第二十一話 月読命
夜の公園では大きな狼の姿になった月臣が、双葉の雷神に襲いかかっていた。一仁‥‥月臣は雷神を見て確かにそう言った‥。双葉は不思議だった。なぜ月臣先輩は雷神を見て、兄の名前を言ったのだろうか‥?以前、淤加美ちゃんに言われた事がある。普通一人につき一体のはずの守神が、なんで私だけ雷神と風神二体の守神を扱えるのか?酒木荊羅も酒呑童子と茨木童子と二体いるが、茨木童子は酒呑童子の配下であって、酒木の守神ではないそうだ。つまり酒木の守神は酒呑童子であって、茨木童子はその配下として自由に扱えるだけの事らしい。なぜ双葉だけが二体の守神がついているのか?それは以前から兄が守神として私についていたからではないか?と言うのだ。そして私が黄泉くじを引いた時に、兄も一緒になって引いたんじゃないか?と‥。つまり私の守神が風神で、兄の守神が雷神だった‥。そう考えれば辻褄が合うと‥。確かに、イタズラ好きの兄らしいと言えば兄らしいのか‥。月臣は雷神から何かを感じ取ったのかもしれない‥。月臣が両手の鋭い爪を振り回す。雷神は稲妻の形をした槍で、防御しながら弾き返していった。
「シッ!シッシッシッ!」
月臣がキックボクシング独特の呼吸で、両手のワンツーから鋭いローキックを入れると、雷神の体制が崩れた。すかさず月臣が膝蹴りで追撃してくる。だが、風神の突風が巻き起こり、月臣も体制を崩した。今度は雷神が槍を振り回す。月臣が爪で弾き返しながら、後ろに下がった。月臣の前には雷神と風神が並んで立ちはだかる。月臣は構え直しながら、赤星達から聞いた話しを思い出していた。
月臣は目が覚めた。月臣は仰向けに倒れていて、夜空が見えている。‥あれ?何があったんだっけ‥?なんで俺は道路で寝ているんだ?体を起こすと目の細い髭を生やした痩せ型の男と、狐の面をつけた着物の女性が立っていた。バイクは‥?‥そうか‥俺は事故ったのか‥?なんで事故ったんだっけ‥?すると痩せ型の男が手を差し伸べてきた。
「‥‥あ‥すいません‥‥」
月臣が男の手を借りて立ち上がる。バイクは少し離れた所に倒れていた。そうか‥‥あの男に追突されたんだ。でも‥‥服は所々破けているが‥‥怪我をしてない‥‥どこも痛くない‥‥なんでだ?すると突然、月臣の体が震えだした。‥な、なんだ?なんで急に震えが?自分の体が自分の物じゃないような感覚だ‥。こ、これは一体?そして月臣は犬の遠吠えのような声をだした。その瞬間、月臣の体は大きな狼の姿へと変わったのだ。なんだこれは?体が毛むくじゃらだ。しかもかなり大きくなった気がする‥。月臣が驚いていると、手を差し伸べてくれた男が
「まさか月読命がつくとはねぇ‥。だが、気をつけろよ。その姿になると、凶暴な性格になっちまうらしいからなぁ‥‥特に満月の夜は、月読命の力が最大になる‥‥手に負えないぐらい凶暴になると言う噂だ‥」
と、言った。その姿?凶暴な性格?その時、道の端に立っているカーブミラーを見て、初めて自分が狼の姿になっているのに気づいたのだ。なんだこの姿は?まるで狼男じゃないか?なんでこんな姿に‥。その瞬間、追突してきたあの男の顔が浮かんだ。すると溢れ出るように、押さえようのない殺意が生まれてきたのだ。月臣は慌てて冷静さを保とうとする。ほどなく月臣は元の人間の姿に戻った。それを見計らって痩せ型の男が
「その姿の秘密は後日、ここに来てくれたら話すよ。と言うか、来ねえと大変な事になっちまうぞ?」
と、言って名刺を渡してきた。そこには都心部の方の住所が書かれていて、会社名らしきものも書かれていた。
「‥‥神無月ファイナンス黄泉コーポレーション‥」
月臣が書かれている会社名を呟くと
「受付で赤星って言えばわかるようにしとくから‥。今日はもう遅い。早く帰りな‥」
と、男が促した。確かに。今日は酷く疲れた。早く家に帰りたい。月臣は赤星達に軽く頭を下げると、バイクを起こし家に帰ったのだった。
その数日後、月臣は言われた通り名刺に書かれている会社を訪れた。都心部にある高層ビルだ。
あれからやはり体の調子がおかしい‥。しばらく会社も休む事にした。ビルの中に入ると、すぐに受付があった。
「‥すいません。黄泉コーポレーションの赤星さんをお願いします」
月臣が受付の女性に言うと、すぐに取り次いでくれた。しばらくの間、待っていると
「お、来たな」
と、言いながら赤星が現れた。
「こっちだ‥」
赤星に促されるがまま、エレベーターに乗り込む。そして赤星が四十五階のボタンを押すと、高速エレベーターが一気に上がっていった。
「‥あの‥‥この前の事故の時‥‥」
月臣が赤星に話しかけると、赤星は振り向かずに
「‥まぁ、急かすな‥‥ウチのボスから直々に説明してくれる‥」
と、言った。しばらくの沈黙の後、エレベーターが四十五階に着いた。静まり返った長い廊下を歩いていくと、突き当たりにドアがある。赤星がドアを開けると、広い会議室のようだった。中央に大きな円状のテーブルがあり、そのテーブルに魔月妃が座っている。
「‥よく来たね。我々は君を歓迎するよ」
魔月妃が立ち上がりながら言うと、赤星が簡単に魔月妃の紹介をして、月臣に椅子に座るように促した。
「‥あ、月臣大牙です」
月臣が挨拶をして椅子に座ると、魔月妃と赤星も椅子に腰掛けた。そして魔月妃がこれまでの事を話し始める。黄泉国の事や神主、神人の事。そして保安局や閻魔省の事。そして月臣が事故に遭い、亡くなった時の事。その直後、反魂の儀によって月読命の神主となった事などを、月臣はとても冷静に聞いていた。話しが自分が死んだ時の事になると、少しだけ自分の体を見た。きっと不思議な感覚なのだろう。魔月妃が全てを話し終えると、月臣は静かに口を開く。
「‥貴方がたの目的はなんですか?」
それを聞いた魔月妃は、再度立ち上がりながら
「‥私は禊を起こそうとしている」
と、言った。‥禊‥‥一体、なんの事だろう‥。
「禊は言うなれば、この世の全てをリセットする事だ。私は黄泉国もろとも、この世の全てを消し去りたいんだよ。そして新しく『黄泉変えり』をさせたい‥」
魔月妃が淡々と言う。
「『黄泉変えり』‥つまり現世も黄泉国も全てを壊した後、新しく創り変えるのさ‥‥昔の人間は、日々生きる事に必死だった。今とは違い、明日死ぬかもしれない環境で、一日一日を必死に生きていた。寿命も今より短く、儚き一瞬のごとく、どう生きるかよりどう死ぬかを大事にしていた。だが、今の人間はどうだ?のうのうと無駄に長生きしたがり、資源を好き放題食い散らし、この世の王様気取り。人々は様々な情報を貪り、他人のアラを探し、妬み蔑み陥れる。ネットという目に見えない空間で、知らない誰かにボタン一つで評価され、それを喜びにしている‥‥自らの自己肯定感を上げるのに必死だ‥‥自己肯定感を上げないと人は生きていけなくなってしまったのだ‥‥それはかつての『生きる事』とは程遠い‥‥誇り高く生きてみせる事こそが、自己肯定感を上げる事だったのにな‥」
魔月妃の感情を出さない喋り方が、人間をいかに見放しているかがわかる。
「そう思っていた時に偶然、理不尽な死を遂げた者を密かに神主にしている、歌野伊奈理を見かけたのだ‥」
魔月妃が話していると、座っている月臣の背後から狐の面を付けた歌野伊奈理と、連れ添うように大和田夏海が現れた。
「私は最初、伊奈理の考えが理解出来なかった。なぜ醜い人間に手を差し伸べるのか、理由がわからなかったのだ。だが、伊奈理が理不尽な死を与えられた者にだけ手を差し伸べている事を知り、少しだけ共感する事が出来た。その時、私の中である考えが芽生えた。禊を起こし、世の膿を全て一掃し、理不尽な死を与えられた者達による世界の修復‥‥。誰かに酷い仕打ちを受けた者達なら、きっと世の中を作り変える事が出来るのではないかと‥‥そこで私は伊奈理に協力を持ちかけた。神主にしている事を保安局や閻魔省に黙っておく代わりに、私の禊の手伝いをして欲しいと‥。理不尽な死を、身勝手な者達によって無理矢理与えられた者達による、この世への復讐を提案したのさ‥」
魔月妃が伊奈理を見ながら言う。すると赤星が
「‥そして俺までとばっちりが来たって訳よ。伊奈理に手を貸してたのを黙っておく約束でな。その時すでに神主になっていた夏海が加わり、赤口と瑞波と須佐野と酒木と大山の爺さんは、戦力増強の為に新たに加えた。瑞波は自宅、赤口は樹海で自ら命を絶った時に。須佐野は連続殺人犯の死刑囚で、刑が執行された時に。酒木はどうしようもないチンピラで、クスリでラリって交通事故を起こした時に。大山の爺さんは末期癌で寿命が訪れた時に、それぞれ神主化したんだ‥」
と説明する。つまり全員一度死んでいて、守神がついた事によって生き永らえてる、と言う事か。禊が起これば全ての世界が消えてなくなる。だが、反魂の儀で神主になった者は、守神が消えない限り死なない。そんな神主達と魔月妃、赤星、歌野の三人で『黄泉変えり』を行うというのだ。
「‥まぁ、須佐野と酒木の神主化には伊奈理が嫌がったんだがな。俺が説得してなんとか‥」
赤星が伊奈理を見ながら言うと
「私は理不尽な死を与えられたり、劣悪な状況で死の選択しかなかった者にしかこの力を使いたくない。アイツらは自業自得、因果応報だ。救う価値もない」
伊奈理が淡々と答えた。
「彼らには神主としての素質があったからな‥。心配しなくても、禊が終わり我らに敵対する者がいなくなれば、彼らにはご退場して頂く‥」
魔月妃が再度座りながら言う。
「魔月妃には『真眼』があるんだ。人を見ただけで神主としての素質や、どんな守神かわかる。天照と同じ力だ。せっかく神主にしても、どこぞの名も無き神様が守神では戦力としては乏しい。確実に強力な守神がつく人間を選んでいく必要があったからな。人選は魔月妃の指示なんだよ‥」
赤星が説明すると
「‥月臣君、君にも禊を手伝って欲しいのだが?」
魔月妃が月臣を見ながら言う。しばらくの間、場に沈黙が流れた。そして月臣が静かに
「‥俺はアンタ達の禊を手伝う事は出来ない‥‥俺には守らなきゃならない人がいる‥‥。もし禊でこの世の全てが消えてなくなると言うのなら、禊からその人を守らないと‥」
と、はっきりと答えた。途端に空気が変わったのがわかる。横に立っていた大和田夏海が軽く身構えた。
「‥我々に協力しない、と言う事がどう言う事かわかるか?キミは本意ではないにしろ非合法で神主になった。保安局や閻魔省、この世の警察からも追われる身になる。単独で逃げ切る事など不可能だ。捕まれば月読命と切り離され、キミは消えてなくなる。滅却と言ってな、この世から魂もろとも消えてなくなるのだ。我々と一緒にいれば、安全だぞ?」
魔月妃が足を組みながら言う。だが、月臣は
「‥そうだとしても俺の命をかけてでも、守らないといけない人がいるんです。昔、親友と約束したんで‥」
と、立ち上がりながら言う。大和田夏海が身構えながら、ゆっくりと魔月妃を守るように月臣の前に移動した。それを見た月臣が狼の遠吠えを上げる。すると、月臣の体が大きな狼の姿となった。途端に赤星が立ち上がり
「まぁまぁ‥落ち着けって‥‥。お前の『守りたい人』ってこの娘の事か?」
と、上着の内ポケットからスマホを出して写真を月臣に見せる。そこには南雲双葉が写っていた。
「‥!‥‥なんでアンタが?」
月臣が驚いた声を出す。
「この娘は南雲双葉。淤加美神が率いる閻魔省の神主だ。つまり『お前を追う側の人間』って訳だ。言ってる意味がわかるな?」
赤星が言いながら、双葉が画面に写ったままのスマホをテーブルの上に置いた。
「お前がこの娘を守ろうが守らなかろうが、この娘はお前の敵なんだよ。この娘に捕まって黄泉国に突き出されれば、お前は消えてなくなるんだぞ‥‥それでもこの娘を守るって言うのか?」
赤星は両手をポケットに突っ込みながら言う。月臣はスマホの画面に写った双葉をジッと見つめている。すると伊奈理が
「‥!‥‥まさか‥赤星‥‥お前‥‥最初から全部知ってたのか‥?」
と、赤星を見ながら驚きの声を上げる。南雲双葉と月臣大牙の関係性を、赤星は最初から知っていたようだ。知っていたからこそ、月臣に近づいたようだ。きっと、魔月妃の真眼の力‥‥魔月妃が月臣の力を見出し、仲間にしようと赤星に近づかせたのだろう‥。すると赤星が
「‥伊奈理‥‥お前は優しすぎるって言ったろ‥」
と、ニヤリと笑った。
「‥赤星‥‥貴様‥!」
伊奈理が怒りの声を上げて赤星に近づこうとすると、その前に大和田夏海が立ちはだかった。
「‥!‥‥な、夏海?」
伊奈理が驚いて立ち止まると
「‥伊奈理‥‥もう綺麗事は言ってらんない‥‥。禊は必ず成功させる‥こんな世の中、消しさらないと‥」
と、夏海が悲しげな目で伊奈理に言った。伊奈理と夏海は旧知の仲のようだ。伊奈理は思わず月臣を見る。月臣はしばらく立ち尽くしていたが
「‥俺は‥‥俺は‥‥双葉と‥‥話しをしてきます‥‥アンタ達の邪魔はしません‥‥どうか、俺の事は放っておいてください‥」
と言い、狼の姿のまま部屋を飛び出していった。すかさず夏海が追おうとするが
「‥行かせてやれ」
と、魔月妃が夏海を止めた。夏海が魔月妃を見ると
「‥ヤツは全て覚悟の上だ。それだけ大事な娘なのだろう‥‥好きにすればいい‥‥伊奈理‥すまんが、これで怒りを収めてくれ?」
魔月妃は夏海に言うと、最後は伊奈理を見ながら言う。伊奈理は黙ったまま立ち尽くしていたのだった。
月臣は立野市の街中を歩いていた。魔月妃の所から逃げ出してから一週間が経っていた。あの後、しばらくは追っ手がくるかと用心していたが、あれ以来赤星達は姿を現さなかった。なので気持ちが少し落ち着いてから、双葉を映画に誘った。そしてその帰り道、意を決して双葉に告白をした。禊と言うのが、いつ行われるのかはわからない。この世界が消えてなくなるのなら、その前に双葉と‥‥そう思ったのだ。本当は全てを話そうかとも思った。だが、恐ろしい狼の姿を見られて嫌われたくはなかった。何より双葉と敵対したくない‥。双葉の答えは『少し待って欲しい』との事だった。そして昨日、南雲亭に行った時に双葉から正式に断られた。それ以来、月臣は悩んでいた。やはり本当の事を双葉に話すべきかどうか‥。双葉はいつから神主なのか‥?なんで、自分に話してくれなかったのだろうか‥?双葉に本当の事を話したら、自分を黄泉国に突き出すのか?禊が行われると、この世の中は一体どうなってしまうのか?そんな事を考えながら歩いていると、どこからか大きな声が聞こえてきた。辺りは夕方に差し掛かり、日が傾いてきている所だ。
「ったくよぉ!早くしろって!」
男の声で誰かに怒鳴っている。
「ちょっと待ってって!」
すぐに女性の声が言い返している。どうやら近くで男性と女性が言い合いをしているようだ。月臣が角を曲がり声のした方を見ると、古い小さなアパートの階段を、男女が言い合いをしながら降りてきていた。その男性の方は、あの時の追突してきたガラの悪そうな男だったのだ。思わず月臣は立ち止まる。そんな月臣に男が気づいた。
「‥!‥‥な、なんだよ!何しに来やがった!」
月臣の姿を見て、明らかに動揺する男。その背後の薄暗くなり始めた空には、うっすらと満月が浮かんでいた。その瞬間、月臣の意識が飛んだ。気づくとガラの悪そうな男の体を、真っ二つに斬り裂いていたのだ。血まみれの自分の両手を見て、怖気付くどころか高揚感すら湧いてくる。そこへ岬天音が走って現れたのだった。
月臣は天音を吹き飛ばし、民家の屋根に飛び乗る。そして屋根を飛び移りながら逃げた。あの女‥‥昨日、南雲亭で見かけたヤツだ。アイツも神主だったのか‥。月臣は屋根を飛び移り続け、追っ手がない事を確認すると、人気のない裏路地に降りた。そして狼の姿から人間の姿に戻る。その時だった。
「‥!‥‥つ、月臣先輩‥?」
背後から女性の声が聞こえた。月臣が驚いて振り向くと、そこには双葉と同級生だった美優が立っていたのだ。しまった!見られてしまった!急いで逃げようとする美優に、月臣が襲いかかった。
「‥ごめんな。少し我慢してくれ‥」
ぐったりしている美優を抱えて、月臣が呟いた。その足元には美優の持っていたスマホが落ちていた。月臣はスマホを拾い上げると、震える親指で操作し始めた。
「‥双葉‥‥俺は‥‥もう‥‥」
月臣は悲しげな目で呟く。戦ったあの女に自分の正体は知られてはいないと思うが、双葉に何らかの形で連絡がいってるかもしれない。自分のスマホからは連絡したくないのだ。美優のスマホの画面には双葉宛てに『相談したい事があるから、家の近くの公園に来て』と打たれていた。月臣は深い溜息の後、送信ボタンを押したのだった。
名前:月臣大牙
別名:月臣 月臣先輩
年齢:26歳
守神:月読命
能力:大きな狼の姿となり筋力と俊敏性が跳ね上がる
特に満月の夜は凶暴性が最高になる
備考:双葉の亡くなった兄、一仁とは同級生
学生時代はキックボクシングの選手だった
双葉の事が好き




