第五話:相談
白崎の微笑みに見惚れていた俺は、しばらくしてハッとした。
「と、とりあえず、そういうことだから。これ以上、俺への謝罪なんて無駄なことは辞めろ。もっと有意義な時間の使い方をしろ」
「ふふっ。わかったよ。ありがと」
ホッ。
なんとか白崎と変な遺恨を生むことなく、先程のお門違いな説教の禊を済ませることが出来た。
「……それじゃあ、お茶も飲み終わったし、そろそろ俺、帰ろうかな」
「あ、待ってよ。もう少しゆっくりしてったら?」
白崎はすっかり、いつものクールな口調を取り戻していた。
「いいよ。……あんまり長居して、本当に俺まで炎上に巻き込まれたらたまらないからな」
「……まあね」
白崎は同調してきた。
……張り合いのない女だ。
ここは俺にガツンと文句を言ってほしかった。
その方が話も弾むってもんだ。口論の方向にだけど。
「それにしても、本当……今回の炎上は、その……ご愁傷様だったな」
微妙な雰囲気で、白崎が落ち込みそうな空気を醸し出し始めたから、俺はたどたどしく言った。
我ながら、俺は人を労うことに慣れていない。
「もしかして労ってくれてる?」
「それ以外にどう聞こえる?」
「……わかりづらいよ」
それは……同意せざるを得ない。
「ま。ありがと。……でも、本音を言えば困ってるんだよね」
白崎は俯いた。
何に困っているかは、大体検討が付いた。
「あたし、これからどうしたらいいんだろう……?」
炎上後の対応。
個人情報流出の対策。
今後の活動方針設定。
確かに、今回の炎上のせいで、白崎は今、インフルエンサーとして大きな岐路に立たされたはずだ。
炎上後の初動を間違えると、一生尾を引くなんて話もあるし……素人の俺では、とてもじゃないがアドバイス出来ることはなさそうだ。
「ねえ、倉本君。あたし、どうしたらいいと思う……?」
アドバイス出来そうなことはないと思った矢先、俺は白崎にアドバイスを求められた。
知らん。
正直、そう言って一蹴したかった。
しかし、いくら冷酷非道な俺でも、中々そこまでの真似は出来ない。
「とりあえずさ。お前、個人で活動しているんだろ?」
「そうだね」
「じゃあ、どっかの大手事務所とモデルの専属契約でも交わしたらどうだ?」
白崎が今日まで個人で活動をしていることは、『SHIRA炎上まとめ』というサイトで知ったことだ。
そして、昨今の女子高生ファッション系インフルエンサーの大半が、個人での活動ではなく事務所とモデル契約を交わしていることも、そのサイトで知ることが出来た。
まあ、そりゃそうだって話だ。
そもそも、ファッション系インフルエンサーってのは衣類を紹介することを生業とする人間のこと。
衣類ってのは……ピンキリだが、そういう立場の人間が着る服となれば、高校生の懐事情では厳しいくらい高い服もあるだろう。
事務所とモデル契約を結べば、そういう高い服を着る時も向こうが費用を負担してくれるはず。
しかも、炎上時のノウハウなんかもあるはずだし……白崎にとっては願ったり叶ったりな環境なのではないだろうか。
「……正直、話は来ているんだよね」
白崎は小さな声でポツリと漏らした。
彼女の口振りを聞いただけで、彼女がモデル契約に前向きでないことは理解出来た。
「何が嫌なんだ?」
「……ちょっと部屋に来てくれる?」
「え、嫌だけど」
「行くよ」
嫌がる俺を、白崎は無理やり引っ張って連れて行った。
二階……先程、白崎が窓から身を乗り出していただろう部屋に、俺は連れてこられた。
……白崎の自室は、女の子の部屋という感じではなく、質素な感じとなっていた。
居た堪れないと思い、借りてきた猫状態で周囲をキョロキョロする俺を無視して、白崎はクローゼットに手をかけていた。
「見て」
「……嫌だ」
「なんで? いいから見て」
渋々、俺は白崎の開けたクローゼットを見た。
「……おおっ」
クローゼットの中には、ところ狭しと多様な服がハンガーにかけられ、収められていた。
「これ全部、お前が買ったのか?」
「ううん。違う」
白崎は少し寂しそうに、クローゼットの中を見ていた。
「これは全部、お母さんがあたしのために買ってくれた服」
……白崎が寂しそうにお母さん、と言った姿を見て、俺はさっきの仏壇の中にあった遺影を思い出した。
「お母さん、服が大好きでね。カレンが将来大きくなって彼氏が出来た時、相手の好みに合わせられるようにって……将来のあたしに似合うと思った色々な服を買ってくれてたんだ」
……白崎の話そっちのけで、俺は頭の中で思い浮かべた予想が外れていてほしいと考えていた。
「……お前の母は、今、どうしてるんだ?」
「天国から、いつもあたしを見守ってくれている」
……当たっていたか。
「……あたしがインフルエンサーを始めた理由はね、天国にいるお母さんに見せたかったからなの」
「……」
「お母さんが買ってくれた服、似合うような女の子になれたよって……」
「……そうか」
「お母さんの買ってくれた服をそのまま写真で撮ったり、時には自分で安価なパーツ買ってアレンジしたり……。そうやって定期的にSNSで発信していたら、たくさんの人がフォロワーになってくれてさ」
……だから、彼女のSNSの情報発信は、インフルエンサーを名乗る割には主張が薄かったのか。
「あたし、今の自分のSNS運用、結構気に入ってるんだよね」
そして同時に、なんとなく……白崎がモデル契約を交わさず、個人活動を続けたい理由もわかった気がした。
「……モデル契約をしたらさ、事務所の意向で……自分の趣味じゃない服を着ないといけないでしょ?」
「嫌か?」
「嫌。絶対に」
即答だった。
「……そうか。なら、どうしたもんかな」
「……倉本君」
「なんだ」
「……状況考えたらさ、無理やりにでもあたしに事務所と契約するべきだって、ごり押ししてきてもいいんじゃないかな」
「え、何、本当は事務所と契約したいの?」
「そうじゃないけど……人によっては、今のあたしの考え方は、甘いと捉えられるんじゃないかと思って」
「そうか?」
「そうだよ。……だから正直、いつまでも子供みたいに甘えてるんじゃなくて、他人に迷惑をかけないように、事務所と契約しろって、君に言われるんじゃないかと思ってたから……君があっさり引いて、ちょっと驚いた」
白崎の言い分は理解出来た。
多分、彼女は彼女なりに自らが現状で抱えている問題も理解しているから、事務所と契約することを嫌だと本心では思いつつ、迷いもあるのだろう。
……だから、もしかしたら彼女がこの部屋に俺を招き入れたわけは、俺に否定をしてもらいたかったのかもしれない。
甘えるな。
大人になれ。
嫌なことでも我慢しろ。
……と。
「さっきの話で気付いたかもしれないけどさ。さっき倉本君、あたしが今のインフルエンサーとしての立場を築けたのは、あたしが努力してきたおかげだって言っていたけど……それ、違うよ。あたし、ただ趣味を楽しんできただけだもの。だから、影響ある立場として、そろそろ趣味から仕事に転じさせろって言われると思っていた」
「……そうか」
「……うん」
「悪いが、俺は絶対、そんなことは言わないな」
白崎の言い分はわかった。
しかし、彼女の言うようなことは、俺は絶対に言わない。
「……白崎、俺はさ、散歩をすることが趣味なんだ」
「そうなんだ」
「そうだ。自分が知らない道を歩くことが好きなんだ。頭の中で地図を描いて行って、知らない道から知っている道に繋がる時の快感がたまらないんだ」
「……」
「お前にとってのファッションは、俺にとっての脳内地図作成と一緒だ。考えて、試行錯誤して、疲れることも厭わず、最善の結果を尽くそうと悩み、成果を残す。……それってさ、成果を得るまでのストレスに強弱の差はあれ、まさしく努力したことと同じだろ? ただ、成果を出すのに苦しまなかった分、努力だと認知しづらいだけなんだよ」
「……そう、なのかな」
「そうさ。……ただ、それって正直、天職ってやつだと思うぞ。だってお前は、その分野においては他の人より苦しむことなく、他の人よりもより強度の高い努力が出来るってことなんだぜ?」
白崎は少し納得した様子だった。
「だから、そんな天職を捨て去るべきではないと思う。そして、一つでも狂ったら、それは天職ではなくなるかもしれない」
「……うん」
「だから、足掻いてもがいて、それでもどうしても状況が好転しないなら、事務所契約を考えればいいんじゃないか?」
白崎は俯いた。
しばらく何も言わず……自分の今後の行く末を悩んでいるようだった。
「……ねえ、倉本君」
「なんだ」
「……もし、負担じゃなかったらなんだけどさ」
「……」
「また……色々、相談させてくれない?」
白崎の言葉を聞いて、俺は迷った。
正直、本音を言えば……断りたかった。
白崎家にお邪魔させてもらって以降の俺は、ただただ自分の言いたいことを言っただけ。
それが偶然、白崎に刺さっただけ。
それだけなのだから……今後も彼女の相談に乗って、彼女の求める答えを出せるとは限らない。
彼女の求める答えを出せず、失望されるのならまだいい。
一番困るパターンは……彼女が俺の間違ったアドバイスを聞き入れて、失敗してしまうことだ。
もし、俺のアドバイスのせいで彼女が失敗してしまったら……俺はきっと罪の意識に苛まれる。
そんな状況に陥るのは御免だった。
「……駄目かな」
……ただ、傷心の女子より自分のエゴを優先する程、俺の人間性は腐っていなかった。
「わかった……。時々な」
「……ありがと」
白崎は、今度は謝罪ではなく、お礼のために頭を下げてきた。
……こうして、俺と白崎の間に奇妙な協力関係が生まれた。
第一章完
ヒロインの爆発大炎上から主人公との関係構築まで
ここまでは一気に出した方が良いと思い、一時間おきに投稿してみた
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