第四話 男と女
アキ君がみんなにお茶を出す。クッキーと淤加美と天音とタツはテーブルを囲んで座っていた。
みんなの視線の先には、女性の霊が同じくテーブルの前に座っている。女性の霊の名前は相崎奈美。生前は某製薬会社の営業をやっていたそうだ。天音の話しでは、天音の勤務先の谷川総合医療センターによく出入りしている製薬会社らしい。伊坂とは、病院に営業に来た時に知り合ったそうだ。何度か食事に誘われ、最初は断っていたが何度目かの誘いを受けてしまったらしい。始めは食事するだけだったが、誠実で真面目そうに見えた為、お付き合いするようになったという。だが、付き合い始めてしばらくすると、彼の行動に不可解な点が出始めたという。
「‥自宅に行かせてくれなかったんです。家が汚いからと‥。『気にしない』って言っても絶対に連れて行ってくれませんでした‥」
相崎奈美は俯きながら、か細い声で言う。それ以外にも、休みのはずなのに連絡が取れない日があったり、デートを急にキャンセルされたり、一緒に食事中に急に電話で席を立ったりなどがあったらしい。だが、伊坂を信じていたと言う。きっと何か理由があるんだろう、と‥。だが
「‥‥ある日、体調がすぐれなくて‥‥。もしかして、と思って自分で検査してみたら‥‥」
相崎がさらに俯く。
「‥まさか‥‥子供が出来ていた‥‥?」
淤加美が探るように尋ねる。相崎は俯いたまま頷いた。その瞬間、天音が大きな溜息をつきながら
「‥‥マジか‥」
と呟いた。
「‥すぐに彼に言いました。きっと『一緒になろう』って言ってくれると思ったんです‥」
相崎は言いながら涙を流し始める。
「‥でも違った。『おろせ』って言われました。『金なら出すから』って‥‥。『今は仕事が大事な時だから』って‥‥」
相崎は泣き崩れてしまった。淤加美が側に行って相崎を抱き寄せる。しばらくの間、重苦しい沈黙が続く。静まり返った部屋の中で、相崎の啜り泣く声だけが響いていた。
「‥おろした後で知りました‥。実は、もう一人付き合っている人がいる事‥‥その人と結婚する事を‥‥」
嗚咽しながら相崎が声を振り絞る。
「私と一緒になる気がないなら、せめて産ませて欲しかった!私は子供をおろしてしまった!お腹の子供を殺してしまった!‥‥‥‥あの子は‥‥あの子は生まれてくる事さえ許されなかった!この世で名前さえ貰えずに死んでいった!‥‥‥あの子が可哀想で‥‥あの子に申し訳なくて‥‥」
発狂するように泣き叫ぶ相崎を、淤加美が必死に宥めている。
「‥‥それからです‥‥‥私は幸せそうな家族連れを見れなくなりました‥‥小さな子供も‥‥‥。しばらくすると、夢にも出てくるようになりました‥‥夢の中で赤ちゃんの鳴き声が聞こえるようになったんです‥‥それから眠れなくなっていって‥‥仕事も辞めて‥‥限界でした‥‥もう無理だ‥‥と思って‥‥」
相崎がそこまで話すと、天音が立ち上がり相崎の側に行く。そして相崎の隣に正座し
「‥‥あなたも気づいているかもしれないけど、アタシもアイツと付き合ってた‥‥アタシ‥‥アタシ‥‥知らなかった‥‥アナタの事も‥‥お腹の子供の事も‥‥だから‥‥ごめんね‥‥ごめんなさい‥‥アタシ‥‥」
天音は涙を流して謝っている。するとクッキーが立ち上がり
「天音が謝る必要はねぇ。好きだっただけじゃねぇのか?ただ、それだけだったんだろ?好きになっちゃいけない人を好きになって、散々苦しんだんだろ?違うか?相崎奈美、あんたも死ぬ必要なんてなかった。あんたは何にも悪くねぇじゃねぇかよ!」
と叫ぶと、すかさず淤加美が
「クッキー!ちょっと黙ってて!」
と釘を刺す。だがクッキーは続けて
「うるせぇ!悔しいじゃねぇかよ!死ぬ必要がない奴が死んで、謝る必要がない奴が謝ってる!なんか、おかしいじゃねぇかよ!」
と叫びながらまたその場に座った。クッキーが言ってる事も分からなくはなかった。すると、天音が顔を上げて涙を拭きながら
「‥アタシ、アイツと別れる!‥ようやく目が覚めたよ‥‥アハハハハ‥‥遅いよね‥‥ホント、バカだわ‥アタシ‥‥」
と、言いながら泣き笑いしている。そんな天音の事も淤加美が抱き寄せた。三人で抱き合っている。するとクッキーが
「‥別れ話しをする時、俺達にも同行させろ。いいな?」
と天音に言う。
「いやいや、クッキーさんが行ったら何するかわかんないでしょ‥」
アキ君がクッキーを宥めるように言うと、すかさず
「そんなクズ野郎、ボコボコにしねぇと気が済まねぇんだよ」
とクッキーが凄む。するとタツが
「‥暴力はよくないですよ。でも、このまま泣き寝入りって言うのも、どうかと思います。僕にちょっとした考えがあります。こんな事で伊坂って人が凝るかどうかはわかりませんが‥」
と言う。みんながタツを見る。タツはファミレスでの雪女三人組との戦いでも、冷静に分析して作戦を立てていた。タツなら伊坂をちょっとだけ懲らしめる策を立てる事が出来るだろう。するとタツが相崎に
「‥同席すれば、嫌な思いをするかもしれない‥‥でも、もうこれ以上同じような事を起こさせない為にも、勇気を出して一緒に来てください‥」
と頭を下げたのだった。
数日後、クッキーとタツとアキ君は例のファミレスにいた。少し離れた席には、天音が座っている。もちろん、その両サイドには淤加美と相崎奈美も座っているが、普通の人には見えないだろう。平日の昼間の四時過ぎのファミレス。あえて人が少ない時間帯を狙った。狙い通り客は少ない。パッと見、クッキー達と天音達のテーブル周辺には客はいない。しばらくすると、伊坂が店に入ってきた。伊坂は天音を見つけると近づいてくる。
「話しって?」
伊坂が座りながら天音に言う。仕事の合間なのだろうか?先日見たカジュアルな姿とは違い、綺麗なスーツ姿だ。クッキー達は必死に会話に耳を傾ける。普通の喋り声なら、こちらにも聞こえる感じだ。
「‥‥うん‥」
天音が口ごもると、伊坂はドリンクバーを注文してドリンクを取りに行く。しばらくすると、アイスコーヒーを持って席に再び着いた。そのタイミングで天音が口を開く。
「‥色々考えたんだけどさ‥‥やっぱり‥‥別れよう」
天音が言うと、伊坂は驚いてストローを回す手を止めた。
「‥急にどうした?何かあった?」
伊坂が優しい声で問いかける。この優しさを上手く使い分けるのが武器なのだろう。そして天音の微妙な心の変化を感じ取っている。この優しさと繊細な心の気遣いがモテる理由なのかもしれない。
「‥相崎奈美さん‥‥知ってるよね?‥‥当時の話しを知っちゃったから‥‥‥アタシには根も葉もない噂だ、って言ってたのに‥‥嘘ばっかりじゃん‥‥」
天音は溜息混じりに言う。伊坂は慌てるかと思いきや、とても冷静に
「‥‥ごめん‥心配かけたくなくて‥。騙すつもりはなかったんだ‥」
と優しく言いながら、テーブルの上の天音の手を握る。こういう小技もモテる男の技なのか‥?天音は慌てて手を振り解く。が、明らかに動揺している。やはりまだ未練があるんだろう‥。だが、その隣には相崎が座っているのだ。相崎は俯いて固まっている。好きだった男が別の女性の手を目の前で握っているのを見てしまったのだ。とてもじゃないが、直視出来ないのだろう。畳み掛けるように伊坂が
「‥‥もう一回、話し合おう。‥頼む‥‥お前が必要なんだって‥‥側にいて欲しいんだ‥‥」
と懇願する。天音は顔に片手を当てて、伊坂を見ないようにしていた。天音も必死に揺れ動く気持ちと戦っていたのだ。
「‥‥彼女に子供が出来たって聞いた……おろさせたんでしょ‥?‥‥彼女、子供をおろしたのを苦にして自殺したんだよ‥‥そんなの最低じゃん‥‥最低だよ‥‥」
話している天音の頬を涙が伝う。
「‥知らなかったんだって‥‥俺も後から知ったんだよ‥‥」
伊坂が嘘をついた瞬間、相崎が顔を上げた。キッと睨みつけている。
「‥嘘ばっかり言わないで‥‥」
天音が言うと、すかさず伊坂が
「ホントだって。誰から聞いたか知らないけど、信じてくれよ‥‥。お前に嘘つかないって‥」
と言った。まさに死人に口無し‥‥。だが、目の前に本人がいるとも知らずに‥。
「‥‥嘘ばっかり言ってると、本当に呪われるよ‥」
天音が呟く。そして目の前にあった水の入ったコップを掴み、伊坂の顔に水を引っ掛けた。
「‥目を覚ましなよ。家族がいるのを知ってて付き合ったアタシも悪い。だからもう貴方とは、プライベートで会う事はない。貴方の家族の為にも、もう二度と浮気なんかしない方がいい。奥さんのトコに戻って、子供を大事にしなよ‥」
天音はそう言うと席を立った。伊坂は驚きながらも顔の水を拭っている。すると淤加美が相崎に合図する。相崎は立ち上がると、顔を伊坂先生に近づけた。ここで相崎から伊坂に一言伝えると、淤加美が相崎に触れる。すると相崎の姿が伊坂にも見えるようになり、伊坂を怖がらせてお灸を据えようという作戦だ。だが、相崎は何も言わない。肩を震わせ怒りで打ち震えているのが遠目でもわかる。無理もない。彼の心無い行動で、彼女は自ら命を絶ったのだ。そしてようやく相崎は伊坂の耳元で
「‥一生、恨んでやる」
と呟いた。途端に伊坂が飛び上がり、辺りをキョロキョロと見回す。そして淤加美が相崎に触れようとした瞬間、相崎の体からまたあの黒い煙が立ち上がった。禍々しいオーラのように相崎の体を包み込んでいく。
「マズい!怒りで我を忘れてる!」
アキ君が思わず立ち上がる。その瞬間、少し離れた所にある従業員用のワゴンから、ナイフやフォークの入ったケースが空中へと浮き上がった。そして中に入っていた無数のナイフとフォークが、一斉に伊坂に目掛けて飛んでいったのだ。
ガシャアァァン!
天音が天之手力男の力で、近くにあった椅子で飛んできたナイフとフォークを間一髪の所で叩き落とした。そして天音が相崎の前に立ちはだかる。
「ダメだって!こんな奴に復讐したって何にもならないよ!」
天音が相崎に叫ぶ。そんな天音を見た相崎が涙を流しながら言う。
「‥あなたが彼を庇わないで‥‥‥あなたが庇ったら‥‥私が惨めになる‥‥」
天音はハッとして思わずクッキー達の方を見る。それを見た三人は素早く相崎の前に立った。
「‥相崎さん、落ち着いて。天音さんは彼を庇った訳じゃない。あなたを守ったんだよ」
タツがそう言うと、隣のクッキーも
「そうだ。このクズ野郎をぶっ殺すのは簡単だ。だが、お前が復讐すれば、また新たな悲しみと苦しみが生まれる。天音はそれを止めたんだ。傷ついて、苦しんで、自ら命を絶ったお前に人殺しになって欲しくなかったんだよ」
と言う。すると、淤加美が泣いている相崎をそっと抱きしめながら
「たとえ相手がどんな奴でも、復讐からは悲しみしか生まれない。だから『許す』の‥。奈美ちゃんが負った悲しみも苦しみも、奈美ちゃんが許して奈美ちゃんで終わらせる‥‥奈美ちゃんの所で止めるの‥‥連鎖させてはいけないのよ‥‥辛いよね‥‥『なんで自分ばっかり』って思うよね‥‥でもそんな『負』の思いだからこそ、人に向けたらいけないの‥‥」
と言った。すると、背後にいた伊坂が
「‥な、なんなんだよ、あんたら」
と声を震わせて言う。伊坂には、淤加美や相崎は見えていない。なので急にナイフとフォークが飛んできて、天音と見知らぬ男達が何もない空間に向かって話しをしているように見えているだろう。そんな伊坂にアキ君が近づいて
「あなたの女癖の悪さで傷ついている人達がいるんです。今後はその事を自覚して、自分の考えと行動を改めてください」
と言う。すると伊坂があからさまに不機嫌な顔になり
「‥はぁ?なんで見ず知らずのアンタにそんな事言われなきゃなんないんだよ!」
と言いながら、その場を立ち去ろうとする。だが、アキ君が伊坂の前に立ちはだかった。アキ君を無理矢理どかそうとする伊坂の右手を、クッキーがすかさず掴んだ。
「おいっ、なんだよ!離せ!」
叫んで振り解こうとする伊坂の顔が顰めっ面に変わる。
「‥あ、い、痛っ‥!」
クッキーが伊坂の手を強烈な握力で締めつけているのだ。伊坂は片手を掴まれたまま、たまらず膝をつく。
「僕達は暴力は振るいたくない。だが、あなたがこれ以上誰かを傷つけるなら、僕達は容赦しない」
アキ君がそう言うとクッキーは伊坂の手を離した。伊坂は右手を押さえながら逃げるように店から出て行ったのだった。
クッキー達は近くの居酒屋にいた。あの後、すぐにあの店を出たのだ。ちょっとした騒ぎになってしまったから、しばらくはあのファミレスには近寄れなさそうだ。淤加美と相崎奈美は閻魔省に手続きをしに行った。天音はきっと今日は一人になりたいだろうと思い、クッキーとタツとアキ君は気を遣って帰ろうとしたら
「あのさ、ちょっと付き合ってくれない?」
と天音に言われた。そしてクッキーの行きつけだという、小さな居酒屋に入ったのだ。
天音は無言で焼き鳥を頬張り、ビールで流し込んでいる。クッキーは焼酎をロックで飲み、タツはビールをチビチビと飲んでいる。アキ君は烏龍茶だ。
「‥こういう時はさ、飲んで食って忘れる!これしかないよね‥」
天音が自分に言い聞かせるように呟いた。確かにそうかもしれない。気持ちや心の問題が直接解決する訳ではないが、飲んで気晴らしも大事な心の休養の一つだ。あんな事で伊坂が懲りるかどうかはわからない。しばらくすれば、性懲りも無く同じ様な事をするかもしれない。だが、それはもう彼自身の問題である。すると、クッキーが冷奴を箸でつまみながら
「‥まぁ‥‥あんま気ぃ落とすな‥‥」
と天音に言う。天音はビールから冷酒に切り替え、通算四杯目を飲み干すと
「‥クッキーは?失恋した事とかあるの?」
と聞く。クッキーは少し考えた後
「‥俺が十六の時だ。当時、俺はどうしようもないバカでな。毎日、仲間と連んで喧嘩ばかりしてた‥」
と話し出す。
「そんな俺でも可愛い彼女が出来てな‥。優しくて良い子だった。だが当時、対立してるグループとの争いが激化していてな。そんな中、その子が対立してるグループの奴ら数人に拉致られて、無理やり乱暴されたんだ‥」
クッキーが焼酎を煽る。
「その子は十六歳で妊娠しちまってな‥。誰の子だかわからないのに、産んで育てるって言い出した。『この子に罪はないから』‥ってな。腫れ上がった顔で涙を流しながら言うその子に、俺は何も言えなかった‥。当然、その子の親が激昂して、俺はその子の父親に死ぬほど殴られた。そして二度と近寄る事を許されなかった‥」
クッキーがグラスを置いて同じものを注文する。
「‥それ以来、その子に会っていない‥‥。まぁ、失恋っていうか‥‥好きな子を守れなかったバカなクソガキの話しだ‥」
クッキーが話し終わると
「‥アタシはそうは思わないよ。とっても悲しい話し‥。どんな人でも心に秘めた悲しい過去がある‥‥。それを押し殺して何事もなかったかのように日々を生きてる‥。きっとその人は、芯の強い心の優しい人だったんだよ。アタシもそんな強い女性になりたいなぁ‥」
と、顔が赤くなり始めている天音が言う。だいぶご機嫌になってきたようだ。そして天音が冷酒から生レモンサワーに切り替えると、淤加美と相崎奈美が戻ってきた。
「いいなぁ。アタシも飲みたい」
淤加美が天音が飲んでいる生レモンサワーを見て、羨ましそうに呟く。すると
「こういう事もあろうかと‥」
とアキ君が小瓶を取り出し、淤加美に差し出した。
「マジ?ひょっとして御神酒?」
淤加美が目を輝かせると、アキ君が頷く。
「霊体でも、御神酒やお供物は頂くことが出来るんですよ」
アキ君がクッキーとタツに説明すると
「かんぱ〜い!」
淤加美と天音はすでに嬉しそうに乾杯している。気づけば相崎も一緒に乾杯していた。閻魔省に行ってる間に相崎は落ち着きを取り戻し、淤加美とすっかり仲良くなったようだ。
「奈美ちゃんはアタシが面倒見ようと思って‥。上にはアタシが直接面倒見るって事で納得させたから‥」
淤加美が御神酒の入った小瓶を煽る。完全にオジサンの飲み方だ。
「‥皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまったので‥‥。何か少しでもお返しが出来ればと思って‥」
相崎が御神酒の入った小瓶を両手で持ちながら言う。
「‥皆さん、本当にありがとうございました」
相崎がみんなに頭を下げる。すると顔が赤い天音が、突然立ち上がり
「‥相崎さん‥アタシ‥‥アタシさぁ‥‥‥」
と何かを言おうとする。そんな天音に相崎が
「‥天音さん。これから仲良くしてください。それから、私の事は『奈美ちゃん』で良いですよ」
と優しく言う。それを聞いた天音の目から涙が溢れ出す。
「こらこら、泣くんじゃねぇよ」
クッキーが顰めっ面で天音に言うと、タツとアキ君が
「よろしくね、奈美さん」
とそれぞれ奈美ちゃんに挨拶する。奈美ちゃんも二人に挨拶を返し、クッキーにも
「‥久喜さんも、よろしくお願いします」
と言った。すかさず天音が
「あぁ、久喜さんじゃなくてクッキーでいいよ」
と涙を拭きながら鼻声で言う。負けじとクッキーが
「お前が言うんじゃねぇ。俺が言う事だろ?」
と突っ込んだ。すると奈美ちゃんはテレ笑いしながら
「‥えっ‥と‥‥く、‥クッ‥キー‥‥様?‥」
と言う。途端に天音が噴き出した。淤加美とアキ君も笑い出す。
「あははははは‥‥ただでさえ可愛い名前なのに、様つけちゃ‥‥このツラで‥クッキー様‥‥ウケる‥‥」
天音はクッキーを見ながら手を叩いて笑っている。
「このツラってなんだ?ツラって?お前は口が悪ぃんだよ!」
クッキーが天音に言う。だが、どこか嬉しそうだった。クッキーなりに天音や奈美ちゃんが少し元気になったのが嬉しかったのだろう。それから小一時間ほどみんなで飲んでいた。
そしてようやく店を出ると、もうすでに日を跨ごうとしている時間だった。天音はしばらく有休を取っているので大丈夫なのだが、アキ君は朝から色々やる事があるらしい。みんなで並んで夜道を歩きながら家路につくと
「‥おい、あれ‥‥」
クッキーがふと何かを指差す。指さした方を見ると、電車の線路の上を跨いでいる歩道橋だった。その歩道橋の真ん中付近の、高い手すりの上に人が立っていた。遠目から女性と思われる人物が歩道橋の手すりの上に立ち、はるか下の線路を見つめているのだ。遠くからは終電の電車が走ってくるのが見えた。
「‥‥え?‥まさか‥‥飛び降りないよね‥?」
タツが恐る恐る言う。
「ヤバい!行くぞ!」
クッキーが叫ぶとアキ君と二人同時に走り出す。タツも慌てて後に続いた。
「ん〜?」
天音と淤加美は酔いのせいで事態を把握していない。奈美ちゃんはキョトンとしている。クッキーとアキ君とタツが歩道橋の階段を駆け上がり、女性が立っている真ん中付近まで走る。女性まで後もう少しの所で、女性が走ってくる三人に気づいた。
「待って!‥」
アキ君が叫んだ瞬間、女性は歩道橋から飛び降りたのだった。
<人物図鑑>
名前:安倍明晴
別名:アキ君
年齢:三十二歳
守神:意富加牟豆美命
能力:悪霊の浄化や退魔、破魔全般
備考:陰陽神社の宮司
陰陽神社の社務所兼住居に住んでいる
陰陽師の安倍晴明とは無関係らしい