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第三話:お茶

 白崎親子と面倒くさい約束をしてから、土日を挟んだ翌週の月曜日。

 朝のショートホームルーム直前に学校に到着すると、教室内に白崎の姿は相変わらずなかった。


 一日の授業はあっという間に終了した。

 部活動に向かうクラスメイトを放って、俺は帰りの支度を済ませた。


 一足先に職員室に向かった先生からプリントを受け取って、俺は渋々、白崎親子との約束のため、彼女の家に向かった。


 下校道。

 先日のような不審者とすれ違うことはなかった。

 ……今思えば、もしかしたらあの不審者は、相当白崎に入れ込んでいたのかもしれない。


 そうじゃなければ、一人のインフルエンサーに会うために、学校の最寄り駅に立ち寄ってみたりしないし、住所の特定を一人でやったりもしないはずだ。

 

 まあ、あんな奴が二人も三人もいられた方が困るし、出来るならばこのまま白崎が平穏無事な日々を送れるように祈るばかりだ。


『次は――』


 そんなことを考えている内に、俺は白崎家の最寄り駅に到着して、電車を降りた。

 俺は昔から物覚えが良い人間だった。

 だから、白崎の家までの道も、一度歩いただけでしっかり覚えていた。


 無事、俺は白崎の家に到着した。


 俺は、少しだけ迷った。

 何を迷ったのかと言えば……インターフォンを鳴らすかどうか、ということだ。

 この前は、インターフォンを鳴らさず、ポストに宿題を突っ込んでそのまま帰宅しようと考えていたし……俺と白崎の関係値や、彼女が今置かれた状況を鑑みても、それが正しい選択なんだと思う。


 ……しかし、あの不審者の存在が俺の決断のノイズになっている。

 あの不審者は、無理やり家屋の中に侵入しようとしていた。

 そんな異常行動を見た後だと……いくらあの不審者が逮捕されたとはいえ、同じことをするアホンダラがいるのでは、という不安が脳裏にチラついて離れない。


 もし、今現在、白崎の家に不審者が侵入していたとしたら……俺がインターフォンを押すことで、彼らがこの場を去るきっかけを作ることが出来るかもしれない。


 ……よし。


「ポストに突っ込んで帰るか」


 いくら白崎が有名インフルエンサーで個人情報が特定されているとはいえ、さすがにこんな連続で不審者に襲撃されることはないだろう。

 というか何なら、俺がインターフォンを押す方が彼女の不安を煽る結果になるかもしれないし、それは忍びない。

 決して、俺が彼女と接触することを面倒くさがっているわけではないが……この場は、やるべきことを淡々とこなすだけで、帰路につくとしよう。


「待ってっ!」


 ……ポストにプリントを突っ込んで、帰路に着くため俺が踵を返した瞬間、上方から叫び声があがった。

 俺は思わず、びくっと体を揺すった。


 ……嫌な予感を感じながら、顔をあげると……白崎が、恐らく彼女の自室がある二階の窓から、上半身を乗り出して、俺を見ていた。


「お、おいっ! あんた、何やってんだよ!」


 俺は思わず叫んだ。

 大きな声で叫んだり、窓から身を乗り出したり……。


 特定とか身の危険だとか、色々とリスクマネジメントが出来ていない行動だと言わざるを得なかった。


「そこで待ってて!」


 しかし、そんな俺の言葉を無視して、白崎は声をあげて、部屋に戻った。

 その後、白崎の家の中から、ドンドンバタバタと音が鳴った。


「……ごめん。待った?」


 まもなく、白崎は玄関から顔を覗かせてきた。

 余程急いでいたのか、頬は少し紅潮していた。

 しかし、声色はいつも通りクールなものだった。


「待ってない。そんなことより、大丈夫なのか」

「何が?」

「……まあ、いいか」


 言いたいことは色々あったが、恐らく傷心中の彼女を責めることは憚られて、俺は冷静に言った。


「それで、何か用?」

「……えぇと」


 白崎は口ごもった。

 まさか、リスクを犯してまで呼び止めておいて、呼び止めた理由がなかったなんてことはないよな?


「……白崎、俺、そろそろ帰るけどいいか?」

「……あっ」


 ……白崎と同じクラスになったのは、高校二年になった今年が初めてだった。

 一年時の会話はなし。

 二年になってからも、ここまでは碌に会話はしてこなかった。


 そんな俺から見た学校での彼女は……思わず、色んな人の注目を浴びるような美しい美貌を持っているにも関わらず、どこかクラスメイトとは一線を画している人という印象だった。

 

 具体的に何がクラスメイトと違うのか、と問われれば答えるのは難しい。

 しかし……。


 笑ったところをあまり見たことがないこと。

 友達に遊びに誘われても自分の都合を優先すること。

 ……そして、どんな相手にでもハッキリと自分の意見を述べられること。


 そんな出来事一つ一つを積み重ねた結果、俺の中の彼女の印象は出来上がった。


 ただ、一線を画している、というのは語弊があったかもしれない。

 どちらかと言うとこれは……大人っぽい、というのが正しいのかもしれない。


 とにかく、俺のイメージの彼女は、いつだって凛としてクールな態度を貫いている印象が強い。


「……ぅぅ」


 そんな彼女が今、俺の目の前で逡巡するかのように俯き、言葉を紡ぐことを躊躇っている。

 ……中々、新鮮な光景を目の当たりにしている気がする。


 そして、なんだか酷く嗜虐心がくすぐられる。


「……倉本君」

「何」

「お茶、飲んでかない」

「いい。帰る」

「ちょっと!」


 俺は肩をガシッと掴まれた。


「な、なんだよ。いいよ。俺、帰るから」


 正直、ちょっと驚いていた。


「……いいから。ちょっと寄っていって」

「……あんた、この場面をあんたのファンに見られたらどうなると思う」

「……どうなるのよ」

「わからないのか」

「わかんない……」


 ……そうか。わからないか。


 だったらハッキリ言ってやる。



「俺まで一緒に炎上するだろ……っ」



 白崎は目を丸くしていた。


「なら、問題ないね」

「いやあるだろ」

「……ないよ。まったく」

「……何を根拠に言ってやがるんだ、この女は」


 俺は目を細めて言うが……白崎は意に介した様子はない。


「この前のことで少し話したいことがあるの……」


 ……この前のことで?

 もしかして、土日の間に、また新しい不審者でも現れたのだろうか?


 それとも、この前の奴が逮捕されるまでの間に何かをやらかしていて、またトラブルに巻き込まれたのか?


 ……はぁ。


「わかった。少しだけだぞ」

「うん」


 白崎は口角を少しだけ吊り上げて、微笑んだ。

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