第四話:夢
「お邪魔します」
「リビングで待っててくれる?」
「わかった」
なし崩し的に白崎家にお邪魔させられた俺は、白崎の指示通り、リビングへと足を運んだ。
「ソファに座っててくれていいから」
「……わかった」
白崎に促されるまま、ソファに腰を落とした。
彼女がお茶を振舞ってくれるまでの間、手持ち無沙汰になった俺は、リビング内をキョロキョロと見回すことにした。
六十インチの大型テレビ。
カーテンが閉められた窓。
……仏壇。
よく見たら、仏壇の中には若い女性の遺影があった。
快活な笑顔を見せる女性の顔立ちは……白崎とどこか似通っていた。
「お待たせ」
「……おう」
白崎は俺の前のテーブルにお茶碗を置いた。
そして、白崎は俺の隣に腰を下ろした
白崎からは……なんだか少し良い香りがした気がした。
「それで、そろそろ話してくれるか?」
……白崎から良い香りがしてから、俺は何故かここから早く去りたい気持ちに駆られた。
しかし、わざわざ白崎家に足を踏み込んだ以上、白崎の相談事を聞かないまま帰るわけにもいかなかった。
「この前のことで少し話したいことがあるんだろ……?」
それが、白崎が俺を家に招いた理由。
「……うん」
白崎は、深刻そうな顔で、お茶碗をテーブルに置いた。
「……あのさ」
そして、大層言いづらそうに、言葉を紡いでいく。
「……ごめんなさい」
白崎は、頭を下げた。
「この前の件、無関係なあなたを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい……っ」
……それが言いたかったのか、この女は。
「この前は、お父さんも一緒だったから……。でもこれは、あたしの問題だから。あたしがちゃんと、一対一で謝らないとと思ってた」
「だから今、俺に謝罪をしているのか?」
「……うん」
白崎は深刻そうに顔をあげた。
「……許してもらおうなんて思わない。でも、キチンと謝りたかった。この前の一件だけじゃなくて、プリントの件もあるから、余計に」
「……」
「本当にごめんなさい」
何度も何度も……白崎は頭を下げた。
そんな彼女を見ていたら……俺は無性に腹が立ってきた。
「いいよ。これ以上、謝るな」
「……」
「絶対に許さないから」
「え」
白崎の瞳が不安そうに揺れた。
「この前、学校でも言ったじゃないか。お前は……お前の父は、この前からずっと間違っている……っ!」
「……」
「お前、どうして俺にそんなに何度も謝罪をするんだ。何を悪いと思って謝罪してんだ」
「……それは、あなたを事件に巻き込んだから」
「俺が事件に巻き込まれたのは、お前のせいなのか」
「……それは」
「違う。違うだろ。SNSでの炎上も、個人情報の流出も、不審者に襲撃されたこともっ! 全部っ! お前だって巻き込まれただけじゃないかっ!!!」
感情が高ぶって、俺の声は震えていた。
「……でも、あたしがインフルエンサーなんて目指さなかったら、こんなことにはならなかった」
「……おい、白崎」
「……何?」
「お前、二度とそんなこと口にするなよ」
白崎は呆気に取られていた。
「お前、自分が言っていることの意味わかってんのか。お前が今言ったことはつまり……努力して夢を叶えることは間違いですって言ってることと同義なんだぞ。ふざけるな。そんなはずないだろ。人より努力して、人より頑張って、そうして誰しもが叶えられない夢を叶えたお前の行いが、間違いなはずがないだろっ!」
「……っ」
「この際、ハッキリ言ってやるよ……っ!」
俺は隣に座る白崎の両肩を掴んだ。
「お前はっ! 何も間違ってない!!!」
白崎は、視線を泳がせていた。
「お前は何も間違っていない! お前はすごいんだ! もっと誇っていいんだ! お前を貶めようとしている連中をなじっていいんだ! 俺なんかに謝罪なんかする必要はない。恩義も感じる必要はない! 適当にお礼を言って、遺恨を生まないようにだけ図ればいいんだよっ!」
……言いたいことを言い終えて、俺はハッとした。
なんだか今、随分と熱くなって言いたい放題言ってしまった気がする。
いやまあ、この際、言いたい放題言ったことはいいのだが……随分と、荒い口調で白崎に迫ってしまった気がするのだ。
白崎は今、人間不信に陥っていてもおかしくない状況だ。
そんな白崎に荒い口調で説教染みたことをすれば……余計、人間不信をこじらせてしまうのではないだろうか。
「……あーっと」
とりあえず、弁明しておくか。
「……サーセン」
弁明のやり方がわからなくて、気付けば俺は深々と頭を下げていた。
「……倉本君」
「……はい」
「なんで謝るの」
……白崎の声は、少しだけツンとしていた。
だけど、どこか楽しそうだった。
「それは……お前を怖がらせたからだ」
「あたしが君を怖がったの?」
「そうだ」
……返事はない。
今、白崎はどんな顔をしているのだろう?
気になった俺は、ゆっくりと顔をあげた。
「……変なの」
白崎は……。
「怖がったはずないでしょ?」
いつもツンとしてクールな彼女は……。
「嬉しかったよ」
俺に、優しく微笑みかけていた。
「……ありがと」
彼女の笑みに……俺は気付いたら、見惚れていた。