第四十五話 パパ「任せろ」
「到着いたしました」
我々が銀河帝国に着いた時、そこは帝国時間48時、地球で言う真夜中の頃合いであった。
無論、陥落した後の帝都で、宇宙港に堂々と着陸というわけにはいかぬ。人目を避け、カモフラージュされた臨時の発着場に降りたのじゃが、それにしても。
「真っ暗じゃな……?」
夜でも煌々と輝いていた都市が、黒く塗り潰されたかのように暗く、静まり返っておる。
空を見上げると、頭上に見えているはずの三つの月も、重たい雲に掻き消されたのか、どこにも姿が見えなかった。
「電気系統が全滅か? ……あっ」
影絵のように浮かび上がったビル群の向こうで、何かが光ったのじゃ。
それから少し置いて、花火の音のように轟音がとどろく。
「あれは……またじゃ」
今度は別方向、少し離れた所で光った。
ジョーカーが妾の手を引いた。暗い市街地を歩き出す。
「ジョーカーお兄ちゃん?」
「あれは敵対機体です」
「敵対機体……」
「早く帝城に参りましょう。失礼いたします」
堅苦しい作法よりも、実質的な素早さの方を優先したらしい。ジョーカーは軽々と妾を持ち上げると、長い脚を活かして走り始めた。こやつの背が高いせいで(恐らく、セイランと同等なのではないか?)、妾、怖いほど高いところまで持ち上げられておるのじゃが、さして怖さを感じない。周囲が真っ暗で、ろくに視界が利かぬせいであろうか。ジョーカーの体幹がしっかりしているせいか、全力疾走しておるのに殆ど揺れぬしな。なんとも安定感のある乗り物じゃ。
(頼もしいのう、ジョーカーお兄ちゃんは)
ぬいぐるみ姿の時は、妾が抱いて運んでいたのじゃが、今はそれが逆転したというわけじゃ。まあ、これが元々の、正しい形なのじゃが。
そのお兄ちゃんは、帝国の技術によって決して曇ることがないという眼鏡を光らせ、
「レジーナ様。ヴァスラム卿が全ての黒幕、という話はご存知ですね?」
「ああ、その話は聞かされたぞ」
「ヴァスラム卿は葉垣元総司令官に機動石を渡し、シェイドナムを掌中に収めるよう唆した。そもそも、五体揃っての防衛軍ですが、機動石を持つ機体は司令塔となり、他の四体を統率する力を持ちます。葉垣はただ強い力を得たかっただけで、地球の防衛システムまで明け渡すつもりはなかったようですが、知らず知らず加担させられて、他の四体の制御権をヴァスラムに開け渡していた。その四体が今、帝国の中をうろついて、破壊活動を行っている機体です」
説明(早口)というやつである。
全く息が上がらず、言葉を途切れさせずに説明してくれるジョーカーは流石じゃと思うが、細かい話を突っ込んで聞く局面でもあるまいし、その余裕もない。
つまり、
「シェイドナムに比肩する力を持つ機体が四体も、ヴァスラムを守っているというわけじゃな? 妾、狙われておるのか?」
「恐らくは。四体とも、こちらに向かって距離を詰めてきています」
「むむ、何とか抜けられぬか……」
いかにジョーカーが頑丈で健脚といえども、妾と二人だけで対抗できる相手ではあるまい。しかも、四体同時に。
「一体、浮遊状態で近付いてくるものがありますね。一番早く接触しそうです。……識別しました、『賢者』です」
王子、騎士、道化、妖精、賢者。
そのうち「妖精」は、反転してシェイドナムとなっておったので、ここにはおらぬ。
バッタのように飛び跳ねて、建物群を飛び越えて移動してくるという「道化」が一番早そうなのじゃが、その名の通り、いちいちふざけた動作を含まずにはいられぬとのこと。まっすぐこちらに向かってくる素直さもない。多分、こちらの度肝を抜くような、度肝を抜かれる側としてはとても嫌なタイミングを見計らって登場するつもりなのじゃろう。
逆に、真っ直ぐにしか移動せぬのが「騎士」。「王子」は何かと高台に陣取りたがり、獲物に襲い掛かる雪豹のように飛び降りてくるとか。
「面倒な盤上遊戯のようじゃな……!」
「中に操縦者が乗っていないと、何とも自由ですね」
「やはり、一番賢いのが『賢者』なのか。妾の呪文如きでは防げぬじゃろうし……」
とにかく、戦闘は避ける他ない。
市街地の地図を表示させながら、打つ手はないかと必死に考える。考えがまとまらぬうちに、至近距離で爆発が起こり、建物の壁が崩れ落ちた。その向こうに現れたのは、白く輝く機身に、法衣の長い裾のような装甲を引き摺った人型兵器じゃ。
(──もう来た!)
妾が歯噛みした、その瞬間──
上空から、光の濁流のように眩い砲撃が落とされた。
「……な、何じゃ?!」
妾、ジョーカーの頭にしがみつきながら叫んだ。
「落ち着いて下さい。……宇宙戦艦からの砲撃です」
「宇宙戦艦?!」
一体どこの戦艦じゃ?!
金属がへしゃげる音がして、「賢者」が膝をついたが、ギギ、と再び頭をもたげようとしている。その上に、立て続けに雷のような砲撃が落ちてきた。
(眩しいっ)
目を閉じた妾の耳元で、ジョーカーの冷静な声がした。
「通信、入っています。応答します」
ピッと機械音がして、
「レジーナ! ワシの可愛い娘よ、無事か?」
「……え? 総裁?!!」
聞き間違うはずもない。まさかの総裁の声である。
吃驚して目を開けると、目の前に通話画像が浮かび上がり、ボス・ゾアスのフワフワした白い毛で覆われた顔が至近距離に迫っていた。しきりと鼻をひくつかせ、ヒゲをピクピクさせながら、妾の身を案じるように眺め回している。
「な、なんで、総裁が……」
「苦節二十年、銀河帝国に反旗を翻すため、秘密裡に艦隊を結集させておったが。我が娘の危機とあらば、駆け付けぬわけにもいくまい。ここはワシに任せろ」
「パ、パパ~!!」
記憶を取り戻した妾、皇帝隼生・アスクムこそが実の父であると認識しておるのじゃが、それはそれとして、総裁は今日もフワフワで魅力的じゃ。どうしてこの誘惑に逆らえようか。




