挿話14 皇帝隼生・アスクム・ジェス・アヴァルティーダと愉快な子どもたち①
(別視点)
(こ、これが……銀河帝国の皇帝陛下)
夏峰ゆかり(旧姓葉垣)は、誰にも気付かれぬよう、ごくりと唾を飲み込んだ。
ゆかりは、自分が常識人の枠にあると思っている。実際に常識人なのかどうかはともかく、ずっと、強いて常識人らしい振舞いを心がけてきたのである。自分の父親が恥じるような娘であってはならない、少しでも誇りに思ってもらいたいと、ずっとそればかりを思って生きてきたから。
それが、何をどう狂ったのか。
ハーレム認定された挙句に妻を二人も得るという、常識外れどころか常識を粉々に粉砕して遥か遠くの星雲まで吹っ飛ばすような行為に出てしまった。でも、ゆかりはもはや自分を恥じたりなんかしない。今まで、何をしても父親の愛情を得られない自分は、どう足掻いても何も成し得ない人間なんじゃないか、どうしようもなく恥ずかしい娘なのではないかという気持ちが、心の奥底まで根を張っていたものだが、ようやく、その呪いから自由になることができたのだ。
その、以前より大分柔軟になったゆかりをして、皇帝陛下の登場は──驚愕だった。
(いや、当然、お強いのでしょうけど! 歴史の教科書に乗っているような人が、普通に目の前にいて……どうして皆、普通に話せているの?!)
ゆかりが震え上がっているのは、いちかとアキが、全く気負いなく皇帝陛下と喋っているからである。
なんなら笑い声まで上げている。皇帝陛下が。
「カズキという奴は、本当に不遜な男であった」
皇帝陛下が言っているのは、いちかの父、かつてのヒーロー(赤)のことである。
歴史(割と最近)の教科書の記述を信じるなら、皇帝陛下は五人いたヒーローたちの謎の協力者となり、後にその身分を明かして、彼らと共に戦ったという。
戦いを通じて育まれた、その友情は不変であるらしい──
「闇鍋にプリンを入れてきた時は、手討ちにしてやろうかと思った」
「ああ、お父さん、プリン大好きなんですよね!」
「闇鍋だぞ? 大好きなプリンに対して、そんな仕打ちをしていいのか?」
(思った以上に軽いわ……)
皇帝陛下が優秀なお方なのは間違いない。当然の事だが帝都市街の地理にも明るいし、かつて搭乗した機体「王子」の行動原理もしっかり読んでいて、いちかたちに指示を与えつつ着実にダメージを与えている。
その上で、
「おお、お前はカズキの剣を引き継いだのだな。そちらの娘は、フユトから何を引き継いだのだ?」
「このお守りロボットですね。小さいけど、とにかく多機能がぎゅっと濃縮されていて、細部に技巧が冴え渡っているんです」
「確かに見覚えがあるな。フユトが持っていた時と少し形が違うようだが、改造を加えているのか? よく勉強しているのだな。偉いぞ」
もはや、親戚のおじさん状態である。
もう一人の親友、ヒーロー(青)の娘であるアキとも和やかに会話しながら、二人のパートナーであるゆかりのことも無視したりせず、たまに軽い会話を振ってくれる。間違いなく紳士である。これが皇帝陛下でさえなければ、ゆかりももう少し緊張せずに話せたに違いない。
「カズキとフユトの技も引き継いでいるのか……ならば、ここにいる三人で、合体技が撃てるのではないか」
「わあ! お父さんから何度も聞かされました! 最後の敵は三人合体技で倒したんだって!」
「いささか拙速だが、我々で再現してみようではないか」
「ゆかりちゃんも混ぜて、四人合体技をやろ?」
無邪気に期待する目を向けてきたいちかに対し、ゆかりは「いえ、私は……」と遠慮してみせたのだが、その気遣いは完全に無視された。
「行こう! やってみよ! それ~っ」
皇帝陛下と親友の娘たち。合体技が成立する確率としてはギリギリじゃないか、とゆかりは思うのだが(そもそも、同じヒーロー同士、幼馴染同士でも成立しないのに、皇帝陛下となら成立するってどうなの?)、明らかにゆかりは場違いだ。常識的に考えて、成立するわけがない。
(これは絶対失敗するわよね)
失敗した時、どう振る舞えば気まずくならないか。他の二人が全く空気を読まないので、ゆかりはいつでも、その場を取り繕うにはどうするべきかを考える癖がついている。いつものその癖で、少し先の未来のことを考え始めたのだが。
「「「「皇威・星滅、魔炎核砕!!」」」」
──どうやら、勢いだけで成立してしまうことも、世の中にはままあるらしい。
「どうやら、父上は完全に回復しておられるようだな」
夜の闇を垂直に切り裂いて上がる、白く激しい焔(四人の合体技である)を遠目に見ながら、雅仁は呟いた。
ほうっと、周囲に気付かれない程度に微かな、押し殺した安堵のため息をつく。
少し前まで、医療室で深刻な顔をした医務官たちに囲まれていたとは思えないぐらい、父皇は元気そうだ。そして、何一つ変わりがない。長らく会っていない過去のヒーローたちを親友と信じて揺らがず、ほぼ初対面の娘たちを娘同然に扱って親しみ、挙げ句の果てに合体技まで打ち出している。
そこに下心などというものは微塵も存在せず、全ての民を愛しむ博愛しかないというのだから……
(本当に、父上は偉大なお方だ)
レジーナが居れば、「偉大???」と首を捻ったことだろうが、雅仁は心底、混じり気なしの純粋な気持ちで、父を尊敬しているのである。
幼い頃から、雅仁は父がヒーローとして悪と戦っていた時期の記録映像を繰り返し見ていた。銀河帝国には数々の映像が残されていて、専用の記録館まで置かれ、隼生の戦勝記念日には盛大なパレードが催される。残酷な描写は世界の強制力によって排除されるので、何も規制されることなく、幼児でも見るものには事欠かない。それこそ言葉を喋り始める以前から、指をしゃぶりながら父のかっこいい活躍を見ていたのである。
雅仁のヒーロー好きは、その時点で確定したと言っていい。
そして、成長した雅仁は一見、隼生とよく似たタイプのヒーローとして成長した、かのように見えた。
衆目を惹きつける白皙の美貌、ヒーローとしての義侠心、カリスマ。
躊躇うことなく先頭に立ち、敵陣に斬り込む勇敢でかっこいい皇子様。
だが、雅仁自身には、ずっと前から分かっていたことだが、
(父上と俺は、全く違う)
ヒーロー時代、隼生が起こした恋愛沙汰は皆無。
クール美人の幹部とか、命を救った少女とか、銀河帝国貴族の幼馴染とか、フラグが立ちそうな場面は幾つかあったのだが、隼生は視聴者が戦慄するほどのスルー能力で全てをぶち壊し、薙ぎ倒して、花どころか一本の草も生えない荒野に変えてきた。恋愛? それは食べ物の一種か? と澄んだ瞳で言い出しそうだと言われていたし、それを補強する材料が多すぎる。
ユディールと結婚して、普通に仲良く夫婦をやっているのが謎で仕方がない、と、側近たちですら首を傾げる。
レジーナに言わせれば、「……女性ファンが多かったから、無駄に炎上しないよう、恋愛関係のエピソードは意図的に省かれたのではないか」、ユディールに言わせれば、「推しじゃなかったから興味なかったけど、そういえば異常なほど女っ気のない皇子様だったわね。演じていた俳優が恋愛NGだったんじゃないの?」ということになるのだが。
雅仁の純粋極まる目から見れば、それこそが皇帝としての素質の表れである。度量の大きさが突き抜けていたからこそ、誰かを特別扱いすることがなく、全ての民を平等に見ていたのだ、ということになる。
(俺はあんな風にはなれない)
これは自省というわけではない。事実そのものである。




