第二話 不意打ち
街中に消防車のサイレンと救急車のサイレンが入り混じり、かなり物々しい雰囲気になっている。消防隊員がひっきりなしに放水しているが、中々黒煙は収まらなかった。そんな中、久喜は溜息をついていた。天之手力男の力を得た女性のおかげで、ビルの壁を突き破りさらに隣り合っているビルの壁も突き破って、火の手が回っていない隣のビルから脱出する事が出来たのだ。背負っていた女の子を救急車に乗せると、女性が救急隊員に女の子の状態を説明しながら救急車に乗り込む。女性は別れ際に走り書きのメモを久喜に渡し
「アタシ、岬天音って言います。お話ししたい事があるんで、後で連絡ください」
と言い救急車に乗って女の子に付き添っていった。久喜も病院に連れて行かれそうになったが、大勢の野次馬に紛れてその場をなんとか離れたのだった。そしてビルとビルの間の小道を歩きながら溜息をついた所に、さっきの男性が走って追いかけて来た。
「‥あ、あの‥‥病院‥行かなくて大丈夫なんですか‥?」
男性が息を切らせながら久喜に聞く。久喜は少しだけ振り向き
「‥あぁ。色々、めんどくせぇからな‥」
と、ぶっきらぼうに答えるとまた歩き出した。
「‥あ‥僕‥大和辰巳って言います」
男性が久喜の背中に向かって自己紹介する。
久喜は立ち止まり、また少しだけ振り返る。
「‥久喜龍二だ。今日はとんだ災難だったな‥」
久喜はそう言うとまた歩き出そうとする。そんな久喜の隣に淤加美が現れ、ニンマリ笑うと
「‥って言うかさ。アタシの事が見えるのも、何かのご縁じゃない?それにあの子にも連絡しないと‥。でしょ?」
と言う。久喜は立ち止まると、大きな溜息をついて振り向く。大和は立ったままこちらを見ていた。久喜はポケットの中から、岬天音のメモを取り出す。そこには電話番号が書いてあった。
いまだサイレンが鳴り響く街中。火事の野次馬でごった返す狭い通り。その中に黒いスーツ姿のメガネをかけた背の高い中年男性が、野次馬に紛れて立っていた。瞳の色が赤い。
「‥まさか。これだけの火事でサンプルが一つも取れないとは‥」
男性は呟くと、人混みの中に消えていった。
久喜は大通りに面したファミレスに歩いて入っていく。あの火事から一週間が経っていた。今日は、あの火事で一緒だった岬天音と大和辰巳と会う約束をしているのだ。ファミレスに入ると、客はまばらだった。平日の夕方。もう少しすると、混んでくる時間帯になるだろう。久喜は奥の方の席に見覚えのある顔を見つける。大和が久喜を見つけ立ち上がると、岬も立ち上がった。
「‥先日は色々とお世話になりました。改めて私、岬天音です。谷川総合医療センターで看護師をしてます」
「‥あぁ、久喜龍二だ。待たせてワリぃな‥」
久喜が二人に言う。
「あぁ、いえ‥‥僕らもさっき来た所で‥」
大和が答える。大和とはあの後、しばらく話しをしたのだ。会社員をしていたが、つい最近退職して今は求職中だそうだ。八千代市内で一人暮らしをしているらしい。大和と岬は、お互い自己紹介済みのようだ。二人はドリンクバーを注文していたようなので、久喜もドリンクバーを注文して飲み物を取りに行く。
「‥あの女の子は大丈夫だったのか?」
久喜が座りながら岬に聞く。
「‥はい。やはり軽い脳震盪だったようです。二、三日入院した後、元気に退院していきました。ありがとうございました」
岬が軽く頭を下げる。
「なんのなんの。あの状況から脱出出来たのは、貴方のおかげだし」
突然、淤加美が久喜の隣に現れ言う。
「‥あの、貴方は?あの時、聞きそびれてしまって‥」
驚きながらも岬が聞くと
「アタシは淤加美。よろしくね」
淤加美はニンマリとして答える。
「な、なんで消えたり現れたり出来るんですか‥?もしかして‥幽霊‥‥とか‥?」
大和が恐る恐る聞くが
「まぁ、遠からずって所かなぁ‥」
淤加美はハッキリと答えない。
「‥神様みたいなもんらしい。黄泉国から来たんだと‥」
久喜が代わりに答える。久喜はこの一ヶ月の間にアキ君から色々話しを聞いていたのだ。この世界には黄泉国という亡くなった人や神様が住む世界があり、淤加美はそこから来たらしい。そして陰陽神社が黄泉国と現世をつなぐゲートの一つである事。アキ君の家系は代々、そのゲートを守っている為、黄泉国の者と深い関わりがある事などなど。普通の人なら俄かに信じられない話しなのだが、不思議と久喜は大して疑いもしなかった。久喜にとって淤加美やアキ君が何者であろうと大した事ではなかったのだ。久喜のいた裏の世界ではまともな人間などいなく、イカれた人間や犯罪者ばかりだったので気にならなかったのだ。久喜はアキ君から聞いたそれらの話しを二人にする。久喜の時量師神の力の説明もした。二人は驚きながら半信半疑で話しを聞いていた。
「‥だが、一つだけわからねぇ事がある‥」
久喜は眉を顰め
「‥なんで俺らに黄泉くじを引かせたんだ?いくら身の危険が迫っているとはいえ、あれだけの力を人に与えるのは、ある意味危険な事だぞ?その人間がとんでもない悪人なら、必ず悪い事に使うだろうしな‥」
と淤加美に聞く。久喜の周りは犯罪者だらけだから、特に気になるのだろう。淤加美は少し考えた後
「‥黄泉くじは必ずしも凄い力を与える物ではないよ。引いた人間に因んだ力が備わるだけの事。強い力もあれば、弱い力もある。善人だろうが悪人だろうが、その人が持つべくして持つ力だから‥。そしてこの先、その力を上手く使えないと困るしね‥」
と、意味深な言い方をする。
「どう言う意味だ?」
久喜が聞き返すと、淤加美は周りをチラリと見る。斜め前の席に女性が四人ほど座っていたが、もう店を出たようだ。今は周りには誰も座っていないし、店にお客がほぼいない状況だった。
「‥これぐらいならイイか‥」
淤加美は呟くと席を立ち、通路にしゃがみ込む。そして何事かを呟き始めた。どうやら何かの呪文のようだ。
「‥‥おい。何やっ‥‥」
言いかける久喜の言葉を遮るように
「‥結界空間、急速展開」
と、淤加美が言い放つ。
ドドン!
和太鼓のような音が鳴り響き、周囲に黒い空間が広がっていく。あっという間にファミレスの中が黒い空間に包まれた。
「‥な、何ですか‥これ?」
大和が周りを見渡しながら呟く。すると淤加美が立ち上がり、久喜達からゆっくり離れながら
「‥結界だよ。三人を結界内に閉じ込めたの。まぁ、言うなれば異空間みたいなものかなぁ‥。現実世界と同じようで違う世界。テーブルやソファーも同じだけど、違うもの。これで三人の姿は周りから見えなくなったし、音も聞こえない‥」
と言う。するとその淤加美の背後に白い着物を着た長い髪の三人の女性が現れたのだ。
「‥雪女って知ってる?こっちでは妖怪の類いとして知られているけど‥。この娘達は小雪と冬美と冷奈。アタシの可愛い妹分‥」
淤加美が言い終わらない内に、右側の冷奈が息を吐き出す。すると凄まじい冷気で結界の中の気温がどんどん下がっていく。あっという間に真冬のような寒さになっていった。
「‥ちょっ、ちょっと‥」
あまりの寒さに岬が両腕を抱えこむ。
「‥おいおい、淤加美。なんの真似だ?何しやがる?」
久喜も思わず叫ぶ。
「‥早くこの三人の娘達をなんとかしないと凍え死ぬよ。それに姿が見えなくなったアンタ達を、不審に思った店の従業員が騒ぎ出す‥。どっちにしても猶予はあと数分ってとこかな‥」
淤加美はニヤリと笑うと後ろへ下がっていく。
「‥テメェ!ふざけんな!」
久喜が叫んだ瞬間、左側の小雪が右手を前に突き出す。すると強烈な猛吹雪が巻き起こったのだ。
「天之手力男!」
岬が叫ぶと岬の体が白い光に包まれる。天之手力男の力が岬に宿ったのだ。すかさず岬がファミレスのテーブルを引っこ抜いて吹雪をガードする。だが真ん中の冬美が手を払う仕草をした瞬間、大きな氷柱が物凄いスピードで何本も飛んできたのだ。
「危ねぇ!」
久喜が叫びながら岬と大和を掴んで時間軸を変える。久喜達は大きく右へ移動した。そして時間軸が元に戻る。なんとか避ける事は出来たが、冷気と猛吹雪でどんどん気温が下がっていく。もう確実に氷点下を大きく下回っているはずだ。
「‥こいつら、マジか?くそっ、このままじゃヤベェぞ‥!」
叫ぶ久喜に、大和が冷静な口調で
「‥冷奈さんが冷気を吐き出し、小雪さんが吹雪を起こし、冬美さんが氷柱を投げる‥‥三人で役割を分担した見事な連携です‥。でもそれなら、僕らも三人で連携して戦いましょう!」
と言った。
「‥連携って言ったって‥‥この状況でどうやって?」
岬がテーブルでガードしながら大和に聞く。
「‥俺の時間軸変更を使いながら、天音の天之手力男の力で殴りゃあいい。アイツらは実体がないと思うが、天之手力男の力なら実体がない奴にも通用するはずだ」
久喜が提案するが、大和がすかさず
「‥それではダメだと思います。火事の時、時間軸変更を使うと普通より煙を吸い込むって言ってたじゃないですか?多分、冷気も同じだと思うんです‥。一秒間で十秒分の冷気を吸い込む事になってしまいますよ‥」
大和が歯を食いしばりながら答える。
「‥んな事言ったって、お前はまだ黄泉くじ引いてねぇんだし‥他になんかいい方法があんのか?」
久喜が大和を見ながら言う。すると大和が久喜と岬に何やら小声で伝える。
「‥わかった。やるぞタツ」
久喜が言いながら構えた。
「‥た、タツ?」
大和が自分で自分を指差すと
「タツ君はアタシの後ろへ!」
と、岬が叫んだ。ほぼ強制であだ名がタツになった大和が岬の後ろへ行く。寒さで手足の指先の感覚がなくなってきた。これ以上は本当に危険だ。
「やれ!天音!」
久喜が叫んだ瞬間、岬が渾身の力で正拳突きを結界の壁に叩き込んだ。結界がほんの少しだけ壊れる。その隙間に久喜が時間軸を変更しながら飛び込んだ。周りの時間が止まっているかのような中、ファミレスの厨房に向かって走る。時間軸が元に戻る瞬間、続け様にまた時間軸を変える。それを三回続けた。戻ってきた久喜はプロパンガスのガスボンベを引きずっていた。久喜がガスボンベごと破れた結界から中に飛び込んだ瞬間、時間軸が元に戻った。途端に破れた結界が元に戻る。雪女三人衆からしてみたら、久喜が突然消えて、数秒後にガスボンベを持って現れたように見えているはずだ。すぐさま久喜がガスボンベの栓を開けた。そして勢いよくガスが噴射する中
「いいか?いくぞ?」
久喜が岬に確認する。岬はソファーを引っこ抜き、防御の体勢を取りながら頷いた。それを見届けた久喜がライターで火をつける。噴射するガスに火がつき、大きな炎が巻き起こった。その瞬間、結界は消えてなくなり、三人は元の状態に戻ったのだ。三人は慌てて周りを見渡す。テーブルもソファーも元に戻っている。なんの変哲もない、平穏なファミレスの日常に戻っていた。
「あっぶな!」
淤加美が言いながら姿を現す。火がついた瞬間、結界を解かずに結界空間から三人を解放したのだ。結界を解いてしまうとこのファミレス内で爆発が起きてしまう為、結界は解かずに三人だけを解放して戻したのだ。そして結界を瞬時にボンベと同じサイズまで圧縮して、炎を消して爆発を食い止めたのだ。
「‥テメェ!」
すかさず久喜が構えるが
「‥ごめんってクッキー。おしまい、おしまい!」
淤加美が両手を前に突き出し、宥めるような仕草をする。
「ふざけんな!どうゆう事か説明しろ!」
久喜の怒りは収まらない。危なく殺される所だったのだ。無理もない。
「‥とりあえず、ボンベを元に戻そう」
淤加美がボンベの栓を締めて、結界をファミレスを包み込む大きさまで広げる。結界の中では誰にも見られないので、怒り心頭の久喜に変わって岬が天之手力男の力を使いながらボンベを元に戻した。その後三人は警戒しながら、ゆっくりと席につく。
「‥アタシは黄泉国から調査の為に現世に来たんだ‥」
三人が座ると、淤加美が徐に話しだす。淤加美の話しでは、この世の人間は死ぬと魂となり、黄泉国へと行くのだそうだ。そして黄泉国で次に転生するまで暮らすと言う。だが最近になって、死んだ人間の魂が黄泉国へと来ない事が度々あるそうで、その調査の為にこちらに来たと言う。黄泉国には閻魔省と言う亡くなった人を管理する組織があって、淤加美は閻魔省調査局の職員なのだそうだ。
「死後の世界にも日本の省庁と同じようなものがあるなんて‥。なんか、生きてる世界とあんま変わらないんですね‥」
大和が率直な感想を口にする。淤加美が言うには、黄泉国には死者の他に沢山の神様が住んでいるが、大半は眠りについているのだそうだ。そして守神として呼ばれると、目覚めて守神となるらしい。だが、ごく一部の神様が淤加美のように人と変わらぬ姿をして、役所仕事などに従事していると言う。そう言った神様を神人と呼ぶそうだ。そして久喜や岬のように守神が付いた人の事を神主と呼ぶらしい。今回、淤加美が調査を進めていくと黒いスーツを着た男の神主が、死んだ人の魂を集めているという情報を得たそうだ。どういう経緯で神主となったのかも謎だし、魂を集めて何をしようとしてるのかはわからないが、黒いスーツの男の行方を探していた時に、偶然追われている久喜と出会ったのだそうだ。
「‥あの時、神社で淤加美と出会わなければ、俺は死んでただろうな‥」
久喜が誰に言う訳でもなく呟く。
「‥ん〜、まぁそうかも知んないねぇ‥‥アタシのカンなんだけど、今回の件はなんか嫌な予感がするんだよね。上手く言えないけどさ‥‥クッキーと出会ったのは偶然だったけど、まさか時量師神を守神にするとは思わなかったんだ。だからクッキーが一緒にいてくれれば心強いなぁって思ったの。あ、天音ちゃんやタツ君もね。でも、どんなに凄い守神が付いたとしても、うまく使えないと困ると思ったからちょっとしたテストも兼ねて‥」
淤加美がそういうと、あの小雪と冬美と冷奈が姿を現し深々と頭を下げた。この三人も調査局の職員なのだそうだ。
「‥ごめんなさい。『なるべく本気で』と言われていましたので」
と冬美が弁解すると
「‥あのなぁ。テストで殺されたら、たまったもんじゃねぇだろうが?」
と久喜が毒づいた。すると岬が
「‥あのさ、黒いスーツの男を探してるって言ってたけど、アタシ見たかも‥。あの火事のあった日、火事が起きる三十分ぐらい前に、黒いスーツでメガネをかけた中年の男の人を見かけたんだ‥。その人の背後に、炎のような物を纏った鬼のようなのが見えて‥。その時は気のせいだろう、って思ったんだけど、火事の時に天之手力男を見たら、気のせいじゃないかもって‥‥だから別れ際に『連絡ください』って言ったんだ‥」
と言い出す。淤加美はそれを聞くと腕組みをして考えこんだ。
「‥‥炎を纏う?‥‥まさか‥‥火之迦具土か?」
淤加美が呟く。
「‥火之迦具土って、確か火を司る神様ですよね?」
大和が淤加美に聞く。
「‥そう‥‥でもまさかね‥」
淤加美が宙を見つめると小雪が
「‥では、その件は私達が調査します」
と言った。
「‥あぁ。よろしく頼む」
淤加美が答えると三人は消えていった。そんな淤加美に岬が
「‥っていうか、さっきクッキーって言ってたけど‥」
と言う。淤加美はキョトンとして
「‥うん。‥‥クッキー」
と言いながら久喜を手の平で指す。途端に岬が噴き出した。
「‥く、クッキーって呼ばれてんの?‥嘘でしょ?」
岬は手を叩いて笑っている。
「クッキーって呼ばれて何が悪りぃんだ?」
久喜が岬を凄い顔で睨みつける。だが
「いやいや、その悪人ヅラで?」
と、岬が笑いながら平然と言う。
「あ、悪人‥‥ヅラ‥?」
久喜は少し驚いて口篭ってしまった。ほとんどの人が久喜のその恐い見た目に躊躇する人がほとんどなのに、岬はあまり気にしてないようだ。久喜は自分の事を恐れない人間と会うのが久しぶりだったのだ。すると淤加美が外国人のように、両手の手の平を上にして肩をすくめてみせた。大和がそれを見て噴き出す。途端に久喜が大和の胸ぐらを掴み
「あぁ?タツ、テメェ何笑ってんだ?」
と叫ぶ。
「‥あ、い、いえ!‥‥わ、笑って‥ないです‥‥」
慌てて叫ぶ大和を見て岬が
「‥クククク‥‥まぁまぁ‥‥クッキー‥‥怒んないで‥あはははは‥‥可愛らしい名前なんだから‥‥」
と笑いながら久喜に言うと
「‥こいつら‥‥俺を焼き菓子扱いしやがって‥」
久喜が顰めっ面で言う。すると、今まで爆笑していた岬が急に真顔になる。どうやら向かいに座っている久喜達の、斜め後方を見ているようだ。いつの間にか、ファミレスは夕飯時になりつつあり、混雑とまではいかないがそれなりに賑わっていた。斜め後方の少し離れた席に、家族連れが座っている。若そうな夫婦と小学校低学年ぐらいの男の子だ。仲睦まじく食事をしている。
「‥アタシ、行くね‥」
岬はそれだけ言うと逃げるように店を出て行く。
「え?‥ちょ、ちょっと‥」
大和が慌てて立ち上がるが、岬は構わず店を出て行ってしまった。久喜と大和と淤加美は顔を見合わせる。久喜が岬が見ていた家族連れを見ると、ちょうど父親らしき男性と目が合ってしまった。三十代ぐらいのスラリとした背の高いイケメンだ。服装も小綺麗でブランド物もチラホラ見える。奥さんと見られる女性もかなりの美人だ。
「‥仕方ねぇな。俺らも出るか?」
久喜は大和と淤加美に言うと立ち上がる。全員で店の入り口に向かうと、店の片隅に女性が立っているのが見えた。髪の長いメガネをかけた痩せた女性だ。ジッとさっきの家族連れの座るテーブルの方を見ているように見える。その女性のすぐ後ろでは、女子高生達が和気藹々とドリンクバーを選んでいる。まるで、その女性には気づいていない感じだ。
「‥おい。あの女‥」
久喜が淤加美に言うと
「‥気づいた?この世の者ではないね。何かしらの未練があって彷徨っている魂、いわゆる霊体だね」
と淤加美が言う。久喜は内心驚いていた。久喜は霊感の類いが全くない。今までの人生で幽霊や心霊現象などとは無縁だったのだ。だが、淤加美と出会い時量師神の力を得て神主となったら、人間と同じように霊体が見えるようになってしまったのだ。
「‥つまり幽霊って事ですか?」
大和が淤加美に聞く。どうやら、大和にも女性が見えているようだ。その女性はすぅと目線をこちらに向ける。
「‥行くよ」
淤加美が二人を促し店の外に出た。
「怨恨沙汰に巻き込まれてもなんだし、ああ言うのはほっとくのが一番」
淤加美が二人に言う。店の外に出ると、先を歩く岬の後ろ姿が見えた。三人はその後を追いかける。岬はそのまま近くの公園へと入っていった。追いかけるように公園に入ると岬は公園のベンチに座り、タバコに火をつけていた。辺りは日も落ち始め、薄暗くなっていて人気もない。公園の街灯がタバコを蒸す岬を照らす。三人が近づいていくと
「‥‥アタシさ。不倫してるんだよね‥」
と、徐ろに岬が呟いた。
<人物図鑑>
名前:淤加美神
別名:淤加美 淤加美ちゃん
年齢:不詳 見た目は二十代前半
守神:なし
能力:見えない力で吹き飛ばす事が出来る
結界を張れる
備考:神人 水や雨を司る神様
黄泉国閻魔省調査局調査員
部下に小雪、冬美、冷奈がいる
神人なので通常は姿は見えない
(見せる事も出来る)
お供物や御神酒は食べたり飲んだり出来る