挿話15 皇帝隼生・アスクム・ジェス・アヴァルティーダと愉快な子どもたち②
雅仁が合体技を発動するとき、その相手は家族と、守だけである。
過去のヒーローたちは、男女で仲良く合体技を撃っては、「お? この二人は仲良しなのか?」「何かが芽生えようとしているのか?」とお茶の間をざわつかせ、不安と期待で賑わせてきた。何度女性と合体技を撃っても、全く盛り上がらなかったのは隼生ぐらいのものだ。一応、最初の頃はまだ、彼の恋愛に期待を募らせた視聴者もいるにはいたのだが、あまりの情緒の無さに心が折れたのか、じきに話題に上ることさえなくなった。
その息子である雅仁は、逆に、本当に限られた相手としか合体技が撃てない。
雅仁は、その違いを強く意識してきた。道端で出会ったばかりのお婆さんが相手でも、合体技が撃てるのが隼生という人間であって、それもまた異常なことなのだが、ただひたすら尊敬すべき父として慕ってきた雅仁には、その異常性が全く見えていない。
「父上。俺は父上のように、偉大な皇帝にはなれそうもありません」
弱音を吐くように、長いこと鬱積してきた感情を父に吐露した日のことを覚えている。
雅仁がヒーローとして立つ、少し前のことだ。
雅仁はずっと地球に入り浸り、ヒーローもの番組を漁ったりイベントに参加したりして楽しく過ごしていたのだが、道場の一部を改造して帝国との直通便を設けてもらったので、いつからか定期的に銀河帝国の皇城に戻っては家族の団欒に参加するようになった。
乳兄弟の吉影守とは、出会った時から、と言っていいほど早く関係が深まり、すでに生涯で唯一の人として思い定めている。こういう時、雅仁は全く迷わないし思い切りがいい。
だが、直感が優れているがゆえに、早々に理解してしまったのである。
「守は皇妃には向いていませんが、俺もまた、皇帝には向いていません。父上のような博愛を持たず、カリスマはあっても視野狭窄で、かといって守りに入るのも向いていない」
「……そうか」
隼生は否定せず、僅かに頷きながら話を聞いてくれた。
その態度も、雅仁に言わせれば、何事にも動揺せず受け止める悠然たる帝王の余裕! ということになる。実のところ、隼生は何を答えるべきか思いつかず、「後でユディールに相談するか」と考えていただけなのだが、そこは雅仁に伝わっていない。
純粋、狡猾含め、色んな思考が入り乱れた、邪念もかなり多めの皇妃ユディールであるが、皇帝にとっては非常に頼りになる、賢い愛妻なのだ。何事も組み合わせが大事である。
「それで、皇帝にはならぬとしたら、お前は何になりたいのだ?」
隼生の問いかけに、雅仁は即答できるだけの答えを持っていた。
「俺は、騎士になりたいです」
剣道を嗜む一家に生まれ育ち、常に武士の雰囲気を漂わせる守と共にありながら、雅仁はどこまでも「和服を着た外国の王子様」という雰囲気が抜け切らなかった。
かといって、西欧の騎士道とは少し違う。
誰かに膝を折って忠義を誓うにも、彼の身分はいささか高すぎる。
(だから、俺は俺の騎士道をどこかで見つけるしかない)
その答えの一つが、ヒーローとしての戦いにある、と雅仁は思う。
「守!」
短く叫ぶと、目の前に半透明な防御の盾が形成された。
常に彼と共にある吉影守は、以前は先頭に立って敵のターゲットを集めていたものだが、最近の戦いでは雅仁の背後にあることが多い。いつからかというと、かつての恩師であるエルド教官戦(二十話)からである。
あの戦いで、守は遠距離に防御盾を飛ばすスキルを習得した。前面に立たずとも、遠方にいる味方を守るすべを手に入れたのである。
(俺も、前面に立って敵の攻勢を引き受ける戦いの方が性に合っている)
守を従えて、堂々、戦場の矢面に立つ。
高揚感が全く違う。その上、戦いやすい。そして、目指せ貞淑な妻、と考えているらしい守は、雅仁の一歩後ろに控えている方が落ち着くらしい。全ては収まるところに収まった感がある。
(それにしても……)
今、雅仁と守が相手取っている敵は、「騎士」の機体である。
一直線にしか動かない。向きを変えるにしても、どこぞの建物に頭から突っ込んでからようやく、ぎこちなく動き出すのだ。ガチガチに組み上げられた機体はいかにも頑強だが、その能力を存分に発揮しているとは言い難い。
(これが「騎士」か。端から見たら、俺もこんな風なのか?)
苦笑に唇が歪む。
「騎士」が強いのは確かだ。そもそも「機体」と生身の人間では、本来なら戦いすら成立しない。だが、ヒーロー世界では合体技の効果が格段に高いことになっているので、常に合体技を繰り出す雅仁と守の分は悪くない。
しかも、ここには仲間たちと、謎の助っ人たちまで集結している。
「食らうがいい!」
上空に稲光めいた閃光が走って、ボス・ゾアスの艦が砲撃を放った。
荷電粒子砲だ。
確かに強力な援護攻撃だが、周囲に人がいる状態で放つようなものではない。熱波と電磁波で、街並みごと消滅となりかねない。
「っ!」
守の張り巡らせた防御盾がなかったら、悲惨なことになっていたはずだ。
元々の設定では、「いずれ、ジェット機が落ちてきても守り切るほどに成長する」とされていた守だが、その進む道は、設定とはかなり違う方向に逸れた。そもそも、雅仁以外には興味というものを抱いたことがない守である。少しでも親しみを持って接したのはレジーナぐらいのものだが、そのささやかな触れ合いでも、彼の進む道を大きく変えてしまうには十分だった、ということなのだろうか。今の彼は、「味方である」と認識した相手全てに防御盾を飛ばすことができるように成長している。
(何かを守ることが騎士の本分だとしたら、守の方が俺より余程、騎士らしい)
そう思う雅仁だが、別に、守に対して劣等感を抱いているわけでもない。
愛は盲目、とばかりに常に守を肯定する雅仁だが、彼の欠点もまたはっきりと分かっているのだ。
(守の戦いは、俺がいなくては成り立たない。半人前同士、二人でようやく騎士一人分、というところか)
完全な騎士にすらなれないのに、皇帝の座など遠すぎる。
ちなみに、ボス・ゾアスの砲撃で、荒れ果てていた銀河帝国市街地は更にズタボロとなり、天災に遭ったかのような廃墟と化しているが、そのことを気にする者はここにはいない。ヒーロー世界では、市街地はそのうちまた生えてくるものという扱いである。
「雅仁」
ボロボロになった市街地を駆け抜けているうちに、雅仁は再び父と合流した。
「父上」
雅仁は自分のカリスマを自覚しているが、父を前にすると自然と頭が垂れる思いがする。
それでいい、と彼は思う。
一生、尊敬する父を見上げているだけで構わない。父を超えてやる、と思ったこともない。雅仁には反抗期らしきものすら存在しなかった。
レジーナに言わせれば、「天然父子なのじゃ」ということになるが。
「雅仁、合体技を撃とうではないか」
「はい、父上、光栄です」
「ここにいるお前の仲間たちも合わせて……」
「それは無理です」
「無理なのか」
「はい、無理です」
きっぱり答えると、隼生は鷹揚に受け入れて(と雅仁には見えたが、深く考えず頷いただけである)、武器である長剣を構えた。雅仁もそれに倣う。
父子の視線が重なる。
実のところ、似たところも沢山ある親子である二人は、真剣な顔をして合体技を繰り出した。
本人たちは真剣そのものであったが、遠くより見ている観衆たちにとっては、美形父子が揃ったというだけで眼福そのものである(なお、銀河帝国帝都に住む者たちはとっくの昔に安全な場所に避難している)。「新旧美形皇子の合体技」として、その光景は長らく地球と、銀河帝国のお茶の間を賑やかにしたのであった。




