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第九話 仲間ではないが仲間討ちはするのじゃ(やめろ)

 セイレスお兄ちゃん。


 ………お兄ちゃん?


(なななな、何故、妾が雅仁・セイレス・ジェス・アヴァルティーダをお兄ちゃん呼ばわりしておる?!)


 気が付いたら、ごく自然に心の中で呼んでいたのじゃが?! 怖!




(知らぬ間に、洗脳を受けているとか、そういうオチではなかろうな)


 改めて繰り返すと、その言葉の異様さが迫ってくる。


 悪の組織の最高幹部でありボスの娘である妾が、敵対するヒーローをお兄ちゃん呼ばわりする、とな?


 なんとなれば、妾はまだ、その雅仁と二人きりで対峙したことすらないのじゃが。今はまだ物語の序盤、中盤の敵となるはずの妾は、チラチラと画面の端っこに写っては、何やら怪しげな空気を醸し出すだけの意味深な存在である。


(雅仁は、妾の名前すら認識してはおらんじゃろう……)


 そう思うと、何やら寂しい気もする……………はっ!


 寂しい? 妾が雅仁に認識されてなくて寂しい、じゃと? 妾は一体、何を考えておるのじゃ……?


 一体……妾に何が起きて……




「……姫?」



 はっ!



 抜けていた息がヒュッと戻る。


 勢い良く振り返ると、勢いが良すぎたせいか、歩み寄ってきていたルシアンが軽く目を見開いた。じゃが、すぐにいつも通りの冷ややかな碧眼に戻り、口元に笑みを浮かべる。


 ちょうどこのタイミングで、頭上の、重たい雲に覆われていた空の一部が割れた。漏れ出した光が、少年の美貌を際立てるのが己が使命だ! と言わんばかりにルシアンの上に差し込んでくる。光が当たると、その石膏のような肌はますます白く、滑らかで、造形物めいていて、いっそ神秘的なほどじゃ。双眼が深い青に煌めく。なるほど貴族とは、天候までも味方につけるのか……


 妾より少し年上なだけで、同じ「年少組」じゃが、妾より余程天使のような見た目をしておるのう。中身は互いに、天使とは程遠いが。


「ルシアン? どうしたのじゃ。何かあったか」

「それはこちらの台詞ですよ、姫。さっきから随分と深く考え込まれているようで、悩まれてもいるご様子でしたので、気になったんです。何かありましたか」

「悩み……」


 それはまあ、悩みは尽きないどころか、現在進行形で積み上がっておるからのう。


 訳の分からん「お兄ちゃん」疑惑は一度、脇に置いておくとして。分かりやすいところで言うと、さっきからビルディングの屋上をぐわんぐわんと揺らし、破壊し尽くす勢いで武器を交えている二人。あの二人、妾の直属の部下だったりするのじゃぞ……嘘じゃろう? 部下らしい可愛げが皆無なのじゃが?


 とばっちりが来ないよう、妾の黒魔術で軽く結界を張ってはいるが、たまに、殺気とコンクリートの破片を含んだ風がぬるく頬の表面を撫でてくる。妾は表情が引き攣らぬよう耐えながら、ルシアンに向かい合った。


「あやつらが手に負えん」


 正直に述べる。


 ルシアン相手に取り繕っても仕方がない。


 こやつは妾より強く、大金持ちで、恐らくは頭もいい。幼少期から湯水のように金を遣って育て上げられた御曹子、というやつじゃろう。その目の奥に垣間見える冷たい光を見ると、実は育て方を間違ったのではないかと疑うが、彼の事情に深く突っ込む気はないのでそれはそれとして。


 とにかく、ルシアンが妾に尊敬や敬意など持つ要素は皆無。友情らしきものも育んではおらん。


(何もないのじゃから、もはや遠慮する必要もないということじゃな)


 そんな風に思ってしまう妾、やはりちょっと疲れているのかもしれぬ。


 唯一のまともな部下と思っていたジョーカーがあれじゃからな。妾は自分が思うよりも、ジョーカーを頼りにしていたのかもしれん……


「……」


 無言で、ルシアンが戦っている二人に視線を向ける。


 しばらく何か考えているようじゃが、表情が変わらないのでその考えは読めぬ。じゃが、じきに妾の方を向くと、淡々と衝撃的な言葉を言い放った。


「あの二人、僕が消しましょうか?」





 お 前 も か





 妾の部下同士での仲間討ち、多すぎる件。


 いや、仲間ですら無いな……ただ妾直属、という共通点しかなく同僚とすら思っていないかもしれぬな。思え! もっと共闘しろ! 軽い気持ちで互いの命を狙うんじゃない!


(ヒーローたちと戦えぬのが悪いのかもしれんな。共通の敵が居れば、手をたずさえることを学ぶかもしれんのに)


 しかし、現時点でのヒーローたちのレベルは低い。こやつらが個々に出ても、軽く粉砕できる位じゃろう。この状況、詰んでおるな……


 と、妾が額に手を当てておると、ルシアンが小さく吐息をつくのが聞こえた。


「……僕なりに、姫の心配をしたんですよ」

「え?」

「彼らが姫にとって精神的重荷となるなら、利用価値よりも厄介さの方が大きい。この世から消え去った方が姫の為でしょう。そう考えたんですが」

「……」


 妾の為?


「どうせ、放っておいても互いに死ぬまで斬り合っているだけだ。このまま見ないふりをしているのが一番楽な話です。でも、姫が気に病まれているから、少し手を貸して差し上げようと思っただけで……姫は迷惑そうですが」


 え?


 ルシアンは半ば顔を背けておる。その口元が、拗ねたように少し尖っているのが見えた。


 え?


 妾を気遣うようなことを言ってる? 普通の少年じみた拗ねた態度を見せてる? ルシアンと言えば、完全無欠、絶対零度の冷酷ショタであろう……それが、温度らしきものを目の奥に宿している、じゃと?


「ル、ルシアン……」

「もういいです。僕が勝手にやります。姫はそこで眺めていて下さい。なんなら、執事にお茶の準備でもさせておきましょう。ごゆっくり」

「ま、待て」


 構ってもらえなかったペルシャ猫のような優雅さと不平不満、抗議の気持ちが篭った背中を見せて、ルシアンが歩み去っていく。そこに戦闘に赴く緊張度は皆無、ナチュラルに殺し合う気満々じゃ。まるで悪役……いや、我々はそもそもの初めから悪役であったな(混乱中)


「ルシアン!」


 妾の叫びは、その直後に起きた轟音に掻き消された。


 ぐらぐらと地が揺らぎ、堅固に造られたコンクリートの床が崩落する。


 やはりこうなったか。とうとう、ビルディングが崩れたのじゃ。


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