第八話 データ至上主義かお主!
(まあ、賑やかしといえば、妾たちの方が余程賑やかしじゃな。番組最後の一言オチ要員とも言うが)
場の空気が読める妾、込み上げて来る溜め息をそっと喉の奥で噛み殺した。
そこで堂々と口を挟んでくる、空気を読まん男その一。それがセイランである。
「己が人生に、無駄な時間は要らぬ。我が剣が必要無いというのなら、必要とされる地へ向かうのみ」
渋く感情の篭もらない低音で、獰猛な言葉を唸っておる。
あーあー!
流石は、人事部が言う「裏切りそうな剣豪」じゃのう!
(最終回を待たずに、今すぐ裏切りそうなことを言っておる)
上司としては、こやつを宥めて己の陣に留めておくべきであろうが……そうする必要があるのかのう?
この現代社会で、お子様も見ている番組で、スパスパ人を斬って許されるとは思えぬ。恐らくこの先も奴の活躍は見られないか、画面の端で思いっ切り見切れる運命じゃろう。その結果、蓄積した鬱憤が直属の上司=妾に向かったりしたらかなわん。なんなら、セイランにはこのままこっそり「早退」して貰うべきなのでは……
「おやおや。そんなにお暇なのですか」
にっこり笑って言い出したのは、空気が読めない男そのニ。自称「無名」ことエルド教官である。
少し離れた段々に腰掛けておるのじゃが、その足元には、もこもこした毛糸玉が沢山入ったバスケットが置かれておる。何かと手芸用品を柳のバスケットに入れたがる、これは何時代の女子の流行りなのじゃろうか……
器用さは疑いようもない男じゃ。四本の編み針を目にも止まらぬ速度で動かしながら、さっきからせっせと何か編んでおるのじゃが、あれは……マフラーか?
「レジーナのために、スヌードを編んで差し上げようかと思いまして。いつも、ちょっと薄着に過ぎると思っていましたからね」
「お、おう?」
まるで糟糠の妻か、付き合いたての彼女の如き甲斐甲斐しさじゃな? 全く付き合っておらんが? と言ってやりたくなるのは、こやつが常にどこか古めかしい雰囲気を漂わせているからである。恋人のために編み物をする、それもまた、いつの時代の少女漫画であろうか。
それにしてもこやつ、仮にもここが戦場であることを分かっておるのか? やる気ゼロか? やる気があるように見せかける気もゼロか? と、妾が遠い目になっていると、
「どうですか、貴方もレジーナのために何か編んでみては」
二本の編み針を取り出して、エルド教官がセイランに向かって差し出した。
「……」
まるで、動物園の檻に入った猛獣に棒を差し出したようなものである。
無言で、セイランが剣を鞘走らせた。
キィ……ンッ
編み針が金属めいた揺らめきを宿したかと思うと、振り下ろされた剣を弾いて受け流した。
エルド教官の口元の笑みが深くなる。同時に、編み針が増えた(増やすな!)。魔力を宿した編み針が頭上に等間隔に並んで、鋭さを増した剣戟を次々と打ち払う。
キン、キン、キン、キィ……ン……
パキ、と音がして編み針が折れるが、次の瞬間には補充されている。あれはもはや編み針ではない、編み針に見せかけた武器じゃな……と妾が遠巻きに見ていると、
「記憶喪失ゆえに、完全な戦闘データが取れておりませんが。無名殿は魔力を練って武器として顕現させる術に長けているようです」
ずっと妾の腕の中で静かにしていた参謀が、前足をクイッとしながら言い出した。
「我々の組織に所属する者は、定期的な能力考査を受けるよう義務付けられていますが、残念なことに、そこで己の技量を簡単にさらけ出すような上位者はいません。情報斑は年々、秘匿された情報の読み解きに心血を注いで、ある程度は相手の隠し玉を解析できるように進化いたしました。その結果、分かったことですが」
黒いガラス玉の目がキラーンと光る。
「無名殿は、あらゆる魔法錬成武器の扱いに長けていますが、特に魔力ワイヤーに対して習熟しています。魔力ワイヤーというのは、敵の背後に気配なく忍び寄り、素早くその場で錬成して相手の喉を掻き切る手法として発達したものです」
「なにそれこわい」
怖い。としか言いようがない。
どこの暗殺者じゃ? 気配なく相手の背後に忍び寄る? うむ、エルド教官がいつもやっていることじゃな!
(ヒーローたちに慕われる、厳しくも寛容な師匠ではなかったのか……)
しかも、その暗殺術を秘匿しておるじゃと? それは、今後どこかで使う予定のある者が考えそうなことじゃな?
「対してセイラン殿は、分かりやすく剣術に特化した狂人です」
狂人。
言い切りおったな、妾の部下を。狂人と。
その狂人を手駒にせねばならん妾の苦労を思い遣れ! ほんのちょびっとでいいから!
「防御面に脆さがありますが、殺傷力……いえ、攻撃力に関してはこの地球上でも随一と言えるでしょう。つまり、この二人が互いに手加減なく武器を交えれば、ますます大量のデータが手に入る」
「待て待て待て待て」
妾は早口で割って入った。
「今はヒーローたちとの戦闘中なのじゃぞ。妾たちは単に待ちぼうけを食らっておるだけじゃが。ともあれ、仲間討ちしている場合ではない。それにあの二人を本気で戦わせたら、どんな被害が出るか」
「データの正確性の前には、多少の被害は目を瞑るべきかと」
「データ至上主義キャラかお主!!」
妾の部下たちの中では、ジョーカーは比較的まともな部類に入ると思っておったのじゃが……買いかぶり? 妾の願望が見せた幻だったのかのう?!
「このビルディングがぶっ壊れたらどうするつもりじゃ」
「データの正確性の前には以下略」
「ジョーカー!」
(こやつめ!)
怒った妾、ぬいぐるみの短い布製の耳をカプッと噛んだ。
下方から、「アッ」という声が上がったが無視じゃ無視!
全く、ろくでもないことを言うでない。ヒーローたちには「ヒーロー法」というものがあるが、非合法組織の我々には無いのじゃぞ!!!
ん?
ヒーロー法とは何か、じゃと?
それは、「ヒーローたちがどんなに建物をぶっ壊しても責任は問わず、賠償も求めない」という内容の法律じゃ。国際法としても認められておる。
何しろ、奴らは戦うたびに建物という建物をぶっ壊すからな。ひょっとしたら、悪の組織の我々より壊している可能性まである。戦闘のたび、毎回の被害総額は甚大な額に上るそうじゃが、その復興費用は全て税金で賄われておる。その代わり、ヒーローたちは悪の組織からこの地球を守り、子供たちの手本となるような立派な振る舞いをし、定期的に握手会やファンミーティングを開くよう求められておるのじゃ。
(握手会と引き換えの責任逃れか……それはそれで面倒そうじゃな。まあ、セイレスお兄ちゃんなら苦もなくやってのけるじゃろうが)
整ったハーフ顔に王子スマイルを浮かべ、押し寄せる老若男女に手を差し伸べる神々しい雅仁・セイレス・ジェス・アヴァルティーダ。もはやお兄ちゃんの天職と言えよう。何とも自然に想像できる光景じゃ。
……
………ん?
妾は今、何と申した?
一体何を考えたのじゃ?