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第四十八話 ラスボス前で、どうしても気が散る

(いや、違う)


 妾、こんなことが言いたかったわけではないのじゃ!


「ルシアン、お主はヴァスラム卿とは違う」

「それは勿論、全く違いますが?」


 ルシアンの返答はそっけないが、妾が何を言いたいのか、実際は理解しておるはずじゃ。何しろ、今現在も消えない痛みを抱え込んでいるのじゃからな。


「命を食い潰して生きて、たった一人で最期を迎えるという点では変わらぬ。お主もヴァスラム卿も同じ、ラスシェングレ家に生まれた者じゃ」

「……」


 ルシアンが心底、鬱陶しそうに眉を顰めた。


 半ば背けた横顔に、金色の光が反射する。硬質な美貌が、「踏み込むな」と無言で語っているようじゃ。


 妾もまた、踏み込むべきではない領域に土足で、ズカズカと踏み込んでいるのかもしれぬ。


 じゃが、


(踏み込んだのはお主が先じゃ、ルシアン)


 たとえ婚約者であろうと、本来、妾のために命を削る必要などどこにもなかった。生まれながらの、政略的な婚約者ならなおのこと。


 ルシアンが常にそう見せかけているように、冷血で計算高い人間であれば、こんなことにはなっておらぬ。


(自分が血の通った人間であると、妾に示したのはお主自身じゃ)





 痛みを抱え、たった一人でいるとき、触れてくる誰かの温かい手がどれほど救いになるか。ひたすら病室で過ごしていた前世の妾に示したのは、ナツメちゃんという友であった。


 前世、妾の感じていた肉体的な痛みには、周期的な波があった。じわじわと弱っていくのを感じつつ、たまにやってくる鋭い痛みが不安と恐怖を増大させる。眠れぬ夜を幾度も過ごし、その合間合間で出会う、健康そのもので輝くようなナツメちゃんに、思わず嫉妬した瞬間も数え切れぬほどあった。


 じゃが、ナツメちゃんと一緒に色んな番組を見て、腹の底から笑い合っているときは、全てを忘れていられた。


 痛みの記憶は長く尾を引く。


 じゃが、そこに触れてくる誰かの体温は、奇跡みたいに、苦痛をふっと軽くしてくれるものだと、妾は知っておる。





「今、お主が抱え込んでおる苦痛は、本来、妾のものであったはずじゃ」

「……へえ。兄が告げ口でもしましたか?」


 疑問形ではあるが、確信しておる口振りで、ルシアンは呟くように言った。


「予想以上に出しゃばってくれる……始末を……」


 あっ、これ、マーシュ所長がボコボコにされる流れじゃな。或いは何かの罪を吹っ掛けられて、再起不能なことになるか。


「待て、ルシアン」


 話題を変えねばならぬ。変えたとしても、マーシュ所長が酷いことになる運命は変えられぬのかもしれぬ、という気もうっすらするのじゃが、ともかく妾は急いで言った。


「お主が向き合うべきは、ヴァスラムでもマーシュでもなく、妾じゃ。一方的に妾のために犠牲になって、それで済むと思うたか。妾は見過ごしたりせぬからな!」

「何が言いたいんです?」


 ルシアンの鬱憤を晴らすかのように、千の執事がヴァスラムに襲い掛かっておる。


 ルシアンも妾もヒーローではないので、この戦いが世界に向けて放送されることはない。いずれ歴史の闇に葬られる、陰惨で私刑にも似た戦いじゃ。


 銀河帝国を元の形に戻すための戦いが、こうして皇城の暗がりで、ひっそりと行われる。


(じゃが、城の外では今このときも、派手に、かっこよくヒーローたちが戦っておるはずじゃ。皆、それで満足することじゃろう)


 知られずともよいのじゃ。華やかな戦いよりも、我々はぐちぐちとした痴話喧嘩を繰り広げねばならぬ。


「よいか、ルシアン」


 妾は銀河帝国皇女、そしてかつての黒の女王らしく、居丈高な態度で胸を張った。


「お主が妾のために、傷ついても構わぬと示したのじゃ。お主が妾に手を差し伸べずとも、妾は勝手に受け取るぞ。もはや妾の前で、隠し事はならぬと知るがよい!」

「……」


 飛んできた石礫が、我々の至近距離で弾けた。ルシアンが鬱陶しそうにそれを払う。


 ちらりと妾に不機嫌そうな目を向けて、それから逸らした。


 再び、別の石礫が飛んでくる。忠実な臣下らしく、従順に黙って空気と化していたジョーカーが手を上げてスキルを使い、弾き返してくれたのじゃが──


「へえ、分解・解体のスキルですか。珍しい」


 ラスボスの前で痴話喧嘩を繰り広げる者ども、創作世界を含めて大量に存在しておると確信しておるのじゃが。


 こうして実際にやってみると、居心地が悪いだけでなく、どうにも気が削がれるものじゃな。


(ほら! 妾が真剣な話をしておるのに、ルシアンが明後日の方角を見ておるし!)


 そもそもルシアンは、妾と真剣に向かい合いたくないのであろう、という空気はひしひしと感じておるが、妾もまた逃す気がないからこそ、ここに来ておるわけで。


 妾はふんと、鼻を鳴らした。


「ジョーカーの防御技は、銃弾とか、小さなものを弾くには強力じゃからな」

「いえ、あれは防御ではなく、分解では……」


 言いかけて、ルシアンが「あっ、こいつ知らないんだな」という顔をして黙りおった。


 ムカっときた。



「……」



 確かに、その時の妾は何一つ、知らなかったのであるが。ジョーカーがスキルに関しては徹底的な秘密主義で、ぬいぐるみに化けたスキルの詳細すら偽っていて、妾にきちんと伝えておらぬことを。ジョーカーは妾の不利になることをせぬからこそ、これまで問題は起きていなかったのであるが、今、こうして軽い屈辱を与えられるという弊害が出てしまったのである。


(この美少年(クソガキ)め……分からぬというのなら、分からせるしかないのう!)


 込み上げる怒りのままに、妾はルシアンの腕をグッと掴んだ。


「姫……?」

「合体技を使うぞ」


 好感度が高くないと使えない、とされている合体技。実際のところ、必要な条件は数値化されておらぬ。人間の感情や関係は複雑すぎるからの。


 ともあれ、双方向の感情が必要であって、一方的に誰かを想って使えるものではない、ということは明確に知られた事実じゃ。運命の赤い糸とまでは言わぬが、そこに何かしらの絆が存在していることが前提なのである。


 妾とは全く別の方向を見ているかのように、常に振る舞っているルシアンであるが。


 そうではない、ということを、目に見える形で示してやろうではないか。


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