツが素直な疑問を口にする。

「‥‥それが当たり前だったんです。周りの人も何も言ってなかったし‥‥。文句を言えるような環境じゃなかったんです‥」

南雲が俯きながら言う。なるほど。大方、文句を言って辞めていく人を悪者扱いして、残っている人を英雄扱いにでもしたんだろう。そうやって文句が言いにくい状況を作っていく。残っていくのは、文句が言えない気の弱い人や、素直に言う事を聞く人だけ。会社という閉鎖的な空間で、間違った事でも正しい事のように勘違いさせていく。会社や学校、家庭などでも起こりうる軽い洗脳現象だ。洗脳現象なんて言い方をすると大袈裟かと思われるかも知れないが、実際に身の回りでよく起こるいわゆる『思い込み』だ。その思い込みを操作する事で人を自分達の思い通りに動かすのだ。

「そんな働き方してたら、誰だって嫌になりますよ‥」

アキ君の言い方は、南雲にというかクッキーに向けて言ってるように聞こえた。

「‥タイムカードをきっちり押させられていたんじゃあ、証拠にならないね‥。何か証拠になる事を抑えないと‥」

天音は腕組みして呟いている。

「同じ会社の人から、何か証言が取れないかな?それだけ酷い会社なら、快く思ってない人が大勢いると思うんだよね‥」

タツが提案すると、南雲が

「‥難しいかもしれないです‥。会社に『密告制度』があるんです‥。会社を告発しようとしている人や、会社の文句を言ってる人の証拠を提出するとボーナスが出る、っていう‥‥」

と、か細い声で言う。その瞬間、クッキーが舌打ちをした。

「‥くそっ。胸糞悪ぃ会社だな」

クッキーが苛立つのも無理はない。とんでもない会社だ‥。今時にしては、珍しいのかもしれない‥。そして数日前に事件が起きたという。会社の上層部に突然呼び出され、南雲が業務に関する大事な情報を他社に流した、と言われたそうだ。

「‥もちろん、そんな事はしていません。きっと誰かが私の名前を使って流したんだと思います‥‥密告制度の報酬欲しさかもしれません‥」

だが会社側は、南雲が会社に恨みを持ってやった事ではないか?と言いだしたのだ。そして南雲は今の仕事の担当を外され、会社からは多額の損害賠償を請求されたという。

「訴えないでやるから賠償金を払え、って言われました‥。訴えられても弁護士を雇うお金もないし‥‥かと言って高額な賠償金も払えないし‥‥」

南雲が小さい声で言う。狭い会議室で数人の男性上司に取り囲まれ、つい賠償金の支払い誓約書にサインをしてしまったと言う。

「‥だから飛び降りたの?」

と、淤加美が聞く。南雲は小さく頷きながら

「‥‥あそこは仕事の帰り道なんです‥‥‥親に迷惑はかけれらないし‥‥友達も頼れない‥‥どうすればいいかわからなくなって‥‥そしたら、あそこを通りかかって‥‥」

と、蚊の鳴くような声で言った。長い沈黙の後、タツが切り出す。

「‥明日、出社してみない?その時に僕も一緒に行っても良いかな?その会社の様子を見て見たいんだけど‥」

とタツが言うと、南雲がチラリとタツを見て軽く頷く。すると天音が

「じゃあ、アタシも行くよ。どうせ有休中だし」

と言い出した。結局、淤加美と奈美ちゃんも行く事になったが、アキ君は神社での仕事があり行けないらしく、クッキーも用事があって行けないそうだ。

「‥悪いな。明日は出かけるんだわ‥」

とクッキーが言う。数ヶ月に一回、地方に逃した娘達の様子を見にいくのだそうだ。

「五島の部下が居場所を嗅ぎつけて、連れ戻しに来ないとも限らんからな‥」

クッキーがアキ君が入れてくれたお茶を啜りながら言う。すると奈美ちゃんが 

「‥ところで今日は?どうにか休めたの?」

と、心配そうに南雲に聞く。南雲はスマホを取り出しながら

「‥はい。『どうしても体調不良で』と言ってなんとか‥‥。でも‥‥」

と、言いながらスマホのメールを見せる。そこには三十件以上の受信メールと、着信の履歴があった。全て会社の人間からだと言う。たった一日休んだだけで、この騒ぎか‥。すると

「‥とりあえず、皆さん順番に朝風呂でもどうですか?きっと気持ちが晴れますよ?そしたら朝ご飯にしましょうよ」

アキ君が努めて明るく言う。まぁ、気持ちの切り替えには良いかも知れない‥。みんなはその言葉に気を取り直すと、立ち上がったのだった。



その日はみんなでアキ君のお手伝いをしながら過ごした。南雲双葉も、久しぶりにのんびりと休めたらしい。あんな働き方じゃあ、無理もない。そして夜になると、タツと天音と南雲はそれぞれの自宅へと帰っていった。明日は南雲の会社がある千田谷区ちだがやくの地下鉄の駅、千本町せんぼんちょう駅で待ち合わせになったのだ。そして次の日の朝、タツは電車で千本町駅に向かった。朝の猛烈な満員電車に揺られ、何回か乗り変えてようやく千本町駅に着いた。タツ達の住んでる八千代市は、都内でも西の方にありだいぶ田舎だ。それに比べ千田谷区は都心のど真ん中にあり、巨大な高層ビルが立ち並ぶ大都会。有名企業の本社ビルや、行政の各省庁の建物も数多くある。タツは八千代市で生まれ育ったせいか、都心特有の地下道や地下鉄のダクトの匂いが苦手だった。地上でもそこら中にある地面の排気口から、地下からの空気が出ているので、あちらこちらで『地下の匂い』がするのだ。この匂いを嗅ぐと、『都心に来たなぁ』と感じてしまう。タツがそんな事を思いながら千本町の駅の改札に着くと、天音と南雲が待っていた。一本早い電車だったのだろう。淤加美と奈美ちゃんも到着していた。二人はどうやって移動しているのだろう?

「二人はどうやって来たんですか?」

タツが素直な疑問を口にする。

「色々な場所にゲートがあって、そのゲートから」

淤加美がタツと天音と南雲に説明してくれる。なるほど。そこら中にある、ゲートという物を潜れば一瞬で到着するらしい。鬱陶しい移動がないのは、中々便利なものだ。そんな事を話しながらタツ達五人は改札を出ると、階段を登り地上へと出た。



その頃、千本町のオフィス街の一つのビルの屋上に、あの黒いスーツ姿の少女と眼鏡の中年男性が立っていた。奈美ちゃんが暴れたあの公園にいた二人だ。

「ようやく初めての大掛かりな実戦テスト‥。中々、手間取ったね‥」

少女が中年男性に言う。挿絵(By みてみん)

「‥やはりサンプルが安定しないのが要因ですね。この前の女性のように‥‥」

中年男性が少女に言う。

「そういえば、その時に邪魔してくれたヤツら‥調べはついたの?」

少女は棒が付いた飴をポケットから取り出し、口に咥えながら聞く。

「‥えぇ。黒い着物の女性は淤加美神おかみのかみでした。後の三人は、淤加美神によって、神主になった人間ではないかと‥‥」

中年男性が淡々と伝える。

「‥ふぅ〜ん。淤加美神ねぇ‥」

少女は飴を舐めながら、屋上の手すりに寄りかかり下を見ている。何か考えているようだ。

「では、始めますよ?よろしいですか、夏海さん?」

中年男性が上着の内ポケットから、スマホを取り出しながら少女に聞く。夏海と呼ばれた少女はボーっと下を見ていたが、突然何かを見つけ

「‥!‥ちょっと待って!あそこ!アイツらがいる!」

と、下の方を指差す。二人がいるビルの斜め前のビルの入り口付近に、あの公園で見かけた連中がいるのだ。

「‥本当ですね‥‥なんでこんな所に?‥‥どうします?中止しますか?」

中年男性が夏海に聞く。

「‥‥いや。むしろいい機会じゃん。一般人だけじゃなく、神主を想定したデータが取れる。やるよ、赤口あかぐち!」

夏海が中年男性に号令を出す。赤口と呼ばれた中年男性はスマホに話し始めた。挿絵(By みてみん)

「‥5月21日、水曜日。7時56分。天候、晴れ。場所、千田谷区千本町オフィス街。これより実戦テストを開始する。テスト個体、呪力付加率70%以上の高呪力付加個体。テスト個体名『松田浩平』。目的、オフィス街での戦闘能力の実証実験」

赤口は言いながら右手を挙げた。




南雲が先頭に立ち、会社へと向かう。歩き始めて程なくすると、大きなビルが現れた。新しく綺麗なビルだ。このビルの中に南雲が勤める会社があるのだろうか?すると南雲は顔だけ後ろに向けて

「‥ここです」

と石段を登りながらタツ達に言う。だが階段を登りきると、突然立ち止まる。そして大きく深呼吸を始めた。

「‥大丈夫?」

天音が南雲に聞く。

「‥‥はい」

南雲は力無く頷くと、意を決して会社の入り口に歩き出した。だがその時

「‥ちょっと待って」

突然、淤加美が左手を挙げて立ち止まった。

「‥なに?‥‥なんか変な感じがする」

淤加美は周りを見渡し始める。急にどうしたのか?タツと天音も周りを見渡すが、これと言って変な感じはしない。周りはスーツ姿の会社員が多く行き来している。タツや天音のような私服姿の人は少ない。車道は沢山の普通の車の他に、タクシーやバスも走っている。すると淤加美が突然振り向いて上を見る。するとビルの二階と三階の中間ぐらいの所に、人が空中に浮かんでいるのが見えたのだ。首と両手をダランと下げていて、ゆっくりと漂っているような感じだ。

「‥な、何あれ?」

タツが淤加美に聞く。

「‥わかんない‥‥‥霊体?‥‥でも、なんか変ね‥‥。まるで‥‥」

淤加美が言いながらチラリと奈美ちゃんを見る。そう。あの夜、公園で暴れた奈美ちゃんはこんな感じだった。意識のある感じがなく、上手く言えないが、なんか恐ろしいものを感じたのだ‥‥。その空中に浮かぶ霊体は、周りの誰にも見えていないのだろう。周りはいつもの日常が流れている。すると空中に浮かんでいた霊体が、ダランと下げていた顔を突然上げた。見る限り、若い男性のようだ。

「‥!‥あれって‥‥」

淤加美が男性の顔を見て驚く。

「‥何?‥‥知り合い?」

天音が淤加美に聞くと、淤加美は

「‥‥確か、アタシが調査している件のリストで見た顔‥」

と言い、懐から巻物のような物を取り出す。そして巻物を広げると、立体的に映像が浮かび上がった。まるで最新のホログラフィックみたいだ。一体、どんな仕組みなのだろう?淤加美が片手でスライドすると画像が次々と変わっていく。

「‥‥あった!」

淤加美が叫ぶと、そこには空中に浮かんでいる男性とソックリな男性が映っていた。

「‥名前は松田浩平。二ヶ月前に交通事故で亡くなってるけど、魂が黄泉国に来ていない‥‥」

淤加美がリストを読み上げる。すると空中に浮かぶ松田さんが、急に笑みを浮かべる。そして黒い煙のような物が、松田さんの体から噴き出てきて体全体を包み込んだのだ。黒い煙は大きく膨らむと、長い手足が何本も生えてきて、松田さんは巨大な黒い蟷螂のような化け物になったのだ。頭の高さがビルの二階ほどの大きさだ。

「‥!‥‥な、何?‥‥あれ?」

南雲が恐怖で慄きながら呟く。周りの人達はそれでも見えていないようで平然と歩いている。

「‥!‥なんかヤバい!‥‥周りの人達に逃げるように言って!」

淤加美がタツに叫ぶ。

「‥え?‥‥で、でも‥‥」

タツが躊躇した瞬間だった。巨大な蟷螂の前を歩いていた、サラリーマン風の中年男性と若い女性の体が、突如バラバラに切り裂かれたのだった。







<人物図鑑>

名前:大和辰巳やまとたつみ

別名:タツ タツ君

年齢:三十歳

守神:黒い蛇?

能力:黒い蛇が体から伸びて掴んだり出来る

備考:頭脳派だが少し気が弱い

   八千代市内に住み今は無職

挿絵(By みてみん)

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