表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/69

第四十七話 全力で痴話喧嘩をするのじゃ

「姫」


 ルシアンがこちらを振り向いて、ぽつりと言う。


 その目に浮かぶ、咎めるような眼差しが、ジョーカーと妾の上をざっと行き来した後、更にその鋭さを増した。あからさまに、機嫌を損ねているのを伝えてくる。妾の方が、ずっとずっと不機嫌なのじゃがな!


 ルシアンの周りには、金の粒子のような(かそけ)き光が立ち昇って、それはどこか幻想的な光景にすら見えた。じゃが、今の妾には、それがルシアンの寿命そのものに見える。その身体から滲ませて、儚く失われていくもの。


 対して、ヴァスラム卿は、といえば。


「……なんじゃ、アレは」


 上手い言葉が見つからぬ。ヴァスラム卿は玉座の上に居たが、彼と、玉座と、それを覆い尽くすような巨大な機械……あれもまた、ロボ、といっていいのかのう? それが一体化しておる。


 際立っているのは、ショベルカーのような巨大な両腕じゃ。人を数人まとめて叩き潰せそうなほど重たげで大きい。とても殺意に満ちている。それに対し、ヴァスラムの頭の上に置かれた顔面部は半ば崩れて、ところどころ内部の機械が露出している。遺跡から発掘されたばかりの遺物のように、もはや崩れる時を待つばかり、といった風情じゃ。


「第六の機体『死神』です」


 ルシアンが言うと、すかさずジョーカーが頷いた。


「なるほど、アレですか」


 何が「なるほど」なのじゃ。


 主君が全く話について行けておらんというのに、全て了承したような雰囲気を醸し出すでない。それでも忠臣か!


 とは言わず、妾はぶっきらぼうに尋ねた。妾、こう見えて意外と大人じゃからな。


「アレとは何じゃ」

「……元々、帝国で造られたのは五体ではなく、六体の機体だったんです。そのうち、原因不明のまま制御不可能に陥り、帝国に甚大な被害をもたらした機体、それが『死神』です。その時、共に戦った皇子と地球人が友誼を育んだことから、帝国は地球と同盟を結び、地球は代々皇子の遊学先となった。もっとも、そのうち同盟は失われて地球は植民星となり、皇子の直轄領に変わったわけですが」

「解説(情報詰め込み型)感謝するぞ、ルシアン。それで何故、その『死神』が、お主の叔父に取り憑いておるのじゃ?」

「さあ。頑張って発掘したんじゃないですか。帝都の地下からでも」


 ルシアンの声が投げやりである。


「頑張って発掘って……」

「叔父と相性が良かったんでしょう。死に損ない同士で」

「それで、お主はたった一人で、その死に損ないに引導を渡しに来たというわけか?」

「我々ラスシェングレ家の不始末です。僕の手で幕引きをすれば、少しは後の印象が良くなるでしょう。一応、これでも当主なのでね。責任は僕にあります」


 なんとも冷静そうな言葉じゃが、ルシアンの本質が冷静とは程遠いことを、妾は知っているのである。


「ルシアン」


 妾が言い掛けた時、ヴァスラムがぎろりと目を光らせてこちらを見た。


 ラスシェングレ家特有の青みがある瞳じゃが、どうにも淀んで濁り切った青じゃ。間違った方向に鬱憤を晴らし続けて、自我すら見失いつつある者の目。


「ルシアン……ルシアン! 増えたか……ルシアン! だが何人来ようと……殺す!」


 がむしゃらな動きで、両腕が振り上げられ、振り下ろされた。床が陥没し、ひび割れ、石礫が飛び散る。破壊活動に勤しみながら、癇癪を起こした子供のようにぶつぶつ呟いている。


「ルシアンルシアンルシアン! 許さない! 許さないぞ!」


「……お主、妾が来るまで何をしておったのじゃ。完全に精神崩壊しておるではないか」


 一体全体、どんな嫌がらせをしたのじゃ?


 妾は防御の結界を張りつつ、完全に被告人を見る目でルシアンを見た。そっけない返事が返ってくる。


「ちょっと刻んだだけですが?」

「悪役の台詞! それで相手はブチ切れて、取り込まれて、変な装甲まで纏っているではないか。この後はどうするつもりだったのじゃ」

「どうもしませんよ。結末は見えています。後は、叔父の寿命が尽きる前に引導を渡すだけですね」


 どのみち、後ほんの少しですから、という副音声が聞こえたような気がした。


(引導を渡す?)


 ルシアンのことじゃ。彼がそう言う以上、一見、何の問題もなく遂行されるのであろう。


 ルシアンは課せられたものを受け止め、決着を付け、何事もなかったかのような顔をして日常に立ち戻る。それだけの力がある者として、支払うべき代償を払って。


 妾に、何も言わぬままで。


 本来ならば、それで良いのじゃ。それがラスシェングレ家のやり方で、銀河帝国の在り方はその延長線上にある。ヴァスラム卿はそこに異議を唱えたかったのであろうが、彼にあったのは憎悪だけで、その先に見据えるものも、誰かと共有するものも持たなかった。


 じゃが、ルシアンにはまだ、他の道がある。ほんの微かな感情の揺らぎに過ぎぬが、妾にはそう信じるだけの確信がある。


「ジョーカー、降ろせ」


 妾が命じると、妾の便利な乗り物と化していたジョーカーが、即座に妾の命令に従った。


 確かにジョーカーは便利であるが、痴話喧嘩をするに当たって、人の上に乗っかっていたのではどうにも格好がつかぬ。床の上に降りたとしても、幼女であり平均よりやや小さめの妾では、ルシアンを見上げるしかなく、威厳を保つのも大変であるが、それは仕方がないことじゃ。


 痴話喧嘩。そう、妾はこれから、ルシアンと全力の痴話喧嘩をするつもりなのである。


「ルシアン」


 低い声音で話し始めた途端、至近距離で石礫が弾けたが、妾は言葉を止めなかった。


「妾はずっと、お主のことが苦手だったのじゃ」

「……知っていますが?」

「そうか? 幼い頃はただ、お主を遊び相手として慕っておった気もするのじゃが」

「あの頃の姫は無邪気でしたからね。今も大層無邪気ですが」

「無邪気、という言葉が悪口に聞こえるのう?!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ