第五十二話 妾、皇女さまに転職中
「お帰りなさいませ、皇女殿下」
左右にずらりとメイドさんが立ち並んで、出迎えてくれるアレ。
一人二人ではないぞ。少なくとも三十名ぐらいは連なって並ぶ光景は、なんとも壮観……としか言いようがない。
(ひえっ……)
赤い絨毯こそ引かれていないものの、それ以上に金が掛かっていそうな貴石、ガラスやタイルを散りばめた装飾床が正面玄関に向かって伸びている。見事な象嵌細工の扉は大きく左右に開け放たれて、その奥にもずらりと黒のドレスを着たメイドさんたちが整然と並び、妾=この銀河帝国のお姫様を出迎えてくれている。
妾、この世界で生まれた時から皇女様であるはずじゃが……たった今、初めて皇女に転職したような気にさせられるのは、何故なのかのう?
栄華の限りを誇る銀河帝国の皇城が徹底的に破壊され、そこから元の輝かしい威容を取り戻すまで、要した時間はおよそ三日。
ベニヤ板に絵を描いて作られた舞台装置ならともかく、重ねてきた歴史(歴史……?)を感じさせる重厚で壮麗な皇城である。
なお、市街地の方はもっと復活が早くて、翌日にはほぼ元通りの姿になっていたようじゃ。
妾、昨夜は帝都の最高級ホテルに泊まって、ふかふかの羽毛布団に埋もれながら、家族と仲良く過ごしたからの。
「城の修復が終わるまで、少しは楽しんでも良かろう」という皇帝の一声で、最新の歌劇場に家族総出で赴き、話題の演目を鑑賞する余裕まであった。最新? 最新って「昨日建ちました」ってことかのう?
(恐ろしい……ボタン一つで進む内政型シミュレーションゲームだって、街を建て直すのにもうちょっと時間が掛かりそうなものなのじゃ)
妾にしたところで、つい先日までは悪の組織のゴスロリ風、黒の女王レジーナ。
今日は金髪紫眼、銀河帝国皇女のリリス姫じゃ。
ついでに言えば、前世の記憶を取り戻したばかりで、病弱女子高生「このは」としての人格も融合しておる。
(人生とは……なんともめまぐるしいのう)
正直に言って、この人生の変転ぶりに頭がついていかぬ。以前は何も考えずに、無邪気で幼いお姫様として皇城で暮らしていたはずなのじゃが、今となってはそれもどこか他人事のようにしか思えぬのじゃ。
(皇女殿下としての自然な振る舞いって……どんなものだったかのう?)
どう振る舞うのが正解なのじゃ?
(ここは「皆の者、大儀であった」とか言っていい場面なのか?)
分からぬ。全然分からぬ。
妾、遠い目でメイドさんたちの列を眺めやった。
銀河帝国は、地球より遥かに進んだ文明を築き上げているとされている。
上空に、いかにも近未来風の飛空艇もいっぱい飛んでおるしな。びっしりと立ち並ぶ建物も、少し懐かしい子供向けの本に描かれた「未来の都市:空想版」みたいな雰囲気を醸し出しておる。
その合間にぽつぽつと、西欧風の華麗な建造物が入り混じっている。昨日生えたばかりの歌劇場とかな。
(なぜじゃ……「近未来風」なのに、逆に昭和みを感じるのじゃ)
そもそも、この現代に「帝国」を築いていること自体が、地球的な価値観では時代遅れと称されても仕方がないことなのかもしれぬが。
一方で、間違いなく進化した文明だと思わせる点も幾つかある。
何と言っても、
(暑くない! 寒くない!)
常に一定の気温、湿度に保たれた都市。氾濫することのない川。地震も、火山の噴火も、ゴミ問題も大気汚染もない。妾の記憶にある限り、前世の地球は異常気象でそろそろ人類終了になりかけていたような気がするのじゃが、それに比べると、銀河帝国は永遠に続く桃源郷のようである。環境問題なんてとっくの昔に克服しましたけど? という態度が、いかにも先進文明らしく頼もしい。
(その代わり、帝国内部の陰謀劇とかヒーローたちの戦いとかで、定期的に天災よりも酷く破壊し尽くされておるのじゃが)
この帝国で、「地球を侵略すべし」と声高に主張する一派がおった、というのが不思議な話じゃ。いや、侵略も何も、地球はすでに帝国の植民地であったな? これも前世の番組の設定と、現実世界の間に生じているズレの一つなのかのう?
などと、遠い目のまま考えている妾の耳元で、
「レジーナ様、こちらのドレスもお似合いです!」
軽やかに弾んだ声が告げる。
「流石は銀河帝国の妖精。何色を合わせてもこの世のものとは思えない清廉な愛らしさが際立ちますわ! 髪にはこのリボンなどどうでしょう」
「素敵!」
「素敵ですわ!」
賑やかな侍女たちを従え、妾を着飾る作業に没頭しているのは、妾の乳母タミラ・ノーサーダである。
タミラは、妾が誘拐された折は、生きていく意欲を失うほどに落ち込んで憔悴しておったが、ジョーカーが妾の部下として合流してからは、定期的に送られてくる映像を心の糧に、ひたすら再会の時を待ち侘びていたという。実際に再会した時には泣かれて抱き締められて、妾、タミラをそこまで思い詰めさせたことに些か責任を感じておるのじゃが……
「いや、こっちのリボンの方が、レジーナ様にはお似合いだ」
美人揃いの侍女の間に立って、微塵も譲らず主張する黒服の男。妾の侍従という立ち位置に戻ったジョーカーである。
手にしているのは、妾の頭が二倍になりそうなほど大きなリボン。
……お主、妾をどんなキャラにするつもりなのじゃ?
「それはちょっと……レジーナ様の可愛らしさの前には余計な飾りではないかしら」
タミラが、顎に手を当てて考え出す。
ジョーカーはフッと鼻で笑った。
「タミラ母さん、想像してみろ。このリボンをこの位置につけるとだな……………………正面から見たとき、レジーナ様に猫耳が生えているように見える」
「!!!!!」
「ほら、どうだ?」
「ジョーカー、不肖の息子ながらその天才的発想は認めざるを得ないわ。素晴らしい」
「だろ?」
「……」
妾、今後、銀河帝国の立派な皇女殿下としてやっていけるのであろうか。周囲の濃いキャラが、妾を更に濃いキャラに仕立て上げようとしているのじゃが?
(妾、皇妃に会いたいぞ……)
「元より、色々なことがございましたから。とてもお疲れになっていたのでしょうね。この機会にゆっくりお休み下さい」
お大事に、と言い残して侍医が去り、ずっと付き添っていた侍女もしずしずと退席していく。
豪華な部屋に残されたのは、妾と母だけ。
銀河帝国皇城、皇妃ユディールの部屋。
母の体調はほとんど回復しているものの、過労の痕跡が根強く残っておるゆえ、未だに療養の日々を送っておる。
寝台に山ほどクッションを重ねて上体を起こし、銀河帝国一の美姫と呼ばれた繊細な美貌はそのままに、ちょっと痩せて儚い雰囲気が加わった母が、寛いだガウン姿で微笑んでいるのを見ると、ちょっとしどけない美人を見た、という感じでドキドキしてしまう。血の繋がった、実の母じゃというのに。
(妾が誘拐されたせいで、ここまで疲れ果てるほど追い詰めてしまって、すまんのう……)
悪いのは妾ではなく誘拐した奴なのであるが、ついつい、しんみりと考えてしまう。
「ねえ、レジーナ」
妾の感傷をよそに、母がおっとりとした声で問いかけてきた。
「ぶっちゃけ、ルシアンってどうなの?」
「……は?」




