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第二話:謝罪を拒む男

 まもなくやってきた警察により、不審者は連行された。

 パトカーが到着すると、物静かだった白崎家付近の住宅街も慌ただしくなってきて、野次馬が集り始めていた。


「すみません。この家の人間なのですが……」


 俺が警察から事情聴取を受けることなり、警察署へ向かうことになったタイミングで、白崎の父親だろう人が帰ってきた。

 警察が白崎の父親に事情を説明する中、俺は一人、グッドタイミングだと思っていた。


 これで白崎を顔出しさせずに済むと思ったのだ。


「それではご主人にもご同行願いたいのですが」

「は、はあ……わかりました。ところで、君は?」


 白崎父の興味が俺に移った。

 最近の娘のSNS炎上騒動があるためか、白崎父が俺に向ける目つきは鋭かった。


「娘さんの同級生です。今日は担任の先生から、娘さんが休みの間のプリントを届けるように言われてきました」


 警戒心を解くために、俺は鞄からプリントを取り出して、白崎父に手渡した。


「……そう、でしたか。それはありがとう」

「いいえ。こちらこそありがとうございます。娘さんが通報してくれたおかげで怪我せずに済みました」

「そうかい」

「一度、身支度を整えるついでに、娘さんとお話してきたらいかがですか? 多分、彼女も動揺していると思いますので」

「……よろしいですか?」


 白崎父の質問に、警察は深く頷いてくれた。


「君、中々冷静な対応だったね。その年だったら簡単に出来ることじゃないよ」


 白崎父が家に戻った後、警察が褒めてくれた。


「いえ、さっきからずーっと心臓バクバクです」


 正直、不審者を取り押さえる時は心臓が飛び出してくるかと思うくらい、ビビっていた。


「でも不思議なもので……人間、極度の緊張をした後だと、いつも以上に冷静になれるんですね」

「あはは。貴重な体験が出来たね」


 こんな体験、二度と御免だけどな。

 内心でそう思いながら、あはは、と俺は乾いた笑みを浮かべた。


 それから俺達は警察署に移動し、事の経緯を警察に説明した。

 ついでに不審者には、今朝、学校の最寄り駅でも出会っていたことも伝えておいた。


「多分彼は、所謂ストーカーって奴だったんだと思います」


 俺の発言に、警察官も白崎父も同意していた。

 警察曰く、ポストに大量に投函されていた紙は、全て同じ筆跡だったらしい。

 恐らく、件のストーカーがやったことだろう、と警察は付け加えた。


 それから一時間程、更に質問に答えて、俺達は解放された。


「……倉本君、夜も遅いし、送って行こうか?」

「いえ、大丈夫です」


 白崎父の提案を拒み、俺は一人家に帰った。

 帰り道、今日一日の疲れがドッと出て、俺の歩調はドンドン遅くなっていく。


「こんなことなら、白崎父の提案を断るんじゃなかった」


 駅。ホームで電車を待っている間に、俺はぼそりと呟いた。


 白崎父の車での送迎を断った意味。

 それは、ただただ気まずいから、という理由に他ならない。


 考えても見てほしい。

 これまであまり会話したことのないクラスメイトの父に程々の恩義を感じられた状態で、二人きりの車移動。

 ちょっと考えただけで、気まずい雰囲気になることが目に見えてしまうではないか。


 数十分の気まずさより、一時間の電車移動の方がマシだと思う程度には、俺は人付き合いが苦手だった。


「ったく、担任のせいで、今日はエライ目に遭った」


 まあ、今日一日色々あったが、白崎親子に対する怒りはあまりない。

 どちらかと言うと、俺の怒りの矛先は、学校側に向けられていた。


 翌日、俺は何事もなかったかのようにいつも通りの時間に登校をした。

 今日の学校の最寄り駅には、不審者は一人もいない。

 学校に到着すると、ショートホームルームの時間になっても先生が姿を見せることはなかった。


『倉本君。倉本清君。至急、職員室に来てください。繰り返します。――』


 と思ったら、俺は校内放送で呼び出しを食らった。

 友達のいない俺には、目立つという行為自体、酷なことなのに……酷い仕打ちである。

 

「失礼します」

「倉本君、こっち」


 職員室に入ると、打ち合わせスペースにいた先生に手招きされた。

 ……昨日、あんなことをしておいて、中々な態度だな、おい。


 バレないように舌打ちをして、俺は打ち合わせスペースの方に歩いた。


「……げ」


 打ち合わせスペースには、先生以外に、白崎と白崎父がいた。

 ソファに座る白崎は……昨日、チラッと見た時は気付かなかったが、夏休み前に見た時よりやつれた気がした。

 基本、皮肉屋の俺も、今回ばかりはさすがに同情した。

 

「……昨日は大変だったな」

 

 だからか、嫌にスムーズに労いの言葉が口から出た。


「あの……昨日は、ごめん」


 俺の言葉を無視して、深刻そうな顔で白崎は俺に頭を下げた。

 続いて、隣にいた白崎父も、俺に頭を下げてきた。


 ……謝罪はしているものの、白崎の口調は相変わらず、どこかツンとしていた。


「……僕からも申し訳なかった。迷惑をかけてしまって、本当に」

「……大丈夫ですよ。俺、別に怪我とかしなかったですし」

「……それでも、申し訳ない」


 深々と頭を下げる二人を見て、俺は最初、二人に同情した。

 今回の件、この二人に非は一切ない。


「本当に辞めてください。謝罪だなんて」


 それに俺は、謝罪されること自体に違和感を覚えて仕方がない。


「俺は別に、あなた方に謝罪されたくて不審者を捕らえたんじゃない」


 俺が不審者を捕らえたのは、この二人に結果的に不幸になってほしくなかったからに他ならない。

 なのにどうだ。

 不審者を捕らえたにも関わらず、ここで彼らに謝罪をさせてしまったら……俺は彼らを不幸にさせてしまったことになるではないか。


「……ありがとう、倉本君」


 そんなこと、俺の中の美学が許すはずがなかった。


「いいよ。こっちこそ、昨日は警察に通報してくれてありがとう。おかげで怪我せずに済んだ」

 

 ……やつれ気味だった白崎が微笑んで、今更気付いたことがある。

 そういえば、こうして彼女とまともに会話をするのは、初めてかもしれない。


「倉本君。勇敢な行動に出てくれて本当にありがとう。学校側からもお礼を言います」


 学校側からの誠意のない言葉だけのお礼なら別にいらないです。


 まあ、金一封とかなら別だけどね……?


「それじゃあ、俺、教室に戻ってますね」


 とりあえず、これで俺への話は終わっただろう。

 そう思って、俺は席を立とうとした。


「あ、倉本君。ちょっと待って」

「なんです」

「実はもう一つ、白崎さん達からお願いがあるの」

「なんです?」

「……実は今、娘の今後について学校と協議していてね」


 まあ、それは当然するだろうな。


「それで……まあ、今後の影響も考えると、学校を去るかともかく、しばらく学校への復帰は控えるべきということは共通の認識でね」

「そうでしょうね」

「それで、しばらくの間、学校も休ませてもらおうと思うんだ」

「はあ……」


 白崎父は一体、何が言いたいんだ?

 そんなこと俺のしったこっちゃないし、話が全然見えてこない。


「……それで、申し訳ないんだけど、もしよかったら、今後も君に学校の宿題のプリントを届けてもらうことが出来ないかなと思ってね」


 ……おーう。


「勿論、ウチに届けるまでの交通費はお支払いする。だから……どうかな」


 ……どうかなって言ってもなぁ。


 先生。

 当人。

 更に当人の保護者。


 三人揃った場で、生徒一人にそんな質問……あんたら、わざと断りづらい環境を作っているだろ?


 人間の底知れない闇を垣間見た気がした。


 ……ただまあ、なんだ。

 実際、白崎に対しては、結構な同情をしていることも事実だった。


 だって、今回の炎上も、特定も……不審者の騒動も、彼女の落ち度は一切ないのだから。


 有名人故に嫉妬され、いやがらせで炎上させられ。

 何かしらが原因で身内同然の人間に裏切られ、個人情報をネットに流出させられ。

 その美貌さ故に厄介な人間に好かれ、危うくその身に危険が迫るところだったんだ。


 血も涙もない冷酷な俺でも、さすがに同情心は隠せない。

 これが少しでも彼女に落ち度があるなら、俺は場の空気も読まずに即断っただろう。


 でも、そうじゃないとなったら……。


「わかりました。引き受けますよ」


 ……まあ、乗り掛かった舟だしな。

 俺は渋々ながら、白崎父の願い出を引き受けることにした。


「……ありがとう、倉本君」


 白崎父は、断られると思っていたのか……少しだけ意外そうに、嬉しそうに微笑んだ。

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