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第五十話 全く設定が噛み合っておらぬのじゃ!

「お邪魔しますよ。お伝えしますが──あれ? なんだか、雰囲気が……緩い?」


 目の前に浮かび上がったマーシュ所長の映像が、妾たちを視界に捉えると目を見張り、それから首を大きく捻った。


「もっと緊迫した状況かと思ったら……んん、まあ、無事ならそれでいいんですが」

「どうしたのじゃ? 何事か起きたのかの、マーシュ所長」

「是非もっと冷たい口調でお願いします!!!」

「……マーシュ」


 唐突に、ルシアンが兄を名前で呼び捨てた。マーシュ所長の青い目が丸くなり、額に汗が浮かぶ。


「えっ、兄上呼び終了……ということは、俺の命も終了した……? なんで? 何があった?」

「身に覚えがないとでも?」

「いやまあ、何のことかなあ、あはは」


 マーシュ所長が身をくねらせ、乾いた笑いを浮かべる。


 こうして見ると、本当に似ておらぬ兄弟じゃな。


兄弟喧嘩(ころされる)なら、他所でやっておれ」

「今、とんでもないルビが振ってありませんでした?!」


 マーシュ所長はひとしきり騒いだが、じきに気を取り直して報告を述べた。


「市街地での対五機体戦が、ヒーローたちの圧倒的な有利で終わりそうなのでね。お約束どおり、敵側が死力を奮っての最終戦が始まる頃合いかと思って、『妖精』を輸送してきました」

「……それは、有難いことじゃ」



 「妖精」。


 機動石を持って生まれてきた妾が搭乗者として約束された、妾が操るべき機体。


 巨悪に立ち向かうにはいささかレベル不足の妾が、ここで強大な戦闘力を得られるというのなら、それはめでたきことじゃ。ただルシアンの命を削って、守られておるだけ、というのは最悪に過ぎる。


 じゃが、妾、気弱なことを言わせてもらうが。


 巨大ロボットの扱い方など知らぬのじゃ……


(ど、どうすればよいのじゃ?)


「……過去の戦闘記録に残っている情報によれば」


 妾の困惑を見かねたのか、ルシアンが冷静な声で語り出した。


「『妖精』『騎士』などといった識別名とは別に、搭乗適合者にはその機体の『真名』が分かるそうです。その真名を呼ぶことが起動を促すとも」

「真名……」


 機械相手ではない、まるで何かの生命体を相手にしているかのような話じゃな。


(いや、そもそも、『銀河帝国によって造られた』と聞いてはいるが、それは本当の話なのか? だって、銀河帝国にはメカニックという職業が存在しないのじゃが?)


 某モビルスーツが出てくるような創作物を見ていても、機械は機械、それを修理改造するメカニックという職は必須である。華々しい戦闘が終わるたびに、損傷箇所を修復するためにメカニックたちがどれだけ過酷な業務を強いられているか、そしてそれに加えてどれだけ多くの工程を可能にする工廠が置かれておるのか、想像に難くない。


 ところが、この世界の「機体」はメカニックを必要とせぬし、勝手に動いているところを見ると、有人兵器であるという前提すら崩れておる。


 逆に、定期的に機動石を持った赤児が生まれてくる銀河帝国皇族のほうが、何やら意図的な操作めいたものを感じて恐ろしいのじゃが……


 そしてその意図的な何かのせいであろうか、妾には本能的に、その名が分かってしまったのである。



(妖精──ティタニア。妾の元に来よ!)

 


 胸元に下がる機動石が熱を帯び、光り始める。


 マーシュのお陰で、それほど遠くはないところにその存在がある。妾の呼び掛けに答えて、身を起こし、巨大な脚を地上に下ろして、噴射を生じて飛んでくるのが感じられる。


 ルシアンとジョーカー、それにマーシュが見守る中、その巨躯はゆっくりと妾の前に降りてきた。


 濃淡の白を帯びた金に輝く機体。ところどころに紫のラインが走り、部分的には半透明に透き通って羽根めいた装甲をあちこちに纏い、無骨な直線のラインに柔らかく優美な雰囲気を添えている。シェイドナムであった時にはひたすら不気味に思えた顔面も、今はどこか穏やかで、瞑想めいた表情を浮かべているようじゃ。




──我、帰投セリ。 真皇譚(マスター)


「ん???」




 文字化けでもしたのか?


 その声は直接妾の脳内に響いてきたので、文字化けしたというのなら妾の脳内が化けたということになるのじゃが、理屈も何もふっ飛ばすほどおかしな言葉が聞こえた、ような気がした。妾の気のせいかの?


「ティ、ティタニア? 今、何と申したか?」

──真皇譚(マスター)ノ要請ヲ確認。繰リ返ス。我、帰投セリ。

「当て字?! カタカナ? 文字化けか?!」

──否。正統ナル帝国古語。我ノ真皇譚モマタ、帝国古語ノ話者ニ限ラル。

「えっ、まさかそれが、妾が『のじゃロリ語』を喋るという設定の真の理由……」

──ノジャロリ語、否。帝国古語デアル。

「全然合致してないし古語っていうか文字化け語だし意味皆無の設定過ぎるのじゃが~!!!!!」



 そんな噛み合わない理由で、強制的にのじゃロリにされてきた妾の嘆きはどうすれば良いのじゃ!


(せめて、きちんと機能しておる理由であれば……)




「……レジーナ?」


 あまりに妾が感情の起伏をあらわにして落ち込んでおるので、ルシアンも気を遣ったのであろう。恐る恐るという雰囲気で声を掛けてくる。


 そういえば、ルシアンに名前で呼ばれるのは久しぶりじゃな。ルシアンはいつも、どこか一線を引いたように「姫」と呼んでくるからの……と、現実逃避気味に考えつつ、


「だ、大丈夫じゃ、大丈夫」

「……」

「ほ、本当に大丈夫じゃからな?! 多分」


 文字化けに見えようが、一応は理解できる言語じゃ。こちらがのじゃロリ語である意味こそ皆無じゃが。


 気を取り直して、機動石を構えると、ティタニアが巨大な掌を伸ばして妾を操縦席へと運んだ。何故か不思議としっくりくる、妾のためにしつらえたかのような座席に落ち着いた途端、周囲のスクリーンが光り、無数の文字や数値が踊り出す。


(高所恐怖症であれば耐えられぬ高さじゃな)


 飛行する鳥と同じくらいの目線であろうか。今更であるが、皇城の天井は半ば以上崩壊していて、ここから激しい戦いを繰り広げるのに支障はない。支障がないのが大問題ではあるのだが、この世界においては問題などないのじゃ。


(城の痕跡すら残らぬのではないかな……)


 うっすらと案じてしまうのは、目の前の「死神」、そしてその中に収まったヴァスラムに向かって、市街地で戦っていたはずの五機体が次々と降りてきて、合体しているのが間近に見えるからである。


 これまで戦った機体が寄り集まって一つとなる、それもまたお約束であろう。


 司令塔となる者もおらず、ただ機械的に集まっただけの合体に、高揚感も華やかさも無い。さらに巨大化していく「死神」はただ歪な塊に過ぎず、「妖精」が欠けているせいか左腕が存在しない。


 機体素人の妾でも、戦って勝てる、と思う。


 じゃが少なくとも、取り扱い説明書ぐらいは欲しいところである。


「ティタニア。お主の兵器情報を見せよ」

──ショウチ。


 なぜそこで急にカタカナになったのかは分からないが、ティタニアの返答と共に、光る文字が眼前に表れた。


 古語じゃ。


 それこそ完全に帝国古語で、妾やティタニアのエセ古語とも異なる。日本語で言えば、古文書でしか見かけないようなくずし字を一面に表示されたような感じである。


「無理!!!!!!」

──真皇譚ノ強イ感情ヲ察知。現代語モードニ転換シマス。

「はあっ?!」

──ようこそ、可愛らしいマスター。このティタニアがマスターの要望に答え、何でも手取り足取り教えて差し上げます。

「最初から!!!出来るならそうしろ!!!そして微妙にチャラいのはなんでなのじゃ!!!!」



 妾の絶叫が止まらぬのじゃ。


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