第四十九話 我々はギスギスした夫婦になりそうじゃな
「他人事のような顔をしておるがの。構えよ。お主も技を撃つのじゃ!」
「別に構いませんが、姫、執事は絶対に合体技に加わりませんよ。がっかりされるかと」
ルシアンはいかにも、我儘な子供に付き合わされるヤレヤレ少年、みたいな顔をしていて──あっ、ルシアンのこういう表情、何だかとても見覚えがあるぞ。あれは、妾とルシアンが出会ったばかりの頃のことじゃ。前世の記憶が目覚めていなかった頃の妾は今よりもずっと無邪気で、ルシアン少年に会うたび強引に腕を取って自分の遊び場まで連れて行ったものじゃが、そういう時、こやつはこういう表情をして妾に引き摺られておった。
あの頃、妾は何を考えておったのか……
いつも遊んでくれるお兄ちゃんに纏わりつく、子供っぽい気持ちしか持ち合わせていなかったような気がする。そして、ルシアンの方からも、何か恋愛めいた感情の籠もった目を向けられた覚えはない。確かにルシアンは吐き出す言葉以上に妾に甘く、それが妙にツンデレっぽい雰囲気を醸し出していたが、だからといって子供同士、それ以上の感情は存在しなかったような……
(いつからじゃ?)
いつからこうなった?
分からぬ。
妾がルシアンに対して抱いていた苦手意識が消えたのは、彼が命を削っていることを知ったからじゃ。苦手だと思う気持ちは、もっと苦いもの、消化しきれぬものを突きつけられたような感情に変わり、妾をじっとりとした不機嫌に陥らせた。ルシアンが今、こうしてずっと不機嫌な顔を装っているのは、妾の抱える不満に気がついているからであろう。そういう距離の取り方をするのじゃ、こやつは。
「ルシアン」
妾はルシアンの腕を掴んだまま、視線を合わせた。
「妾とお主は、確実に、絶対に合体技が撃てる。お主もそう思っているであろう」
「……」
我々の間にある感情が何なのか、周囲の者に聞けば、恋愛だの庇護欲だの何だの、それぞれに名付けてくれるであろうが、妾はまだそこまでの段階ではないと感じている。だが、何かがある。我々は互いに必要としていて、だからこの場にある、という感覚じゃ。
「千の執事……執事ども」
妾が呼びかけると、ルシアンは更に露骨に眉を顰めた。我々はどうも、ギスギスした夫婦になりそうな気がするの。
じんわりとルシアンの魔力が伝わってくる。この世界、ヒーローたちが必殺技をばかすか撃ちまくっていることからも察せられる通り、誰しもがそれなりに特殊能力を所持しておる。魔力、霊力、神力など、種類も呼び方も様々なごった煮状態じゃ。見せ場最優先、整合性よりも何よりも、派手であることが大事、という世界の志向性が感じ取れる話じゃ。
妾は宝錫を持っていることからも分かる通り、魔力持ちである。魔女っ子属性を付与されている、と言い換えるべきかもしれぬが。
ルシアンの持っている魔力は恐らく、ラスシェングレ家の血統に寄るものであろう。一族の血生臭い歴史が連綿と伝えて、蓄積してきたもの。本来ならばゾッとするような魔力の在り方であるが、潔癖さを捨てきれぬルシアンの性格を反映してか、どこか冷ややかながら清々しさを感じる波動も混じっている。……などと、妾、魔力ソムリエのようなことを言っているが、普段ならここまで近しく他人の魔力を感じることなどない。
(ルシアンめ……)
無意識に、妾に対してガードが低すぎるのである。
警戒心が強いのではなかったのか? 本当に全部無意識なのか? ここまで妾に気を許しておいて、今更突き放すなど絶対に無理だと思うのじゃが、自分で分かっておらぬのか?
ひしひしと疑問を感じながら、妾は己の魔力をルシアンの魔力に重ねて、それが千の執事に広がっていくのを感じながら発動させた。
……ほら。合体技の発動など容易であったぞ。
あまりに容易い。簡単であった。
星間生命体とは何であるか。
その答えは、ほとんど解明されておらぬ。
一説には、もともと銀河帝国に居住していた高度文明人が、やがて肉体的な檻を捨てて宇宙空間に生きるようになったのではないか、と言われている。そのほとんどは現在の我々には感知できぬが、一部、特に目的もなく、比較的至近の位置を彷徨っているものが観測網に引っかかって報告される、それが我々の知る星間生命体であるとも。
不明な点ばかりである上、恐らく存在の次元が異なることから、星間生命体を利用してやろうなどという発想は、普通は生まれない。ラスシェングレ家が普通ではないのじゃ。
(……しかし)
意外にも、千の執事は分かりやすい形をしておった。
普段、ルシアンが発動する執事たちは、余人の目にはっきりとは見えないのじゃが、妾の魔力が乗った今、妾の目でも見極められる。
一応、人型はしておるのじゃが、どこか人工生命めいて不自然に細く、華奢な生き物の群れ。頭部は尖った兜のようなものに覆われていて、顔面は存在しない。その背から地に引き摺るペナントのようなマントは白地に紫、これは妾の魔力の影響じゃろう。鋭利に輝く金色の鎌を持つ執事どもが視界を満たすさま、金属がきらきらした光を反射して、さながら金の海のようである。
(執事……いや、これは執事ではないな)
妾の魔力が加わったせいで、変質が生じておる。
そして、妾は彼らをどう呼ぶべきか知っていた。
「行け、千の死神!!!」
「……っ」
声高に叫ぶと、傍らでルシアンが息を呑んだ。
ごっそりと魔力が抜け……ない。妾、かなり重い代償を覚悟しておったのじゃが。あ、これ、先払い方式じゃな? 契約の際に払った寿命で全てまかなっておるようじゃ。
金と白と紫の波が駆け抜ける。
「ぐわあああ」
ヴァスラム卿が悲鳴を上げ、それから断続的に「ぐわ」「うぐわ」「ぐわっ」と苦悶の声が続く。爽快な合体技というより、これは……間違いなく残酷描写というべきものであった。ヒーローたちの合体技であれば、こんなことにはなっていないであろうに……何ということじゃ……しかし我々は根本的に、この世界の悪役であるから仕方がないのじゃ。と、自分に言い訳しながら、妾はそっと目を逸らした。見ていると、どうにも胸の辺りがきゅっと締まる心地がするのじゃ。子供に見せるようなものではないぞ。
(いや、妾だって、これまで誘拐されたり父母を機体の動力源にされたり帝都を破壊されたり記憶喪失にされたり、散々な目に遭わされたことは忘れておらぬのじゃ。寿命的な意味合いで、ルシアンの仇じゃしな。じゃから、妾、心を鬼にして、同情などせんのじゃ……ん?)
ルシアンの肩が揺れておる。繋いだ手から伝わる振動が止まぬので、妾は眉を顰めてルシアンを見た。
「どうしたのじゃ」
「いえ、これ、マジか…………」
妾に聞かせようとした言葉ではない。思わず漏れ出てしまったような、低い囁き声が聴こえた。
その年齢の少年らしい言葉、といえば、ルシアンらしからぬ崩れた言葉遣いというものじゃ。そこに溜息のような、呆れと驚嘆が入り混じったような響きが滲んでいた。
「もともと『執事』などと名付けていても、本質は悪魔のようなものですが。姫が加わると、『死神』か……これは酷い……いや、これが本質を見極める目というべきなのか、それともただゴシック風にしただけか……はは」
ルシアンの笑いのツボがおかしいのである。
「待て! 妾がなんでもかんでも、ゴシック風味にするような言い方をするでない!」
「違うんですか。他人の結婚式であれだけゴシック調を披露しておいて、今更では?」
「あれは機動石を奪われていた頃の妾であろう! 今の妾はゴシック系ではない、普通の美少女じゃぞ!」
「普通の美少女……? 普通?」
「もの凄く違和感を感じている顔をするでない!」
正直、納得させられるだけの説得力が、妾にはない。妾は悔しさにぐぎぎ、と歯噛みした。
ルシアンは妾をちらりと見て、ふ、と笑みを洩らした。それは、なんとも典型的な冷笑美形の失笑であった。
…………イラッ。
ルシアンにイラッとするのは何度目であろうか。これだから我々の行く末は、ギスギス夫婦(未来)なのである。
「笑うでない!」
「すみません」
妙にあっさりと謝ってくる。
「これは、その……褒めているところです」
「どこがじゃ?」
「そうですね……」
何も考えておらんかったらしい。
ルシアンが目を逸らした。その眉から、さっきまでは感じられた緊張感が消えておる。
珍しい。ルシアンというのは、大抵は考え抜いて言葉を発するタイプじゃ。それが何も考えず、適当なことを言って場を流そうとしておる。ちょっと皇帝っぽい態度じゃ。
それを見て、妾も少し肩の力が抜けた。
この状況で緊張感を失うなどと、それで良いのかと聞かれれば良くはないのじゃが、しかし、滅多になくルシアンが構えを解いておるのは、悪いこととは思えぬわけで──
その時、マーシュから通信が入らなければ、謎の緩い空気感のまま、ずっとそんな会話が続いたかもしれないのじゃが、通信が入ったので、話はそこで途切れた。




