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第五十一話 何一つ思うままにならなかった結果

「……ん?」


 簡潔な現代語に直された兵器一覧表を改めて見て、妾はこめかみを引き攣らせた。


「雷鬼剣……セイランじゃと?」

「『セイラン・改』と呼んで下さい。いい仕上がりでしょう?」


 どこからか、ご機嫌極まるマーシュ所長の声が響く。


「魔改造……しおったのか」


 しかもそれを、妾が乗るティタニアに搭載してくるとは。嫌がらせでも何でもなく、恐らくは純粋な善意からであろうが、妾、到底素直に喜ぶ気にはなれぬ。


「本人の資質あってのことですよ。いやあ、俺自身、相当いい仕事をしましたが。ふっふっふ、来期の帝国からの補助金が楽しみだなあ」

「割と人生が楽しそうじゃな、マーシュ所長」


 ぽつりと返して、妾は再び兵器のデータに目を走らせた。


 他の機体との比較は知らぬが、ティタニアは一撃の重たさより、スピードと手数で機会を稼ぐ型の機体であろう。飛び道具は多く、麻痺効果や撹乱光などのギミックも多いが、重量のある(セイラン)を振り回すのに向いているとは言えぬ。


 (セイラン)を抜き放つのは、ここぞという時に限るであろう。ところがこの(セイラン)、妾も知っていたとおり、とんでもなく自己主張が激しいのである。



──なぜ、俺を使わぬのだ……軟弱者が……!

「え? こ、こら、勝手に出てくるでない!」



 いつの間にか、ティタニアの手に見覚えのある、ピシピシと雷光を纏わせた剣が収まっておる。いや、この剣、以前はここまで尖っておらんかったのではないか? 何やら鬼の角のような突起が二本突き出していて、鬼面めいたものまで浮き上がり、どこから見ても禍々しく呪われた剣のようである。


──斬る! 斬る斬る斬るキル!!

「セイラン……!!」


 妾、相変わらず部下に振り回されておる!


「くっ、止めるのじゃ……!」


 軽量化されたティタニアの機体は、ぐいぐい行きたがる剣に振り回されるようにしてバランスを失い、くるくると回転を始めた。その間、迫り来るヴァスラムの合体機体の攻撃も避けねばならぬ。三半規管が弱ければ耐えられなかったであろう。妾、遺伝子操作されていて良かったと思うべきなのじゃろうな?!


「……はあ」


 ルシアンのため息が聞こえたかと思うと、セイランの動きが止まった。


 金色の光が絡み付いて、セイランの刀身を押し留めているのが見える。


「『敵』と見做した者の動きを止めるぐらいはやりますが。なんならこの状態で、敵の前まで運んで行って斬りましょうか?」

「そんな自動運転みたいなことはせずともよいのじゃ! お主に自分の叔父は斬らせぬ、妾が幕引きをするのじゃからな!」

「えっ」


 心底驚いたというような、小さな声が聞こえたような気がした。


 だが、それをはっきりと認識するより早く、生真面目そうな声が聞こえてくる。


「俺がルシアン公に化けて、この場を撹乱するというのも有りでは? ヴァスラム卿の意識は混濁しているようですが、公の存在には反応しているみたいですし」

「ジョーカー?!」


 ずっと気配を消しておったジョーカーが、気さくな感じで提案しておる。残念ながら、その容姿と相まって悪魔の勧誘としか思えぬのじゃが。


「僕と同じ顔がもう一人か。それは悪夢に過ぎるな」

「ヴァスラム卿にしてみれば、もっと酷い悪夢なのでは?」

「はは、そう考えると悪くない話だな。ささやかな嫌がらせくらいにはなるか」

「仲良しじゃな、お主ら! 主に悪巧みの領域で!」


 慣れない操作に四苦八苦して、息を切らしながらも、妾は声を絞り出した。


 猛スピードで駆け抜ける視界の片隅で、仲良く話しているルシアンとジョーカーの姿が目に入る。


 はっきりとは見えぬが、二人とも同時にこちらを見たようじゃ。


「レジーナ様。レジーナ様の勇姿は全て記録し、一族の宝として引き継いでいきますので、ご心配なく」

「それで何を安心しろと?!」


 必死に敵の攻撃を避けつつ叫ぶ。


──斬れ! 斬れ斬れ斬れキレ!!

「ええい、お主もいい加減にしろ! 妾は元々鞭使いなのじゃぞ、剣の扱いなど慣れてはおらん!」

──なんだと、この不心得者め! 剣こそ至高、剣を極めぬ者に極みは見えぬ!

「やかましい!!!」


 ティタニアの脚を使って蹴り上げ、出来た隙に妾が呪文を発動してティタニアの増幅機関を通して発動、そして捕らえた「死神」に向かってセイランを振り上げ──貫く!



「アアアアア!」



 絶叫が上がる。機械と人と、壊れた人工音声が混じり合ったような不快な叫びじゃ。


 断末魔の震えを帯びた敵機体から剣を抜き、力いっぱい蹴って遠ざける。反動を利用して、後ろに大きく距離を取ると、お約束どおりの爆音と共に「死神」が弾け飛んだ。


 もうもうと煙が立ち込める。


 最後に残っていた皇城の屋根が、雷鳴のような音を立てて落ちてきた。



「……ふう」



 妾の戦いは終わったのである。皇城及びその周辺に、これまでにない天文学的な数字の破壊・損壊を叩き出しつつ。










 ヒーロー世界においては通常運転。そして、妾は銀河帝国の皇女である。損害額は全てヒーロー法、そして銀河帝国の資金力によって賄われ、支払われた。これでめでたしめでたし、と言ってよいのであろうか……


「リリス皇女様、見事な戦いだったそうですね! 詳細をインタビューさせて頂いても?」

「ひいっ」


 MHCだけではない。どこへ行っても、妾の話を聞きたいという無数の連中が湧いて出てくる。


 実際の戦いの模様は中継されず、残されたのは大量の瓦礫の山とくれば、事情聴取もやむなしであるが、妾に向けられるのは、責めるような視線ではない。それどころか、沢山壊して凄いね! と言いたげな目つきばかりなのである。


「どうしてインタビュアーたちから逃げるんだ? リリスは立派に戦ったのだろう?」

「セイレスお兄ちゃん、妾はそこまで開き直れぬのじゃ……」

「??」


 セイレスお兄ちゃんには理解できぬ話のようで、しばらく首を傾げていたが、

 

「そうだ、リリス。地球防衛軍の戦勝記念として、祝賀会の席上で歌ってくれないか?」

「え、嫌じゃ」

「リリスが歌ってくれるなら、ドームを貸し切るぞ。あれだけの破壊力を見せ付けた後だ、皆がリリスを見たがっている」

「余計に嫌じゃ、なんでそれで妾がやる気になると思ったのじゃ!」


(なぜ、大量破壊が半ば冗談のように語られて親しまれるのじゃ?! やはり、妾はこの世界には到底馴染めぬ)


 なぜか、逃げれば逃げるほど周囲が寄ってくるのである。それがどうにも耐えられなくなった妾は、事あるごとに、未だ療養中の母、ユディールのもとに駆け込むようになった。母は決して、大量破壊おめでとうなどと言わぬ。この世界の常識にどっぷり漬かっているはずなのに、それを妾に押し付けようとしないのである。きっと、母の性根が澄み切っていて、破壊などというものとは馴染まない、温和で穏健な人だからであろう。なんと立派で、常識的な人なのじゃろう……!


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