第五十三話 パパが二人揃った時の正解(不正解)
「どうって……」
どうなの、と聞かれてものう?
妾、なんと答えればよいのじゃ?
妾が返答を見つけられずに沈黙していると、母は何を思ったのか、自分の考えに沈み込むようにポツポツと呟き始めた。
「何とか上手くいって、二人とも助かったのは良いけれど。結局、ルシアンのシリアスの申し子みたいなところは治ってないし、でも、レジーナはシリアスクラッシャーだから……うーん、意外と上手く噛み合っているのかしら?」
「マ、ママ……?」
戦慄、走る。
(ど、ど、どういうことじゃ?)
己の耳を疑いながら、恐る恐る、寝台の中の母を眺める。少し垂れ目がちな品のいい美貌は、セイレスお兄ちゃんへと引き継がれている(妾はどちらかというと皇帝似であると言われておる。まだ幼女ゆえ、遥かに可愛いげが勝っているのじゃが)。楚々とした美人、温和で穏やかで、この世界の破壊精神に染まらぬ常識人……
(何か別のものに染まっておるぞ)
「今となっては大事な推しカプだから、今後は平和にくっついて欲しいんだけど……寿命問題が解決してないしね。私はショタロリがあんなこんな展開になっても美味しく頂けるけど、あの子は許さないだろうしなあ」
「マ、ママ!」
「あら、どうしたの、レジーナ?」
独り言があからさまに大きすぎて身バレするキャラ、というジャンルが世の中に存在すると思うのじゃが。
母の喋り方がマジ前世な件。
あまりにバレバレであるが、以前の、無邪気なままの妾であったら、「ママが何か、おかしなことを言っておるのじゃ」で終わったのかもしれない。なかなか判定が苦しいところではあるが。
じゃが、今の妾は、「前世持ちか、どこの出身じゃ!」と叫んで掴み掛かり、グラグラ揺さぶってやらねばならんところである。躊躇う理由は一つ、相手が療養中の身だということだけじゃ。
そして、妾が躊躇ってアワアワしておるうちに、再び侍女が入ってきて、「皇妃殿下、あまり長く起きていてはお身体に触ります」とか何とか、妾は追い出されることになってしまった。タイミングを逸してしもうた……しかし、これは改めて追及してやらねばならんぞ、と思いながら、なおも名残惜しく、追い出されていく部屋を振り返ったその瞬間。
枕に頭を預け、寝入る寸前の母が、「このは……」と呟いて目を瞑ったのである。
「………(うかつな身バレ)?!!!!!」
声に出して叫ばなかっただけ、妾、自制心があったと思うのじゃ。
外へと付き添ってくれた侍女が怪訝な顔をして、「どうなさいました、姫様? そのように、大きくお口を開けたままで……」と問い掛けてきたが、返事をするような心の余裕などどこにも無い。
たった一言でもたらされた、大量の感情と情報が押し寄せてくるのでいっぱいいっぱいなのである。
(このは? このはと言ったか? そういえば、ママの第一名は「コノハ」じゃな? 妾の前世の名前と一緒、なんたる偶然……とかではなかろう! 何これ、どういう状況じゃ? ナツメちゃん? どこまでもナツメちゃんっぽいな? 妾の直観がそう申しておるが、これ、本当に信じていいのかの? あっ?! 手紙? 妾、銀河帝国皇妃になれとか何とか、とんでもないことを適当に書いて送り付けたな?)
死なば恥は掻き捨て、いかに調子に乗った内容を書き綴ろうと、後には何も残らぬはずであったのじゃ。それが、希望通り異世界転生してしまって、こうして再び顔を合わせてしまったかもしれぬこの状況……!
(喜ぶべきか? 確かに、再会できたならそれは嬉しい、嬉しいのじゃが……!)
頭を抱えて蹲りたい気分じゃ。
「どうした、リリス。何やら死にそうな顔色ではないか。大丈夫なのか」
皇城の廊下をよろよろと歩いていたら、皇帝陛下に遭遇した。
森を歩いていたらクマさんに会ったかの如く、偉い人が普通に歩いている廊下である。偉い人は皆、玉座の間(完全に復元済)とかでじっとしていればよかろうに。
しかもその背後から、もう一人の総裁が歩いてくるのが見えた。皇帝陛下の半分ほどしかない身長で、ふくふくと横に広がった体躯、ふわふわした毛並みの魅力はそのままに、かっちりとした軍服姿に勲章を連ねたボス・ゾアスじゃ。
「わあ、パパ……! 軍服姿が似合うのう」
うっかり、実父よりも優先して声を掛けてしまった。
だって、白いハムスター姿に軍服がアンバランスなのにこの上なく似合っていて、とても無視できなかったのである。
「そうか? ワシにとっては一種の仕事着だからな、それは当然似合うだろうが」
照れたように、カリカリと頭を掻く姿も愛らしい。
皇帝陛下がムッとした顔になった。
「リリス、お前の父はこの私だぞ」
「分かっておる! これから皇帝のことはお兄ちゃんと同じように、父上と呼ぶことにするのじゃ。それでどうじゃ? はっきり違いが分かるじゃろう?」
「くっ、複雑な心境だ……!」
父上が呻いているが、パパママなどと可愛いらしく呼ぶような年頃でもなかろうなのじゃ。まあ、まだ七歳じゃが。
「パパと父上が一緒に居るとは、珍しい組み合わせじゃな?」
「ボス・ゾアス殿の代表するジュラシカ植民星の面々と、この度、講和条約を結ぼうという機運が高まってな。元より、先々代の失政という負の側面が長らく尾を引いて、未解決となっていた件だ。これで友好的な空気に持ち込んで、我々の世代で解決ができるなら有難い」
「今の皇帝陛下は、なかなか話の分かる御仁のようだからな。先代の皇帝とは、話し合いの端緒につくことさえ出来なかったものだが」
レジーナの結んでくれた縁だからな、と父親世代二人から微笑まれて、妾、ボス・ゾアスを洗脳しただけで他には何もしておらんのじゃが、と思いはしたが、何も言わず、薄く微笑み返すだけに留めておいた。妾が罪悪感を覚える事柄が、世の中には多すぎるのじゃが、物事がそれで上手くいくならと、笑って済ませるだけのこの状況。妾の政治力が日々問われ、鍛えられているのじゃ……!
「しかし、ユディールに何かあったのか? さっきまで付き添っていたのだろう」
「まだ疲れが溜まっているようで、今も休んでおられるのじゃ」
「そうか、ユディールは繊細で心優しい性格の持ち主だからな、知らず疲れを溜めてしまうのだろう。これからもなるべく負担を減らせるよう、我々の方で考えていかねばな……」
まるで妻の性格を読み取れていない、この発言。
完全に純粋な現地生まれ、前世など無縁のお人じゃな、父上は。ということが心に沁みて理解できた妾であった。
夏バテ(暑さバテ)により改稿作業が遅れまくっております……
しばし更新頻度が落ちます。




