第二十二話 時儚し
狼の姿の月臣と、雷神と風神は激しい戦いを繰り広げていた。風神の繰り出す風を掻い潜り、月臣が襲いかかる。だが、雷神が稲妻の形をした長い槍を振り回して縦に振り下ろした。月臣は横っ飛びで避けると、ジグザグに飛び跳ねながら両手の爪で斬りかかってきた。雷神が槍で防御しながら下がり、槍の柄の部分で月臣の足を払う。月臣は仰向けにひっくり返るが、ネックスプリングで飛び起きた。そしてすかさず強烈なローキックを叩き込むが、雷神が槍の柄で防御する。立て続けに月臣がハイキックを放つが、雷神はまたも槍の柄で月臣の体を突いて、その勢いで自分も下がって距離を取った。雷神と風神、二体を相手にしているのに互角の戦い‥。恐ろしい戦闘力だ。月臣が再度、遠吠えを上げる。さらにギアを一段上げたようだ。その時だった。
「動くな!」
突然ライトで明るく照らされ、黒い迷彩服の者達が大勢現れたのだ。両手でライフル銃のような物を構えていて、最前列の者は大きな盾を構えている。双葉が周りを見渡すと、いつの間にか巨大な結界が張られていた。
「黄泉国保安局だ!月読命、両国の規定違反並びに殺人容疑で身柄を拘束する!抵抗をやめろ!」
黒い迷彩服の一人が叫んだ。すると双葉の背後に、淤加美とクッキー、アキ君、天音が現れた。藤堂と斎藤もいる。
「双葉、大丈夫?」
淤加美が双葉に声をかける。双葉は頷いた。
「月臣先輩に何があったの?」
双葉が聞くと
「‥どういう経緯かはわからないけど、反魂の儀で神主になったみたい‥。ここへ来る前に、一般男性を殺害して逃走していたの‥」
天音が答えると
「すぐ近くで、南雲さんの同級生と見られる女性の身柄を確保した。気を失っていたが、怪我はしていない‥知り合いか?」
斎藤が双葉に言う。双葉は頷きながら安心した表情を見せた。すると
「‥あれが‥‥月臣?」
クッキーが大きな狼を見ながら言う。月臣は周りを見渡し、またも大きな遠吠えを上げた。
「‥月臣先輩!もうやめて!」
双葉が月臣に叫ぶ。月臣はジッと双葉を見つめた。
「‥双葉‥‥俺はやっぱり双葉と一緒にいたい‥‥俺と一緒に逃げよう‥‥どこか遠くでさ‥‥二人で暮らそう‥‥追っ手が来ても、また逃げればいい‥二人でさ‥‥力を合わせれば、どうにかなるよ‥」
月臣が双葉に言う。双葉も月臣を見つめたまま
「‥淤加美ちゃん‥‥月臣先輩は捕まったらどうなっちゃうの?」
と、淤加美に小声で話しかけた。淤加美はしばらくの間の後
「‥‥黄泉国に引き渡され、月読命と切り離される‥‥そしたら滅却となり、この世から魂ごと消えてなくなる‥」
と言った。それを聞いた双葉が
「‥私が倒したら?」
と、再度問いかける。すると、淤加美の代わりにアキ君が
「‥呪力を付加された霊体と違って、反魂の儀で神主になったのなら、僕の術でも引き剥がすのは不可能‥‥やはり滅却になると思う‥。奈美さんの伊邪那美の力で命の再生が出来るかもしれないけど、今は奈美さんが力を大きく失っているから、それも無理だと思う」
と答えた。少し間があり
「‥月臣先輩は‥‥もうこの世の人ではないの?」
と、双葉が前を向いたまま聞く。少し長めの沈黙の後
「‥‥おそらく‥」
と、淤加美が答えた。すると双葉が深い深呼吸をする。そして
「‥わかった。私がやります‥」
「‥双葉‥」
それを見た月臣が呟く。
「‥月臣先輩、私は行かない。私が‥‥私とお兄ちゃんで月臣先輩を止める‥」
双葉が言うと、雷神と風神が身構えた。だが次の瞬間、複数の発砲音が響き渡る。黒い迷彩服の機動部隊が、ライフルを月臣目掛けて一斉射撃したのだ。白煙が立ち昇る中、クッキーが月臣の近くに立っていた。ライフルが撃たれた瞬間、時間軸を変えてガントレットで銃弾を全て弾き飛ばしたのだ。放たれたのは対霊体用の特殊弾だが、愛麻羅特製の強化ガントレットは傷一つ付いてない。
「ふざけんな、コラぁ!月臣は命をかけて双葉の所に来たんだ!そして双葉も全力でそれに応えようとしている!邪魔すんじゃねぇ!」
クッキーが叫ぶと
「‥!‥‥貴様ぁ、何をする!妨害する気か?」
と黒い迷彩服の男が叫び返す。すると淤加美がクッキーの横に立ち
「アンタら閻魔省に喧嘩売るつもり?それなら、いつでも買ってやるよ?」
と、黒い迷彩服達に叫んだ。
「閻魔省並びにキイロノイズミだ!ここは誰であろうと静観してもらう!」
斎藤もクッキーの隣に立ち黒い迷彩服達に叫ぶ。アキ君の隣では藤堂が目を閉じて頭を左右に振っていた。
「‥‥周りの野次馬は気にすんな。心置きなくやりな」
クッキーが双葉に言うと
「双葉、月臣さんはあなたの事が好きなんじゃない?たぶん、ただそれだけの感情でここまで来たんだと思う。捕まる事も自分が消えてなくなる事も、全て覚悟の上なんだと思うよ」
天音も双葉に言う。双葉は少し悲しげな表情で頷いた。
「‥双葉‥‥どうしても一緒に来てくれないのか?」
月臣が少し悲しそうな声で言う。双葉は目を閉じて
「‥ごめんなさい‥‥月臣先輩‥‥」
と言い、目を開いた。その瞬間、雷神が月臣に飛びかかる。
「‥どうせすぐに、みんな消えてなくなる‥‥なら俺の手で双葉を殺して俺も消える!」
月臣は叫ぶと、雷神の槍を右手だけで受け止めた。
「邪魔すんなぁ!一仁ぉ!」
月臣が左手を突き出すと、風神が月臣を風で吹き飛ばした。強い風が渦巻き状に巻き起こり、竜巻のようになる。風を掻い潜りながら飛び跳ねる月臣を、雷神が追撃する。風と稲光が入り混じる中、月臣が繰り出す攻撃を雷神が防御し、雷神が繰り出す攻撃を月臣がかわしていく。そして雷神を蹴り飛ばし、風を起こしている風神に一気に詰め寄ると、膝蹴りと連続してハイキックを叩き込んだ。風神は吹っ飛び地面に転がる。途端に風が止んだ。そして飛び込んできた雷神の首を両手で掴み抱え込むと、膝蹴りを何発も叩き込んだ。そして最後に強烈な右膝蹴り。雷神も後方に吹き飛んだ。すかさず無防備になった双葉に月臣の前蹴りが容赦なく飛ぶ。月臣は完全に野生の猛獣のように凶暴になってしまった。双葉は防御するが、凄い勢いで蹴り飛ばされてしまう。
「ぐっ!」
地面を激しく転がりながら双葉が呻く。
「ダメだ!」
思わず飛び出そうとする、淤加美と斎藤をクッキーが止めた。身構えた天音とアキ君にも目線で制止させる。
「これは二人の戦いだ。手ぇ出すんじゃねぇ‥」
クッキーが低い声で言う。月臣が倒れている双葉にトドメを刺すべく、強烈な右手の一撃を飛び込みながら放つ。だが風神が双葉を庇うように、双葉の前に飛び出した。風神はガードするが、まともにくらってしまった。よろける風神を月臣が蹴り飛ばした。風神が転がっていく中、月臣の背後から雷神が槍を振り上げ襲いかかった。だが月臣は驚異的な身体能力で槍をかわすと、雷神に下から突き上げるアッパーカット。雷神は宙高く舞い上がった。そして落ちてきた所に、ダメ押しの強烈な蹴り上げ。雷神はさらに宙高く舞い上がった。風神が倒れ雷神が空中に舞い上がり、無防備になった双葉に再び月臣が飛びかかる。月臣の鋭い爪が、双葉に突き刺さろうとした瞬間
「暴颶風旋!」
かろうじて起き上がった風神が、両手を前に突き出した。すると凄まじい突風が渦状になり、一直線に月臣を捉えたのだ。体が吹き飛び体制が崩れた月臣を、上空の雷神が体制を整えながら狙いを定めた。
「一刺槍電!」
雷神の上空からの強烈な槍の一突きは、月臣の体を貫いていた。
月臣は昔の夢を見ていた。遠い昔の小学生だった頃の夢だ。公園で一仁とブランコで遊んでいると、一仁がふと
「大牙さぁ‥‥双葉の事、好き?」
と聞いてくる。
「え?‥‥あ‥‥え?」
月臣が驚いて口篭っていると
「大牙が好きならさ、大人になったら双葉とケッコンしてくれよ」
と、一仁がニンマリと笑った。そこへ双葉が
「お兄ちゃぁぁん」
と叫びながら、遠くから走ってくる。
「‥それは双葉にも聞いてみないとわからないじゃん‥」
と、月臣が口を尖らせて言うと
「‥双葉の事、頼むな。大っきくなってもさ‥‥仲良くしてやってくれよ?」
と一仁が笑顔で返した。月臣はそんな事を思い出していた。気がつくと月臣は血まみれで倒れていて、双葉に抱き抱えられていた。
「‥双葉‥‥知らない間に強くなったんだな‥‥しかも、あんなにイイ仲間もいて‥‥俺も‥もっと早く知り合いたかったなぁ‥‥」
月臣が口から血を吹き出しながら言うと、双葉は涙を流しながらうんうんと頷く。
「‥小さい頃の夢を見たよ‥‥あの頃は良かったなぁ‥‥なんも考えてなかった‥‥日々、なんも考えずに生きていた‥‥それが許される年代だった‥‥大人になったら‥‥考えたくない事まで考えないといけない‥‥あの頃が懐かしいなぁ‥‥」
月臣の手を双葉が握り
「‥そうだね。この公園で一緒に遊んでた頃が懐かしいね‥」
と言った。月臣が虚な目で
「‥戻りたいなぁ‥‥またみんなと遊びたいなぁ‥」
と言い、双葉の後ろに立つ雷神の方を見ながら
「‥‥一仁‥‥ごめんな‥‥約束‥守れそうもないわ‥」
と言った。
「‥月臣先輩‥‥ごめんね‥‥ごめんなさい‥‥今までありがとう‥‥本当にありがとう‥‥私‥‥私は‥‥」
双葉が涙を流しながら月臣を見ると、月臣の体が無数の光の粒となり、消えていったのだった。
それから数日後、南雲亭の中にある小さなテレビでは、お昼過ぎのワイドショーが始まり、都内の住宅街で謎の猛獣に襲われ死亡した男性の事を取り上げていた。
月臣に殺された男性の事だ。警察は被害者と一緒にいた女性の証言と、遺体の損傷具合から、クマのような猛獣に襲われたと断定したのだ。都内の住宅街のど真ん中では、到底あり得ない話しなのだが、他に有力な情報がないのと、遺体の傷の状態が決定付けたようだ。防犯カメラは保安局によってその時間帯だけ故障状態にしてあり、被害者と一緒にいた女性もすぐに気を失った為、天音は現場にいない事になっていた。月臣は行方不明とされ、家族から捜索願いが出された。このまま失踪者として処理するそうだ。月臣が神主になった経緯も、なぜあの男性を殺したのかも、なぜ双葉の同級生の美優を襲ったのかも、全ては謎のままだ。ただ、ボロボロになって月臣の自宅に駐めてあったバイクの状態と、被害者の男性宅に駐めてあった車のキズの状態から、なんらかの交通事故の可能性が疑われたが、今となっては全て憶測にすぎない。あの後の公園では、黄泉国保安局への妨害行為があったとして、クッキー達が保安局に拘束される事態となった。今にも暴れだしそうなクッキーと淤加美と斎藤を、アキ君と藤堂でなんとか宥めたおしたのだ。天音は泣き崩れている双葉を抱きしめていた。
「‥立派だったよ。逃げなかったんだもん。双葉は凄いよ‥」
天音が双葉の頭を撫でながら言ってくれた。ほどなく保安局長の神谷から「次はない」と言うお叱りを受けて、クッキー達は解放された。淤加美は「何様だ?」と、それでも怒っていた。双葉はその後、しばらくは何も出来なかった。実家に戻り、自分の部屋に引き篭もって動く事さえ嫌になった。気づけば飲まず食わずで丸二日が経っていた。睡眠もほとんど取れなかった。眠るとすぐに、あの狼の顔が出てくるのだ。憔悴しきっていた双葉だったが、さすがに喉の渇きで少し水を飲むと、自分がお腹が空いている事に気づく。母親が心配して作ってくれた、おにぎりを少し食べるとお風呂に入った。だが湯船に浸かると、また涙が溢れ出す。泣きながら風呂を出た双葉は、吸い込まれるようにベッドへ向かい、そのまま深い眠りについた。目が覚めると、丸一日寝ていたようだった。少し体が動くようになりスマホを見ると、陰陽神社のみんなが心配して連絡をくれていた。天音やタツは勿論、アキ君や将吾や斎藤や土方まで連絡の履歴があった。双葉は着替えると、一階の店に降りていく。あの日以来、ずっと実家に泊まっていたのだ。ランチタイムも終わり、厨房はそこまで忙しくなさそうだ。父親が明日の仕込みをしていて、母親が双葉に気づいて声をかけてくれる。店の方を見るとお客はほとんどいなかったが、一人だけ見た事がある人物がラーメンを食べていた。クッキーだった。クッキーは双葉の姿を見ると
「よぉ」
と、片手を上げた。双葉は無言でクッキーの前に座る。
「気分転換に外へ出ねぇか?」
ラーメンを食べ終わったクッキーが、箸を置きながら言う。双葉が軽く頷くと、クッキーは会計をして外へ出た。双葉は厨房の母親に声をかけて、クッキーの後に続く。外に出ると天気も良く、気持ちが良かった。確かに久しぶりに外に出た気がする。クッキーがどこへ向かっているのかわからなかったが、とりあえずついていく。するとクッキーはあの公園の方へ向かっていった。双葉が思わず立ち止まる。まだ気持ちの整理が出来ていない‥‥今、あの場所にいったら‥。そんな事を考えていた双葉に
「‥無理にとはいわねぇ。気が向いたら来な‥」
と、クッキーが振り向かずに言う。そしてクッキーは公園の中へ入っていった。双葉はしばらく立ち止まっていたが、意を決してゆっくりと歩きだす。公園にはクッキー達以外、誰もいなかった。クッキーは月臣が消えてなくなった場所らへんにしゃがんでいる。そして内ポケットから缶ビールを取り出すと、プシュッとフタを開けて地面にかけ始めた。
「‥好きな銘柄がわからなくてなぁ。オレの好きなヤツで良かったか?」
クッキーが呟くように言う。双葉はクッキーの後ろまで来て立ち止まった。
「魂が消えてなくなっちまったから、こんな事しても無駄なのかもなぁ‥‥オレには死んだあとに、魂が残ろうが無くなろうが感覚がよくわかんねぇ。だがな、滅却だのなんだの言ったって、残されたヤツらの気持ちは変わらねぇのは確かだ。魂が消えてなくなろうが、残されたヤツらの心の中にはハッキリと爪痕が残っちまう‥」
クッキーは独り言のように話し続けた。
「‥双葉、今は落ち込むだけ落ち込め。だがな、時ってのは不思議なモンでな。時間をかければ、いつかは元気になれるんだ。時は心の医者みたいなモンだ。時の神様が守神の俺が言うんだ。間違いねぇよ‥」
そう言うとクッキーは立ち上がった。双葉は空を見上げる。夕刻前の空は晴れていて青く、いつもとなんら変わらない。誰が嘆き悲しもうが、時は淡々と流れていく。時は無情だ。人を老いさせる。小さかった子供が、嫌でも大人にならなければならない。周りでは、今まであったモノがなくなり、今までなかったモノが生まれる。そして時は誰にでも平等に流れる。大きな川の流れのように、止まる事なく流れ続ける。この公園で走り回っていた子供が、いつの間にか大人と呼ばれるほど成長してしまった‥‥‥お兄ちゃんも月臣先輩ももういない‥‥でも私も、いつかはいなくなる‥‥それだけの事だ。なんか自分が以前、死にたいと思っていたのが物凄いちっぽけな事に感じてしまう。月臣先輩のように、生きたくても生きられない人も沢山いるのだ。私は生きよう。時が無情に流れ続ける中、私はこの呼吸が止まるその時まで生きよう。月臣先輩が身をもって教えてくれて、お兄ちゃんが思い出させてくれたのだ。
「‥クッキー、ありがと。私一人だったら、いつまでもこの場所に来れなかったかも‥」
双葉が空を見上げながら言うと
「‥おぉ。なんかあったら遠慮なくみんなに言え。オレじゃなくみんなにだぞ?」
クッキーの目線の先には淤加美と奈美ちゃん、天音とタツとアキ君と将吾、菅野さんにひーちゃんもいた。
「‥双葉」
淤加美が声を掛けると
「‥うん。みんなありがとう。ご心配をおかけしました‥」
と双葉が笑顔で答えた。すると、みんなが一斉に双葉に駆け寄り声を掛けたのだった。その様子をクッキーは立ったまま、両手をポケットに突っ込んで見ていた。そこへ淤加美が近づく。
「よっ!みんなのお父さん」
淤加美が茶化すと
「‥うるせぇ‥」
と、クッキーが呟く。すると淤加美が
「‥黄泉国に昔から言われてる言葉があるの‥‥『時は悲しく、時儚し』って言って、誰が言ったのか分からないんだけど‥‥時が経つのは悲しい事だけど、儚い事でもあるんだよ、って意味。‥‥なんかさ、語呂が時量師みたいじゃない?」
と、双葉達を見ながら言う。
「‥時儚しか‥‥」
クッキーは言いながら空を見上げた。空はどこまでもどこまでも青かった。
第一部 完
仕事の休みに暇を見て書いていましたが、仕事が忙しくなってしまい、まだまだ話しは続くのですが、第一部の終了をもって、しばらくの間お休みさせて頂きます。
今まで読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました。




