第七話:単独ファッションショー
最初は断ったのだが、結局俺は白崎家に今日もお邪魔することになった。
そして、彼女がお茶を汲んでくれている間、彼女の家のリビングの、昨日と同じソファに腰を下ろし、自らのスマホを開いた。
スマホで見ていたものは、先程白崎が見せてくれたSNSアプリだった。
『本当に胸糞案件』
『何がクソって、このインフルエンサー何も悪くないのに実名晒されてるからね』
『実名晒した奴どこのどいつだよ。本当胸糞悪い』
……暴露系インフルエンサーの投稿についたコメントは、大半が白崎擁護派な印象だった。
『このインフルエンサーも他人に実名晒されたってことは恨み買うようなことをこれまでしてきたってことだろ』
しかし、大半が擁護派なコメントの中にも、こんな明後日な批判意見があったりする。
……やってくれたな、暴露系インフルエンサー。
今回の白崎の炎上騒動がようやく下火になり始めたタイミングで、余計なことをしやがって……。
内容は炎上させられた白崎を擁護するものだが、そもそも実名まで流出させられた白崎のことを考えたら、ここは話題に出すことさえ控えるべきだったろう。
それを、自らのインプレッション稼ぎのためにネタにして、炎上を延焼させやがった。
……ここでまた炎上騒動が延焼したら、白崎の学校復帰や活動復帰のタイミングが余計に遅れてしまうではないか。
「はい。お茶」
しばらくして、白崎はテーブルにお茶を置いてくれた。
……そういえば、ただお茶を入れに来るだけだった割に、随分と長いことかかっていた気がするが気のせいか?
「……あれ、着替えたのか」
俺は顔を上げた拍子に、白崎が衣服を着替えていることに気が付いた。
さっきまでは散歩する時のような軽装だったのに、今はヒラヒラなワンピースを纏っていた。
……中々どうして、白崎のモデル体型も相まって、着こなしは完璧だった。
「どう?」
白崎は俺の前で一回転した。
ワンピースのスカートがヒラリと靡いて、俺の視線と思考は停止した。
「……おうい、倉本君?」
「何やってんのお前……?」
「どう? 似合ってる?」
「……は?」
突然、どうしたんだ、この女は……?
この緊急事態の最中、ワンピースが似合っているかどうかなんて、どうでもいいだろう。
「……まあ、似合ってる」
とはいえ、尋ねられたことはちゃんも答えようと思った。
まあ、そりゃあ似合わないわけがない。
白崎はスタイルも顔も良ければ、ファッション系インフルエンサーなんて肩書もつくくらいファッションセンスも良いのだから。
「似合ってるが……スカート部分の丈、短すぎるだろ。そんな短くして相手を挑発する必要ないくらい可愛いんだから、控えたらどうだ。……パンツ見えそうだぞ」
……はっ!
白崎相手に、ファッションのダメ出しなんて…… 俺は一体何をしているんだ……?
「……倉本君」
「なんだよ……」
「エロガキ」
ニヤリと笑う白崎を見て、俺は彼女を睨みつけた。
「そっか。似合ってるけどスカート丈が短すぎか。参考にするよ」
「参考にするな」
「意外とこだわりが強いんだね、倉本君って」
「……こだわりが強いって言うか、誰にだって好むの恰好はあるもんだろ」
「この格好は倉本君の好みじゃないの?」
「……俺は、あんまりヒラヒラした女の子っぽい恰好は好きじゃないな」
「そうなんだ」
「ああ、……どちらかと言うと、大人っぽい恰好の方が好きだ……モノトーンを基調していると尚良し」
「……そっか」
白崎は踵を返した。
「ちょっと待ってて」
「え、嫌だ」
「いいから」
お茶のいっぱいを頂く程度のつもりで立ち寄ったのに……俺の制止も聞かず、白崎はスリッパをパタパタ鳴らしてリビングを後にした。
しばらくして、二階から物音が聞こえて……足音が聞こえた頃に、白崎はリビングに戻ってきた。
「お待たせ」
リビングに戻ってきた白崎が着ていた服は……。
白色のブラウスに、スリット付きの黒色のロングデニムスカート。
「どう? 似合ってる」
……率直な感想は、決まっていた。
「似合ってる」
「不満点は?」
「ない……」
ファッションに関しては。
「……それなら、良かったかな」
「これはなんの真似だ?」
俺は白崎に尋ねた。
白崎の今の恰好は、さっき俺から聞いた好みの恰好をモチーフにしたファッションに他ならない。
彼女は一体どうしていきなり……俺の好みの恰好をし出したのだろうか?
「相談したかったことを相談しようと思って」
「……話が見えないんだけど」
「さっき見せたインフルエンサーの投稿もあって、あたしこれからもしばらくは表立って活動出来ないじゃない?」
「まあ……」
まあ、正直モヤッとする話ではある。
暴露系インフルエンサーのインプレッション稼ぎに利用された件も。
フェミニストに嫉妬で炎上させられたことも。
実名を流出させられたことも。
……彼女の健康と安全の確保のため、しばらくの活動自粛をせざるを得ない現状も。
どうして毎度毎度、非のない白崎が割を食わないといけないのか、と。
「でもあたし、まだまだ色んな服を着たいし、色んな恰好を皆に見てほしい」
……高校二年。多感な時期。ファッション好き。
そりゃあ、色んな恰好をして、自分を着飾って、共有して……ファッションを楽しみたいと思って当然だ。
「だから……これからあたし、定期的に倉本君単独のファッションショーを開くから」
先週、疲弊しやつれたような顔をしていた白崎だが、今の顔はその時とはまるで違った。
「倉本君は、単独ファッションショーの審査員をお願いね」
……今の白崎が見せた微笑みは、年相応のものだった。