第十二話:予想外
学校を出て、電車に乗って白崎家に向かう間、俺は先程の梶谷との会話を思い出していた。
『白崎さんの個人情報を流出させたのが、倉本君なんじゃないかって』
まさか、俺が白崎の個人情報の犯人と疑われているとは思っていなかった。
しかし、白崎が炎上騒動に巻き込まれて以降、何度も何度も職員室に通い詰めるクラスメイトがいたら……端から見たら、そいつは件の事件の犯人にしか見えないことだろう。
元々、学校で影が薄かった俺が、まさかこんな形でクラスメイトから注目を浴びることになるなんて、思ってもみなかった。
「……まあ、梶谷経由でその辺の誤解も解けるだろうし、一件落着か?」
とんでもない濡れ衣に、少しだけ心が痛む部分もあったが……一応は解決したと思っていいだろう。
ただ、少しだけ気になったことも出来た。
……クラスメイトの連中は今、白崎の個人情報を流出させた犯人を捜しているのだな、と言うことだ。
梶谷は別に、犯人捜しをしていることを明言したわけではないが……そうでないと、ここ最近職員室に通い詰めていた俺が、犯人だという噂も持ち上がることはなかったはずだ。
そして、もしそうだとするのなら……クラスメイトの大半は、白崎の復帰に対して、前向きな考えを持っていると思ってもよさそうだ。
梶谷の言葉からも、白崎の炎上騒動、個人情報の流出は、白崎に非がないと大半のクラスメイトが思っているようだし……説得を重ねればクラスメイト達も納得してくれると思える。
「後は、学校側からの了承も必要か……」
炎上した身で勝手に活動復帰して、また学校周りに不審者が現れようものなら大変なことになるし、そこからの活動の承諾を得ることも必須条件な気がしてきていた。
「……ま、その辺は俺達ではどうしようもない分野だな」
色々なことを考えている内に、俺は白崎家に到着した。
……三度目の正直。
俺は今日こそ、ポストにプリントを投函して、帰路につこうと思い至った。
「こんにちは。倉本君」
しかし、あろうことか白崎は……玄関前で俺の到着をスタンバっていた。
「……よう」
「今日もプリントありがと」
「いいよ。気にするな」
……俺は気になっていることを聞くことにした。
「よくわかったな。俺がそろそろ到着するって」
念のため言っておくが、俺は白崎に、彼女の家に向かうことも。そろそろ到着することも。一切連絡をしていない。
というか、白崎の連絡先を知らない。
「梶谷さんから電話が来たの」
……行動が早いな。
「で、倉本君のことを聞いたら、もう学校は出たって教えてくれた」
「ふうん」
「そうしたら、後はこのくらいに到着するかなって……わかるでしょ?」
……確かに。
「いや、俺がどこか寄り道してから来たらどうしたんだよ」
「……しないでしょ」
「何を根拠に」
「だって倉本君、優しいから」
「……は?」
それこそ一体、何を根拠に言っているんだ……?
「ありがとね。梶谷さんにあたしに電話するように言ってくれて」
「……それは」
それは、別に俺から頼み込んだわけではない。
「あたし、ずっと不安だったの。……皆、あたしのせいで色んな被害に遭って、あたしの顔なんてもう二度と見たくもないんじゃないかなって」
「……」
「でも、違ったんだね」
「……違うに決まってるだろ。お前は何も悪くないんだから」
もう何度も、俺は同じことを彼女に伝えている。
「梶谷も同じことを思っていたようだ。お互い、相手に遠慮しすぎたな」
「うん。……ごめんねって言い合ったよ」
「それなら良かったよ」
「……あと、倉本君に謝っておいてとも言われた」
「……そうか」
「……大人だね。倉本君」
俺ほどガキな人間を知らないが……こいつは一体、何を言っているんだ?
「だって、あたしの個人情報を流出させた犯人なんて濡れ衣を着せられたら、普通は怒るでしょ?」
「……まだわからないぞ?」
褒められたり、思ってもみないことを言われたり……背中がむず痒いこの状況に、少しだけ意地悪したい気持ちになった。
「実は、あの個人情報の流出は俺がきっかけという可能性だって消えてない。お前の個人情報は捨て垢からの投稿だった。俺がその捨て垢の利用者じゃないという証拠はない」
「しないよ」
……即答だった。
「君は絶対、そんなことをしないよ」
本当に……さっきからこの女は一体、なんなんだ。
なんでこんなに、俺の背中をむず痒くさせるんだ。
俺を手放しで褒めるんだ。
……俺を認めてくれているんだ。
「……嬉しかった。あたしが何も悪くないって言ってくれた、あの言葉」
「……」
「あたし、ずっと思ってたの。炎上して、擁護コメントもある中、批判コメントもチラホラ見かけて……それがドンドン増えていって。あたし、何も間違ってないのに。突然、勝手に炎上させられたのに……。なんでこんなに責められないといけないんだろうって」
「……当然の疑問だな」
「でも批判コメントを見ていく内に、本当にあたしが悪いんじゃないかって気持ちになったの。反論しようと思ったけど、色んな意見を見ていく内にその気も失せて……ヤケになりかけていたの」
……。
「でも、君に間違ってないって言われて……良かった。あたしの思った通りだったって、納得することが出来た。だから、心も強く持てた。立ち向かっていきたいと思えるようになった」
「……白崎?」
「……でも気付いちゃったの。今の炎上した状態で活動を再開することは、あたしの正解だった行動を間違いにする行動だって」
「……お前」
「あたし、大学生になるまで、インフルエンサーの活動は休止するよ」
……白崎の決意に、俺は返事をすることが出来なかった。
「倉本君は、あたしの決断、どう思う?」
どう思うか……だと?
この期に及んで、俺に尋ねるのか。
……正直、この問いに正解なんてない。
どの答えも間違いで、どの答えも正解なんだと思う。
でも……俺の気持ちを正直に言うのなら。
「学校からの了承を取れば、活動再開は出来ない話ではないと思う」
「……それは選択肢を決めるための材料だよね」
「そうだ。わかってる。……その上で、俺にだって答えはある」
……俺の出した答えは、実にシンプルだ。
難しい話でも、悩む話でも、なんでもない。
「お前が後悔しない選択を取るべきだと思う」
「……」
「お前がインフルエンサーの活動を大学まで休止しようと思った理由は、クラスメイトに迷惑をかけたくないからか。それとも、炎上の注目がなくなるまで待ちたいからか。そういう理由なら否定する。何故なら、他人に貶められたその辺の理由なら、お前はきっと後々に後悔するからだ」
でも、もしそれら以外の理由なら……。
白崎が後悔しないと言うのなら。
それなら俺は、彼女の休止には賛成だ。
「……理由は二つある」
「……うん」
「一つは、インフルエンサーの活動より、高校生活を大切にしたいから。高校生活は一生に一度。あと一年とちょっとしかない。でも、インフルエンサーの活動は高校卒業後でも続けられる」
「……そうだな」
「そしてもう一つは……インフルエンサーとして活動しなくてもいいことに気付いた」
「……というと?」
「天国のお母さんが揃えてくれた服を着て、色んな恰好をするようになって……色んな人に見てもらいたいと思うようになって、そうして写真を投稿して、たくさんの人にカッコいいとか、褒めてもらったりとか。……気持ちよかった。承認欲求が満たされた」
「……」
「でもね。承認欲求が満たされなくても問題ないことに気付いたの。色んな服を着れるだけで、あたしは楽しむことが出来るとわかったの」
白崎は優しく微笑んでいた。
「昨日の君とのファッションショーで」
……そうか。
「……だから」
……そういう理由なら、きっと白崎は後悔しない。
「だからさ……倉本君」
ほんの僅かな間、インフルエンサーとしての活動を休止しても……大丈夫だろう。
「またこれからも、あたしのファッションショーに付き合ってくれない?」
……白崎の頬は、何故か赤い。
「勿論、報酬は弾むからさ」
しどろもどろで視線を泳がせ、クールな彼女からは想像も出来ない姿だった。
「……だから駄目かな?」
「……報酬って?」
気になったことを、俺は尋ねた。
正直、報酬なんて必要ない。
程々にしてくれるなら、これからだってしばらくは彼女のファッションショーくらい付き合ってやる。
乗り掛かった舟だ。
中途半端で投げ出さず、彼女が復帰していくさまを見守った方が、きっと俺も後悔しないと思ったから。
……ただ。
「……報酬は」
ただ、これは少し予想外だった。
「報酬は、あたしとの交際なんて……どうかな?」
恥ずかしそうに俯く白崎を見る感じ、どうやらこの告白は……冗談というわけではなさそうだ。
とにかくテーマが難しすぎました
書きながら色々復帰までの手立てを模索しましたが、そもそも学校が退学匂わせてた時点できついなーとなった。
退学と活動の二者択一となり、救える自信が喪失してしまった…。
次はもう少し救いやすいテーマで書こうと思います…。