第十八話 呪力研究所
クッキー達は黒い大型のワンボックスの車から降りた。陰陽神社での五島の襲撃から数日が経っていた。五島は病院に送られたが、やはり意識が戻らないようだ。気絶した五島の部下達は黄泉国保安局によって、組の近くの路地裏に置かれた。港湾区域の埠頭で見つかった複数の中国マフィアの遺体の事もあり、表面上は両グループの対立の激化と言う形で警察の捜査が始まったようだ。黄泉国保安局の情報操作は完璧で、陰陽神社での出来事はまるで無かった事のようだ。淤加美いわく、五島の襲撃は魔月妃の事件とは無関係だろう、との事だ。単にクッキーを恨んでの襲撃。個人的な恨みじゃないか?という事だ。あの後、淤加美が色々と調べて、赤星一樹と歌野伊奈理が魔月妃に協力している可能性が高くなった。二人共、少し前から黄泉国より姿を消したらしい。この二人の力で神主を生み出している事に間違いなさそうだ。黄泉国保安局からキイロノイズミに、魔月妃、赤星、歌野の三人の神人と、大和田夏海、赤口焔、大山積次郎、瑞波奈緒恵、酒木荊羅と須佐之男命の神主の須佐野猛雄と言う男の計七人の神主を、重要参考人として正式に身柄の確保の要請があったのだ。もし今後、彼らと遭遇した場合は、速やかに取り押さえ黄泉国に引き渡さねばならない。抵抗する場合は、守神を倒し滅却処分の許可も出ている。神主の守神を倒せば、守神は自動的に黄泉国に強制送還され、その神主の魂は滅却となるそうだ。だが、それはクッキー達にも言える事。クッキー達も守神を倒されれば、魂が滅却となり永遠に消えて無くなってしまうという。だが、意外にも怖気付く者はいなかった。天音とタツは一度危うい所を助けられてるし、双葉も一度は死を覚悟した身だ。クッキーはもちろん、将吾も肝っ玉は座っている性格のようだ。天音は昔通ってた武心流空手の道場に再び通い始め、タツも将吾や斎藤と土方達から剣術を習いたいと言い始めた。怖気付くより、結束を固め自らを高める作戦だ。言い出したのは、意外にもひーちゃんだった。
「赤信号、みんなで渡れば、怖くない‥」
みんなの前でドヤ顔で言うひーちゃんに、吹き出したのはクッキーだけだ。
「‥妃瑠子‥‥そんなの、誰から聞いたんだ?」
笑いながらクッキーが妃瑠子に聞くと
「‥‥わかんない‥‥なんか、すっごい前に聞いた事がある‥‥」
と、ひーちゃんが答えると
「‥それは昔のお笑い芸人が言ってたギャグだ。だが、一理あるかもな‥‥。『悪い事はみんなでやっちゃえばイイじゃん?』って意味の風刺ネタで、集団心理の強要とかで悪く思われがちなんだが、『危ない局面でも、みんなで力を合わせれば怖くない』って意味にも取れる‥‥なぁ?奈美‥」
とクッキーが言う。奈美ちゃんが慌てて
「‥う、うん。そだね‥‥」
と笑いながら言った。前に奈美ちゃんが同じ事を言っていたのだ。クッキーはそれを思い出したのだろう。何はともあれ、タツと菅野は無事に退院し、すっかり元気になった。今日はキイロノイズミの八尾室長に招かれて、クッキー、淤加美、タツ、天音、アキ君、双葉、奈美ちゃん、将吾、菅野の七人と霊体二体は八尾の豪邸でお茶をご馳走になっていたのだ。これまでの戦いの労いと、八尾なりのこちらに対する身辺調査も兼ねてだろう。他愛のない雑談の後、自然とキイロノイズミに関する話しになった。歴史的な関係や機密もあって八尾は多くは語らないが、それなりに話しを聞く事が出来た。そして八尾がキイロノイズミに関する様々な施設を紹介すると言い出したのだ。そして後日、日を改めてみんなで見学に行く事になったのだった。今日は朝早くから八尾が手配した送迎車に乗り込み、隣の県にあるキイロノイズミの重要な関連施設の一つ、『呪力研究所』を見学に来たのだ。表向きの名前は『異常現象研究センター』と言う名前で、超常現象などの研究をしているという名目だが、裏では呪力に関する研究をしていると言う。峠道を永遠と登ったり降ったりして、だいぶ田舎まできた。周りは山で一面緑に囲まれた場所に、白い大きな工場のような建物が現れた。立派な正門を通り、正面玄関で車が止まると、クッキー達は車から降りたのだ。
「‥ここが呪力研究所‥?」
きっと、もっとオドロオドロしいものを想像していたのだろう。とても綺麗な建物で、何かの博物館のようにも見える。それを聞いて
「見えないですよね?いかにも、って感じだと何かとマズいので‥」
と、土方が言う。今日は非番なのだそうで、クッキー達の案内をしてくれるのだ。斎藤と近藤、藤堂は仕事なので、お土産を頼まれているそうだ。土方はいつものスーツ姿ではなく、珍しく私服姿だ。
「‥うぅ‥やっとついたぁ!」
凪が叫んで車から飛び降りた。続けてひーちゃんも降りる。
「‥‥ひーちゃんはわかるけどさ‥。なんであの子もいるの‥?」
天音が少し困った表情で言う。
「‥ひーちゃんが楽しみのあまり、学校で言っちゃったんだって‥。そしたら凪君が一緒に行きたいって言い出したらしくて‥。断る事が出来なかったらしくてね‥」
アキ君も困った顔で言う。凪は雲寄による情報操作で、陰陽神社での一件の記憶は無くなっている。キイロノイズミや黄泉国に関する事は知られてはならないのだ。
「‥大丈夫ですよ。ここは一般人の見学も出来ますから。ひーちゃん達には、見学エリアで待っててもらいましょう」
土方が笑顔で言う。なるほど。一般人が立ち入れるのは見学エリアのみで、研究エリアは一般人の立ち入りが禁止されている。クッキー達はその研究エリアを特別に見学させてもらうのだ。ひーちゃん達には見学エリアで待っててもらおう‥。
「‥この前、ひーちゃんから聞いたんですが‥」
奈美ちゃんが話しだす。奈美ちゃんは生前、伊坂と付き合っていた。凪が伊坂の息子だというのは、陰陽神社の事件の後、天音から聞いたのだ。
「‥凪君、今はお母さんと住んでるらしくて‥」
と、奈美ちゃんが言う。するとひーちゃんが近づいてきて
「凪くんのお父さんとお母さん、リコンしたんだって‥」
と、小声で言った。ひーちゃんの話しでは、それから凪の元気がなくなり塞ぎこみがちだったという。なので今回、一緒に行きたい、と言われて断れなかったのだそうだ。ひーちゃんにしてみれば、一つ年下の凪は弟のような存在なのかもしれない。
「‥ごめんなさい」
ひーちゃんが呟くように言う。天音や奈美ちゃんの事情は知らないはずなのに、大人達の態度に何か違和感を感じたのだろう。子供に変な気を使わせてしまったようだ。
「‥あぁ!いいの、いいの!大勢の方が楽しいし!せっかくだから日帰り旅行気分で楽しもう!」
慌てて天音が言うと、ひーちゃんは笑顔で頷いた。凪はタツと将吾を連れて先頭を歩いている。伊坂夫婦は離婚したようだ。あんな旦那では時間の問題だったのかもしれないが‥。天音は黙ったまま俯いた。自分が伊坂と不倫をしていたのは事実だ。勿論、奈美ちゃんの件以来、連絡は取っていないし天音と別れた後での離婚だから、直接的な原因ではないかもしれないが責任を感じてしまう‥。そんな天音を見て、淤加美と奈美ちゃんが天音の肩にそっと手を置いた。
「‥お前が責任を感じる事はねぇ‥だがな、大人の勝手な事情に巻き込まれるのは、いつだって子供だ‥‥。申し訳ねぇって思うなら、あの子が楽しいって思える事を、一つでも多く作ってやるのが正解だと思うがな‥」
クッキーが凪を見ながら呟く。すると菅野が
「おぉ‥たまには良い事言うじゃねぇか?」
と、笑いながら言った。すかさずクッキーが
「‥うるせぇ、クソジジイ‥」
と言うと、菅野が
「‥そんなに年変わらねぇだろうが?」
と言い返した。一同は正面玄関から中へ入っていく。広いロビーには受付があり、一般人は有料の施設のようだ。土方が受付に行き事情を説明する。すると、若い女性の職員が一人現れた。その女性が館内を説明しながら歩き出す。表向きの案内人だろう。平日なので、他に見学している一般人は少なかった。壁などにこの国で起きた、超常現象などの記実が展示されていて、それに対する見解や研究についての事が色々と書かれている。ちょっとした博物館のようだ。ある程度進んだ所で、土方がひーちゃんと凪をその女性に任せた。そして夢中になってる凪に気づかれないように、『関係者以外、立ち入り禁止』と書かれている扉を開けて中に入る。そこは細い通路になっていて、奥にさらに扉があった。頑丈そうな扉を土方が、指紋認証と網膜認証で開錠して中に入る。そこは一転してラボのようになっていた。周りは一面白い壁と床で、ガラス張りの部屋なども見える。職員はみんな白衣を着ていて、防護服みたいな服を着ている人もいる。
「‥ひょっとして、ここの人達って‥?」
双葉が何かに気づいた。すると土方が
「‥そう。ほとんどが黄泉国から来てる霊体。生身の人間は少ないわ‥」
と答えた。
「‥なんで黄泉国の霊体が職員なの?」
淤加美が聞く。どうやら淤加美も、キイロノイズミの関連施設については、詳しくは知らないようだ。
「‥私も聞いた話しなので‥」
と、土方が話しだす。土方の話しでは、呪力の研究は最近になって始まった事らしい。大昔に決めた『お互いに干渉しない』という両国の取り決めによって、こちらの世界では、『黄泉国など存在しない』と言う考えになっていき、いつしか禁忌となっていったのだそうだ。なので人々が呪力や霊体などを、研究したり調べたりする事を忌み嫌うように仕向けたと言う。お化けや幽霊が怖がられているのは、その教えが深く影響しているのだとか‥。人によって見えたり見えなかったりするのも、恐怖を煽るのに功を奏したのだろう。こちらの世界の人達は大昔から、黄泉国そのものを断絶してきたのだ。その為、黄泉国に関する対策が後手後手になってしまった。基本的に黄泉国の住民は無害なのだが、人から生まれた物ゆえに、善人もいれば悪人もいる。極稀に騒ぎや事件を起こす輩がいるのだ。その事に疑問を感じたのが、古より生きる八尾比丘尼‥‥八尾室長だった。こちらの世界の者は黄泉国について知らなさ過ぎると、八尾は呪力や霊体の事をもっとよく調べる為に、キイロノイズミとこの研究所を立ち上げたのだという。だがこちらの世界の人間だけでは知識が無さすぎる為、天野にお願いして霊体の職員を出向させてもらっているのだそうだ。呪力、霊体、神主、神人、そして黄泉国について調べる機関。それがこの呪力研究所なのだそうだ。すると
「佳乃!ひっさしぶりぃ」
と、背後から女性の声が聞こえた。クッキー達が振り向くと、白衣姿の女性が立っていた。肩までの金髪で右目に眼帯をしているが、とても綺麗な女性だ。背が高くてスタイルも良く、白衣の下に胸元が見える服を着ていてセクシーに見える。
「‥愛麻羅。久しぶりぃ」
土方が和かに答えると、愛麻羅と呼ばれた女性が土方に近づきハグをした。
「急に研究所を見学したいなんて言うもんだから、ビックリしたよぉ‥」
ハグをし終えた愛麻羅が土方に言う。
「彼女は一ノ瀬愛麻羅。ここの研究員で、私より年上ですが県警時代の同期なんです。ちなみに彼女も将吾君やひーちゃんと同じく、生まれながらの神主なんですよ」
土方が愛麻羅を紹介してくれた。
「どぉもぉ。あなた達が新しいキイロノイズミの人達?噂は聞いてるよぉ。これだけ神主が揃うと圧巻だねぇ」
愛麻羅がクッキー達を見ながら言うと
「早速だけど、例のアレを見せて欲しいんだけど‥」
土方が愛麻羅を促す。
「オッケー。じゃあ、アタシの研究室に案内するわ」
愛麻羅はそう言うと、ついて来いというジェスチャーをして歩き出した。
「ちなみに愛麻羅さんの守神はなんですか?」
歩きながらタツが愛麻羅に聞くと、愛麻羅がとある部屋の前で立ち止まる。そしてドアにカードキーを差し込むと、ドアが左右にスライドして開いた。
「アタシの守神は天目一箇神。鍛治の神と言われる一つ目の神様。『ひょっとこ』の原型とも言われているわ‥」
愛麻羅が振り向きながら言う。その背後に見える部屋の中は、沢山の整備中の機械が置かれていた。
「こいつはスゲェな‥」
菅野が驚きの声を出す。近藤が使っていたガントレットから、得体の知れない何かの機械までズラリと並んでいる。
「愛麻羅はキイロノイズミで使っている、対霊体用電磁鎧籠手、通称ガントレットの開発に携わっていたんです。その他にも色々な物の開発を手掛けています。彼女の守神は『物を作り出す』事に特化した能力なんです」
土方が誇らしげに言う。きっと自慢の友達なのだろう。仲の良さが伺える。
「‥ひょっとしてさ、ガントレットをフルパワーで使った人って‥‥」
愛麻羅が将吾に顔を近づけながら言う。将吾は急に愛麻羅の顔が近づいてきて驚いている。
「‥あぁ‥‥それはこちらの‥‥」
土方が苦笑いでクッキーを指した。
「‥なぁんだ。イケメン君じゃないのかぁ‥」
愛麻羅が残念そうに言うと
「‥悪かったな‥‥コワモテおじさんで‥‥」
クッキーが不機嫌そうに答えた。愛麻羅は肩を窄めると、クッキーの体を見ながら
「‥サイズは合うと思うけど‥‥」
と言いながら、ズラリと並ぶガントレットの内の一つを取り出した。この前、近藤が使っていたガントレットより少し大型だ。
「対神主用強化ガントレット‥‥特注品だよ。元々ガントレットは、普通の人が扱う用に開発された物だからね‥。色々と抑えながら作ってある訳よ。でも神主用なら思いっきり振り切れるから‥」
愛麻羅はそう言いながら、クッキーの右腕にガントレットを装着させ、スイッチを入れた。駆動音が鳴り始め、バチバチと電気も走り始めた。クッキーはガントレットの拳を見ながら感触を確かめている。
「‥とんでもねぇパワーだな‥。これで殴ったら死人が出るぞ‥」
クッキーが愛麻羅に言うと
「ビルの一つや二つ、消し飛ぶかもね」
愛麻羅が腕組みをして得意げに答えた。その言葉に場の全員が驚く。
「八尾室長からクッキーへのプレゼント。常時装備してて良いって。持ち歩くの大変だし、メンテナンスはここまで来てするしかないけどね‥」
と、土方が笑顔で言うと
「‥どいつもこいつも、馴れ馴れしくクッキー、クッキーって言いやがって‥‥。三時のおやつじゃねぇっつうの‥」
と、クッキーが顰めっ面をする。だが、装着したガントレットを見て満更でも無さそうだ。
「他にも色々と開発してるんだけどねぇ‥‥何しろ時間が足りなくて‥‥」
愛麻羅が言いながら、今度は刀のような形の物を取り出した。
「なんか、佳乃と同じくらい剣術が強い人が入ってきたんでしょ?電磁警棒だと、短くて扱いづらいだろうと思ってさ‥‥刀の形にしてみた。刃の部分に強電流が流れる仕組みだから‥。あ、まだテスト段階だから、八尾さんに許可取っといてね。こっちが国重でこっちが兼定。好きな方、使って‥」
愛麻羅が電磁刀を一振りづつ土方に渡す。剣術が強い人とは、きっと斎藤の事を言っているのだろう。土方が驚きながらも電磁刀を受け取った。愛麻羅はいつもこんな調子なのか‥。
「みんなランチまだでしょ?せっかくだからさ、みんなで食べようよ」
愛麻羅がみんなに言う。たしかにもう昼時だ。愛麻羅に言われるがまま、みんなで昼ご飯を食べる事になった。呪力研究所内にある食堂に移動して、それぞれ好きな物を注文した。食堂はガラス張りになっていて、外が良く見える。見渡す限り緑で、とても景色が良い。愛麻羅はお喋りが大好きなのだろう。みんなにアレやこれや色々と聞いていく。そして話しが土方と愛麻羅の話しになった。
「二人は県警時代の同期って言ってたけど、愛麻羅も警察官だったの?」
と、淤加美が聞く。確かに今の姿から想像がつかない。
「そうだよ。当時は黒髪のマジメちゃんだったし、まだ両目があったから‥‥」
愛麻羅がコーヒーを飲みながら答える。
「‥‥言いたくなければ言わなくていいんだけど‥‥その目はどうしたの?」
将吾が気を遣いながら聞くと
「‥ある事件があってね‥‥その時に‥‥」
愛麻羅が言うと、土方が
「‥もう、あれから二年経つんだね‥‥」
と、呟いた。
土方と愛麻羅は当時、県警の防犯課にいた。先輩と一緒にパトカーに乗り街中を巡回したり、通報があれば飛んでいきトラブルの対処をしたりなどしていたのだ。同期の女性は二人だけだった為、すぐに仲良くなった。忙しい日々の中、暇を見つけて二人で飲みに行ったり、出掛けたりした。年は愛麻羅が二つ上で、お姉さんのようだった。しっかり者の愛麻羅と、少し天然の土方は相性が良かったのだろう。二人は新米ながらもお互いに助け合いながら仕事をこなしていた。愛麻羅は小さい頃から手先が器用だった。壊れた物を瞬時に直したり、家電や車など機械の仕組みにやたら詳しかった。だが、それを神主の力だとは思ってもおらず、ただ器用なだけだと思っていたのだ。そんなある日の夜、愛麻羅は先輩の男性巡査と街中をパトカーで巡回していた。
繁華街を巡回中に、先輩が一台の駐車中の車に目を付けた。男性らしき運転手は乗っていて、エンジンはかかっている。長髪を後ろで結んでいてイカつい顔立ちだ。先輩の警察官の勘で、何かが引っ掛かったようだ。
「一ノ瀬、職質かけるぞ」
先輩が運転席から降りて、駐車中の車に声を掛けに行く。すると突然、その車が猛スピードで発進したのだ。慌てて先輩がパトカーに乗り込む。愛麻羅はサイレンを付け、無線を飛ばした。
「102から本部。不審な車両が都内方面に逃走。現在、春日通りを秋山橋に向かって走行中。至急、応援願います」
無線を切るとすぐにスピーカーに切り替える。猛スピードで逃げる車を追いながら
「前の車の運転手さん!危ないですよ!止まってください!止まってください!」
と呼びかけた。だが、車は止まる気配がない。無理な追跡は事故の原因にもなる。少し後ろを見失わないように追尾していく。いつしか車は人気の少ない住宅街へと入っていった。狭く入り組んでいて、スピードは出せない。ほどなくして車を見失ってしまった。
「どこ行った?」
先輩が周辺を走らせながら言う。
「‥あ、あそこ‥‥」
愛麻羅が何かに気づいて指を差す。道路から何かの敷地に入った所に、先ほど逃走していた車が停まっていたのだ。先輩がゆっくりとパトカーを停める。そこは廃工場の敷地だった。周辺は暗く人の気配はない。逃走していた車もエンジンを切っていてライトも消えている。
「‥‥気をつけろよ」
先輩が言いながらパトカーから降りた。愛麻羅もパトカーから降りる。ライトを片手に持ちながら、逃走車両を照らす。運転席には誰もいない。助手席や後部座席も誰もいないようだ。
「‥この中ですかね」
愛麻羅が廃工場を見ながら言う。真っ暗でかなり不気味な雰囲気だ。
「少し周りを探してみ‥‥」
先輩の言葉が途中で途切れた。愛麻羅が先輩を見ると、先輩がゆっくりとうつ伏せに倒れたのだ。先輩のすぐ後ろに人が立っている。髪型からすると、逃走車両の運転手だろう。三十代ぐらいのガラの悪そうな男性だ。無表情で立っていて、右手にはナイフを持っている。すると、うつ伏せに倒れた先輩の地面が血で赤く染まり広がっていく。愛麻羅が慌てて腰に付けてる警棒を取ろうとした瞬間、右肩に激痛が走った。男がナイフで斬りつけたのだ。愛麻羅は後ろに退がる。だが、地面に転がっていた金属製のバケツに引っ掛かり、仰向けに転んでしまった。右肩からは夥しい血が流れてくる。必死で後ろに退がるが、男がナイフを振り上げ愛麻羅に馬乗りになってきた。そして無情にも愛麻羅にナイフを振り下ろした。
名前:伊坂凪
別名:凪 凪くん 伊坂くん
年齢:九歳
守神:不明
能力:不明
備考:谷川総合医療センター小児科医の伊坂の一人息子
八千代市立第二小学校 三年生
陰陽神社襲撃の記憶はない
伊坂夫婦は離婚して、今は母親と暮らしている
当然、天音や奈美の事情も知らない




