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第四十四話 妾、覚醒する③

 そうじゃ。妾、知っていたではないか。


 どんな痛みを抱えていたとしても、ルシアンは決してそれを表に出さない。それ以外のやり方を知らないのではないかという位、頑なにその流儀を貫き通すのじゃ。


「──意地っ張りめ」


 重たい熱を逃がすように呟いて、妾は機動石の鎖を掴んで引っこ抜いた。あっさりと抜ける。鎖を首に掛けてから、妾はハッチを押し開けて外に出ようとした。


「ひ、姫? どこへ?」

「ルシアンを追う」

「いや、しかし、姫には危険な」

「本当に、何を言っておるのかのう? 妾を誰だと思っておる。元、黒の女王、今は新生、かつ完成形のリリス・レジーナ・ジェス・アヴァルティーダ。正統なる帝国の血を継ぎし者、生まれながらの支配者じゃ! 跪け、それが出来なくばせめて、妾の道を阻むでない!」


 無論、ここにはジョーカーが居らぬ。妾が名乗りを上げたとて、盛り上げるための演出を挟んでくれる者はおらんのじゃ。


 じゃが、そんなことはどうでもいい!


 前世では平凡な、いささか世間知らずの娘であった妾。今世では未だ幼女の域を出ず、両人生の分を足し合わせても未だ世間知に乏しく、経験という点では周囲の大人たちにまるで及ばぬ。


 しかし、妾には絶対的な矜持がある。


 誰に認められずとも、力及ばずとも、この心持ちだけは決して敗けぬ!


(ようやく「キャラ設定」と妾の内実が、しっかり重なり合ったような気がするのう)


 顎をつんと上げて吐く、いかにも居丈高な台詞が、我ながらスラスラと出てくるのである。


「妾を侮る者は地に伏して悔いるがよい。お主も精々、妾の邪魔をせぬことじゃ。まあ、わざわざ注進におよんだ意気は買ってやろう。感謝するぞ、所長」

「え、本当に、人格が変わって……? 暴君? いや、女王様? 幼女の冷たい目で、その口調……なんだこれ、ときめき……?」


 勝手にときめきだしたマーシュ所長は放っておいて、妾は外に出た。


 その途端、「わっ」と熱狂的な一群に出迎えられたが、彼らの騒ぎに付き合っている暇はない。どうやら、妾が機動石を手にした瞬間、漆黒であったシェイドナムが金色に輝き、「妖精」の機体に変化したらしいのじゃが、そう言われても今は、「そうか、分かった」しか言えぬ。何やら検証実験をやりたそうな顔で見られておるが、どんなに期待されても、今の妾には時間がないのである。


「うわ! レジーナちゃん、金髪だ! ふわふわロング!」


 野次馬に混じっていたいちかが、妾の顔を見るなり声を上げる。


「目の色も違う! すごく印象が変わったねえ」

「そうか。それで、ジョーカーを見なかったか?」

「さっきまで医務室にいたよ。この騒ぎで、こっちに来るんじゃないかな?」


 いちかの言葉が終わるより早く、ジョーカーがこちらに向かってくるのが見えた。短い後ろ脚で、よちよちと歩く黒いぬいぐるみである。


「ジョーカーお兄ちゃん! ……いや」


 立ち止まって妾を見つめるぬいぐるみを前に、妾は言い淀んだ。


「……やはり、ぬいぐるみ姿に違和感がありすぎじゃ! それではお兄ちゃんと呼べぬ。元の姿に戻ってくれぬか」

「はい」


 ぬいぐるみの輪郭が揺らぎ、大きく伸びて、妾を見下ろす長身の男の姿になる。背後で見ていたいちかが、「でかっ!」と悲鳴めいた声を上げた。


 妾はホッと息をついた。


「うん。これでこそジョーカーお兄ちゃんじゃな」

「はい、レジーナ様」


 無表情ながら、喜んでいると分かるのは、我々の付き合いがそれなりに長いせいであろう。


「記憶を取り戻されたのですね」

「ああ、お主には苦労を掛けた」

「とんでもございません、我が君」

「有難う、ジョーカーお兄ちゃん」


 背後で、「五十年くらい連れ添った主従みたいな空気感だね」という声が聞こえてくるが、妾はそれを無視した。


「至急、銀河帝国に戻らねばならぬ。案内してくれ」

「かしこまりました」


 ジョーカーは決して、妾の行動の理由を聞かぬ。妾が何を言い出そうが、何をしようが、その求めに応じて、妾の命令を完璧に遂行しようとするのみじゃ。後でゆっくり理由を話して聞かせようとは思っておるのじゃが、今はそんな従者らしさが、切実に有難いのである。






「……」


 雅仁たちが通う高校は、いかにもフィクションの世界における金持ち校というか、重厚な煉瓦造りを中心にした立派な建物群なのであるが、それが要塞めいた姿に変化し、しかも建物の半分が浮上して宇宙港と化しているのを見た妾の心境、といえば。


 妾、一瞬だけ呆けてしまった。


「これ、高校そのものが要塞化して、そのまま敵に体当たりするやつじゃな?!」

「実際、皇帝陛下が出陣なさった時は、ここから苛烈な要塞戦を繰り広げたそうですが」

「そうか……」


 高校が要塞化する。それだけで、最終回が近いことが察せられるというものじゃ。


 休日でもあるまいに、生徒たちの姿はほとんど見かけず、教員らしき人物が次々と行く手に現れては、搭乗ゲートまでの道のりを案内してくれる。


「最速艇で参りますが、宜しいですか、レジーナ様」

「うむ、そうじゃな……」


 ジョーカーに問われて、妾はしばし考えた。


 妾はまだ幼いが、銀河帝国皇族という立場ゆえ、何度か宇宙船に乗って他の星に表敬訪問を行ったことがある。幸い、ワープ航法に耐性があり、酔うことはない──というのは、皇族であれば必須の耐性として、遺伝子操作で最初から組み込まれておるのじゃが。


「最速で行くぞ」

「はい」


 発着ゲートというのは、実際は発着塔、というのが正しい。


 どこの高校に、このような塔が聳えているのであろう……地中にでも隠しておったのか? 金属的な光沢が煌めく段々を登って、流線形の美しい宇宙船へと、恭しく頭を下げる教員たちに見送られて、妾はとりあえず一切の思考を放棄したのであった。


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