第二十話 満月
月臣が双葉に告白する数日前、月臣は立野市内の夜道をバイクで走っていた。仕事で遅くなり、帰りを急いでいたのだ。途中でコンビニに寄ると、夜食を買い込んだ。コンビニから出て駐車場でバイクに乗ろうとすると、怒鳴り声のような声が聞こえた。見ると駐車場の端で、ガラの悪そうな男が高校生ぐらいの制服姿の男子学生数人に絡んでいたのだ。急いでいたので、一度はバイクのエンジンをかけた。だが、溜息をつくと月臣はエンジンを切った。バイクから降りると駐車場の端に歩いていく。そして高校生達に怒鳴り散らしている男に
「どうしたんですか?」
と声をかけた。
「あぁ?関係ねぇだろ?引っ込んでろや!」
ガラの悪そうな男が月臣を睨む。身長は月臣と同じくらいの痩せ型で、二十代後半ぐらいだろうか。一人で高校生達に絡んでいるようだ。月臣は高校生達に
「どうした?なんかあったのか?」
と聞く。高校生達は目を伏せて何も言わない。
「だから関係ねぇだろって言ってんだよ!」
男が月臣に近づいて肩を突き飛ばす。だが、月臣はビクともしない。月臣は学生時代、キックボクシングをやっていて、この辺では知らない者がいないくらい強かったのだ。月臣は逆に男の肩を掴み
「夜も遅いし、静かにしてもらえませんかね?何かトラブルなら警察呼びますし」
と、低い声で言う。
「て、テメェ!やんのかコラァ!」
男が月臣の手を振り払おうとするが、月臣の力が強くて振り払えない。すると高校生の一人が
「ウチらがコンビニで買い物してたら、『何見てんだ』とか何とか言ってきて‥」
と言った。なるほど‥。高校生相手にイチャモンつけて、カツアゲでもしようとしてたのか?月臣は
「トラブルなら警察呼びますよ?いいですね?」
と言ってスマホを取り出す。すると男は
「もう、いいわ!ったく、ふざけんなよ!」
と月臣の手を振り切り、コンビニの駐車場に停めてあった車に乗り込んで、凄い勢いで走り去ってしまった。
「すんません。ありがとうございました」
静かになった駐車場で、高校生達が月臣にお礼を言う。
「あの‥‥月臣先輩ですよね。俺、本田です。兄貴がタメでした‥」
と、一人の高校生が言うと
「‥‥!‥マジか?カズの弟?カズは元気か?」
月臣が驚いて尋ねる。
「はい!仕事がしんどいって毎日嘆いてます」
と、高校生が答えると
「ははは‥‥‥今度、飲み行こうって伝えといてよ。お前らも、夜遅いし早く帰れよ」
月臣は高校生達に言うと、バイクに乗り込んで走り出した。しばらく走っていくと、信号が赤になったので停止線で停まる。するとサイドミラー越しに後ろからヘッドライトが近づいてきて、車が月臣のバイクの後ろに停まった。信号が青になり月臣がバイクを発信させると、車が真後ろにピタリと付いたのだ。嫌な感じだな‥‥月臣はそう思い、スピードを上げる。だが車も猛スピードで付いてきた。ぶつかりそうなぐらいのすぐ後ろを、ライトをチカチカさせたりクラクションを鳴らして煽ってくるのだ。これではかなり危ない。
煽ってくる車をミラー越しによく見ると、さっきのコンビニにいた男の車だった。大方、さっきの事に腹を立て、待ち伏せして煽ってきたのだろう。だが、このまま走り続ければ、大きな事故になりかねない。仕方ないがバイクを停めて話しをしよう‥。そう思いハザードランプをつけて、バイクを道の左に停めようと減速した瞬間だった。車は減速しないでバイクに追突したのだ。
ガシャァァァン!
バイクは弾き飛ばされ、月臣は道路に叩きつけられ地面を激しく転がった。気づくと夜空が見えた。月臣は道路の真ん中で仰向けに倒れていた。全身が激痛で痺れて感覚がない。自分の体がどうなったのかもわからない。月臣は痛みのあまり意識が遠のいていく。薄れゆく意識の中
「ざまぁみろ!」
と叫ぶ男の声と、走り去る車の音が聞こえていた。
「‥こいつはヒデェな‥‥」
赤星が道路に倒れている月臣に近づく。服は所々破けていて、手足が有り得ない方向に曲がっている。月臣はピクリとも動かない。少し離れた所には、大破したバイクが倒れていた。赤星の後ろには、狐の面をつけた歌野が立っている。
「‥もう、助からない‥‥よね?」
歌野が聞くと、赤星が溜息をついて頷く。
「‥コンビニで揉めてんのを見て、嫌な予感がしたから見に来てみれば‥‥鬼の所業よりタチが悪ぃな‥‥」
赤星が言いながら周りを見渡す。夜遅い静かな住宅街の道路。交通量は極めて少ない。事故の音を聞きつけて、誰か通報してればいいが、周りの家は暗く電気がついていない。
「赤星‥‥お願い‥‥」
歌野が言いながら、月臣の隣にしゃがみ込む。
「‥!‥おいおい‥‥こいつも神主にするのか?勝手な事したら魔月妃に‥‥」
赤星が慌てて歌野に言うが、歌野は狐の面を外し真っ直ぐ赤星を見る。
「‥‥お願い‥‥」
顔が傷だらけの歌野が、悲しげな目で言う。赤星は大きな溜息をついて頭をボリボリと掻くと
「‥‥あぁ!‥ったく、しょうがねぇなぁ!‥‥怒られても知らねぇぞ!」
と言って、倒れている月臣の胸の辺りに右手を翳した。歌野は懐から小刀を取り出し、鞘から抜き放つ。
「‥これより反魂の儀を執り行い候‥‥黄泉国に眠りし偉大なる神々よ‥‥この者にどうかお力を与えたまう事を、かしこみかしこみお願いいたしまする‥‥」
赤星はそう呟きながら、自分の右手に左手を添えた。その瞬間光が巻き起こり、夜なのに一瞬だけ昼間のように明るくなった。そして光が収まると、赤星はゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。すかさず歌野が懐から取り出した小刀で、自分の顔面を斬りつけた。顔から滴り落ちる血を、歌野は両手で掬う。するとその血が光を帯び始めたのだ。そしていつしか光の塊となった。歌野はその光の塊を、倒れている赤星の胸元にそっと置く。光の塊は吸い込まれるように赤星の体の中へ消えていった。その数秒後
「‥‥何度やってもよぉ‥‥自分の呪力を全部注ぎ込むってのは‥‥いい気がしねぇなぁ‥‥」
赤星がゆっくりと起き上がる。歌野は自分の顔の傷口をタオルで押さえながら
「‥すまない‥‥だがこれでこの者は、死なずに済む‥」
と言った。そんな歌野を見つめながら
「‥‥でもよぉ‥‥生きながらえる事がソイツにとって幸せとは限らねぇんだぜ‥‥ここで助けたってなぁ‥‥」
と、赤星が言うと
「‥そう‥‥いっそ終わらせてあげた方が、楽なのかもしれない‥‥だが理不尽すぎる死を与えられた者に、手を差し伸べられるなら出来る限り差し伸べたい‥‥この世の全員は無理だが、目に入った者ぐらいはそうしてやりたいんだ‥‥あとは与えられた時間を、この者がどう使うか?‥‥それはこの者次第だ‥」
と、歌野が狐の面を付けながら言う。
「‥‥お前はさ‥‥優しすぎるんだよ‥‥優しすぎると、他人の不幸まで吸い込んじまう‥‥ロクな事にならないぜ‥それに反魂の儀は諸刃の剣。守神によって永遠の命となるが、守神が消えればソイツの魂は滅却しちまうんだぜ」
赤星が意識を取り戻した月臣を見ながら呟いた。
日が暮れ始めた立野市の住宅街を天音は歩いていた。仕事は昨日から久しぶりの連休。昨日、クッキー達と南雲亭に来た時に初めて立野市を訪れた。八千代市とは違い、小さいながらも少し小洒落た雰囲気に興味が湧き、今日は一人で色々と散策してみたのだ。成果はあった。変わったアンティークショップや、オシャレなカフェと美味しいパン屋も見つけた。大満足の休日だ。周りも薄暗くなってきたし、明日から仕事だ。今日は歩き疲れたので早く帰ろう‥。そんな事を考えながら歩いている時だった。イヤホンで聴いていた曲と曲の間の時に、遠くで女性の悲鳴のような声が聞こえたのだ。まさか‥‥。天音は立ち止まってイヤホンを外し耳を澄ます。‥‥気のせいか。気を取り直して歩き出そうとした瞬間、またも女性の悲鳴が聞こえた。今度は間違いない。天音は声のした方に走り出す。突き当たりの角を曲がると、住宅街の中の小さな古いアパートの前に来た。アパートの前に派手な服装の若い女性が、尻もちをついた状態で後退りしている。
「‥どうしたんで‥‥!‥」
走りながら言いかけた天音が思わず立ち止まる。その女性の前には、毛むくじゃらの大きな狼が二本足で立っていたのだ。背丈は二メートルはあるだろうか。まるで人間のように立っている。
そしてその狼の足元には、真っ二つに斬り裂かれたガラの悪そうな男性の遺体が転がっていた。狼がゆっくりと天音の方を向く。
「‥天之手力男‥」
天音が大きく息を吐き出しながら呟くと、天音の体が光で包まれた。そして天音はすぐ近くにあった道路標識を地面から引っこ抜き、槍のように振り回して構える。その瞬間、狼が天音に飛びかかってきた。両手を振り回し、鋭い爪で斬り裂こうとしてくる。天音は道路標識でガードしながら後ろに下がった。そして道路標識を力任せに振り回す。狼は素早い身のこなしでかわすと、今度は飛び出しながら膝蹴りを放ってきた。前に出ながらローキックと肘を連続して繰り出し、最後は大きな牙で噛みついてきた。天音が下がりながらかわし、道路標識を真横にしてガードすると、狼は道路標識に噛みついた。すかさず天音が道路標識から手を離し、渾身の右正拳突きを叩き込んだ。続け様に一回転してからの踵落とし。狼の左肩に直撃すると、狼は地面にめり込むように叩きつけられた。天之手力男の凄まじい力だ。だが次の瞬間、狼が天音を弾き飛ばしながら飛び起きる。天音は空中で後転して着地した。構え直した天音の目には、民家の屋根を飛び跳ねながら逃げていく狼の後ろ姿が見えていた。その向こうに見えるすっかり日が落ちた夜の空には、大きな満月が輝いていたのだった。
双葉は夜の小さな公園にいた。月臣に告白された公園だ。小学校の時の同級生の美優に、メールで呼び出されたのだ。
「‥急にどうしたんだろ?」
双葉は公園のベンチに座りながら、スマホを見て呟く。メールには『相談したい事があるから、家の近くの公園まで来て欲しい』と書かれていた。美優とは家が近いから今でもたまに会うが、特に仲が良い訳でもない。もちろん、会えば話しはするのだが、お互い仕事が忙しかった事もあり会うのは久しぶりだ。何かあったのだろうか‥?双葉は公園を見渡す。街灯の灯りと同じくらい、月明かりが明るい。さっきまで犬の散歩をしている人がいたが、今はもう誰もいない。そういえば、お兄ちゃんともこの公園でよく遊んだなぁ‥。こんな小さかったっけ?小さい時はもっと大きな公園に見えたのだ。
そんな事を考えていると、暗闇から砂利を踏む足音が聞こえてきた。双葉がベンチから立ち上がりながら、音のした方を見ると、暗闇から歩いてきたのは美優ではなく月臣だった。
「‥!‥‥月臣先輩?‥‥‥あれ?‥」
双葉は再度、公園を見渡す。月臣以外、人影はない。
「‥双葉‥‥」
月臣が呟くように言うと、双葉はスマホを見ながら
「‥今、美優と待ち合わせしてて‥‥その辺で見かけなかったですか?」
と聞く。すると月臣が
「‥‥双葉‥‥俺と一緒に逃げよう‥‥」
と言った。
「‥‥え?」
聞き返しながら月臣を見る双葉の背筋が凍りついた。月臣の瞳が月明かりと公園の街灯に照らされ、真っ赤に輝いていたのだ。
「‥‥‥月‥臣‥‥先輩‥?」
双葉がスマホをポケットにしまいながら身構える。
「‥さぁ‥‥行こう。ここにいたらダメだ‥みんな消えてなくなってしまう‥」
月臣が右手を差し出す。
「‥美優に何したの?美優はどこ?‥みんな消えてなくなるってどういう事?」
双葉が震える声で尋ねる。なんで‥?なんで月臣先輩が、魔月妃の神主と同じ赤い瞳をしているの?‥‥まさか、月臣先輩も神主に?‥‥でも、なんで?‥いつから?双葉の頭の中がグルグルと回る。
「‥別に何もしてないよ。少し眠ってるだけだ‥‥」
月臣が優しそうに笑う。だがそれが逆に怖いのだ。そして月臣は今度は悲しそうな顔をして
「‥双葉‥‥双葉も神主ってのになっちゃったの?」
と聞いてきた。双葉が目を見開く。
「‥月臣先輩‥‥誰に聞いたの?‥誰に何を聞いたの?何をされたの?美優はどこ?‥‥答えて!」
双葉は必死だった。パニックになりかけているが、冷静にならなくては‥。だが頭が回らない!嫌な予感しかしない!それを吹き飛ばすかのように、月臣に立て続けに問いかける。
「‥いいから‥‥俺と一緒に行こう‥‥俺は一仁から‥」
「‥‥私は行かない」
質問に答えずに話し始めた月臣を、双葉が途中で遮る。
「‥なんでだよ‥‥‥俺はこんなに‥‥こんなに‥‥お前の事が‥」
月臣が呟く。悲しげに見つめるその先には、凛として立っている双葉と雷神がいた。
サイレンが鳴り響く立野市の住宅街。天音と狼が戦ったアパートの前は、大勢の野次馬が集まり始めていた。複数の通報があったようで、現場は騒然としていて沢山の警官が行き交っている。天音は少し離れた所で黒いセダンタイプの車の後部座席に乗せられていた。たまたま現場付近にいたキイロノイズミの藤堂が、事件を聞きつけいち早く駆けつけたのだ。そして現場に天音がいる事に気付き、誰にも気づかれる事なく車に乗せたのだ。天音は車の窓から、ボーッと外を見ている。派手な服装の女性は、気を失っていて病院に運ばれた。狼に殺害されたガラの悪そうな男性の彼女だったらしい。運転席では藤堂が黄泉国保安局とスマホで話している。この周辺の監視カメラの即刻削除要請と、この事件に対する今後の対応について話しあっているのだ。狼の正体がわからないようで、保安局が介入に躊躇してるようだ。ようやく電話を終えた藤堂が
「‥今回は黄泉国保安局の情報操作はない‥‥が、監視カメラの映像の削除と、狼の追跡はしてくれるようだ。急いでここから離れよう‥」
と、天音に言いながらシートベルトを閉めた。すると車の窓がコンコンと鳴る。藤堂がサイドミラーで窓を叩いた人物を確認してドアのロックを外した。窓を叩いたのはクッキーとアキ君だった。クッキーも南雲亭の味が気に入り、今日はアキ君を連れて晩飯を食べにわざわざ来たそうだ。そして食べに行く途中で藤堂から事件の連絡が来たのだ。クッキーとアキ君が素早く車に乗り込んだ。
「‥今度は狼ですか?‥‥また呪力を付加された霊体ですかね?」
と、助手席のアキ君が藤堂に尋ねる。
「‥‥まだ、わからん。だが、実際に手合わせした者に言わせれば‥‥」
藤堂が言いながらルームミラーで天音を見る。
「‥‥あれは‥霊体じゃないよ‥。黒いモヤモヤがなかったし、神主だと思う……それにあの身のこなし‥‥」
天音が言いながら窓から外を眺めるのやめ
「‥‥あの膝の使い方‥‥‥キックボクシングだね‥」
と、続けた。すると天音の隣に乗り込んだクッキーが
「‥さっき野次馬の中に高校生っぽい子がいてな‥‥」
と話し始め
「そいつが殺された被害者を見たらしく『この前、月臣先輩と揉めてた奴だ』って大声で誰かと電話で話していてな‥‥」
と言うと
「‥!‥月臣って昨日、双葉んトコにいた人?」
天音が驚いた声を出す。
「多分な‥‥それとさっきから双葉と連絡がつかねぇ‥」
クッキーが言いながら険しい表情でスマホを見ると、藤堂が徐にどこかに電話をかけ始めた。
「‥‥もしもし‥緊急事態です‥‥神主の南雲双葉と連絡が取れません。狼が接触してる可能性があります。至急、南雲双葉の実家付近に、黄泉国保安局の機動部隊の出動を要請します‥‥」
夜の公園では双葉が月臣と対峙していた。さっきしまったスマホがマナーモードで鳴っているが、見る余裕がない。月臣の体がみるみる大きくなっていく。そして毛むくじゃらの大きな狼の姿になったのだ。鋭い牙を剥き出しにして、両手は長い爪が生えている。二本足で立ち、大きな遠吠えをあげた。双葉の前には雷神が立ち、稲妻の形をした長い槍を構えている。その雷神の姿を見て
「‥‥お前‥‥一仁‥なのか‥?」
狼の姿になった月臣が呻くように呟いたのだった。
名前:藤堂亮平
別名:藤堂 藤堂さん
年齢:39歳
守神:不明
能力:不明
備考:元警視庁公安部所属
キイロノイズミ東京支部の中では一番の古株
数珠とお札を使った退魔術が使える




