第四十三話 妾、覚醒する②
無論、「ファイアリーソウルヒーローズ」では、このような設定は語られなかった。
銀河帝国陥落後、ヒーローたちは五つの機体に乗って戦ったが、その機体が帝国から運ばれたものだとか、そもそも地球が帝国領であったとか、そんな話は一切出ておらんかったのじゃ。
今、前世の記憶と今世の記憶の全てを取り戻してみて、創作と現実の違いを噛み締める。
当然と思っていたことが当然ではない。この世界に生まれて何度も体験したことだが、前提が覆される時は毎回、足元が崩れるような、目の前に新たな世界が広がるような、興奮と不安を同時に味わう。
(ナツメちゃん。妾、とうとう、「雅仁だけが黒詰襟でなく白ブレザーを着ている謎」を解き明かしてしまったのじゃ)
くっきりと蘇ったのは前世の記憶も同じ。本来、時系列に進むのが人生の記憶というものじゃが、妾は一斉に全てを思い出したものじゃから、印象深い記憶が我先にと浮かんでは沈み、鮮やかに蘇っては遠ざかり、脳内が混乱の極致にある。
消毒液の香りのする、白い部屋。看護士さんの手から伸びるチューブ。画面を見ながら笑っているナツメちゃん。窓の外に遠く浮かぶ儚い花火。流れ込むクーラーの風。
誰からも見られていないと思っている時にたまに見せる、泣いているような怒っているようなナツメちゃんの顔。画面の中で必殺技を叫ぶヒーローたち。名乗りを上げるゴスロリ姿の少女。
処理が追いつかぬ。
記憶と共に、感情まで蘇ってくるのじゃ。死の恐怖、別れの予感、悲しみ、苦しさ、希望……
ざわめき、脈打つ胸を押さえながら、妾は記憶の中のナツメちゃんに語り掛けた。
(あれほどモテる雅仁が、高校では全くモテていない理由も分かったぞ。あの高校が側近養成機関だと言うのなら、それは当然、新入生で入ったばかりの雅仁が生徒会長になるじゃろうし、生徒たちも校門の左右に分かれて朝夕お見送りもするじゃろう。ヒーローたちが全員あの高校の生徒だというのも、養成機関であるなら当然のことだったのじゃな)
語り掛けながら、じっと閉じていた瞼を開き、操縦席を見回した。
心なしか、周囲の色が違って見える。気のせいではあるまい──じゃが、何が変わったのじゃ?
その違和感の所在を突き止めるより早く、妾の耳元で通信機が音を立てた。
応答するより早く、目の前に映像が浮かび上がる。
「失礼しますよ。……その様子だと、しっかり記憶を取り戻したようですね」
「マーシュ……所長?」
「ああ、いいタイミングです。姫が記憶を取り戻し、周囲に誰もいない、そんな時を狙っていたんでね」
鳥の巣みたいな、モジャモジャの銀髪。しかし、今は前髪も丸眼鏡も払い除けて、素の青い眼を晒しているせいで、それまで抑制されていたふてぶてしさが前面に出ていた。
(……? 友好的な雰囲気ではないな)
笑ってはいるものの、どこか空気がピリついている。
妾はまだ混乱状態で、頭が上手く働いていなかった。咄嗟の判断を下すことも出来ず、夢うつつにつままれたような表情のまま、マーシュ所長を見返す。所長は気にした様子もなく、
「一方的に話させて貰いますよ。俺の弟、ルシアンのことなんですがね」
そこから始まった話は、まさに寝耳に水であった。
長いようで短い話。妾とルシアンが出会ってからの、たった数年間の物語である。
「──寿命が?」
「そう、これは俺の推測なんですが、あいつがこれまで費やした寿命は恐らく、二十年近いんじゃないですかね」
実際には近いどころか、すでに越えていたのだが、その時の妾とマーシュ所長は知らなかったのである。
「このままではあいつ、若死ですよ。ヴァスラム叔父よりはマシかもしれないが」
「……待ってくれ。そのヴァスラム叔父とやらが、妾を攫った犯人だというのじゃな?」
「そうですよ。ルシアンのやったことは、叔父のせいで、姫の為。そもそもが我々ラスシェングレ家の不始末ゆえ、皇女殿下には伏してお詫びせねばならない。それはそうなんですがね、己の為に成された犠牲を知らないままでいるのもどうかと思いまして。ルシアンには口止めされたんですが」
「……」
妾、信じられないという顔で、マーシュ所長を見た。
様々な感情が湧き起こる。恐怖、動揺、驚き、不安、そして……怒り?
「……ルシアンはどこへ行ったのじゃ」
震える手で、座席の肘掛けをぐっと掴む。
「銀河帝国へ。叔父と直接対決するつもりなんじゃないですかね」
「なるほど」
なるほど。
妾は眉を顰めた。
見た目が少年なので、知的で先進的な振舞いを期待しそうになるが、ルシアンはその実、古代専制君主もかくやとばかりの独断専行型のようじゃ。常に最善を取る。犠牲も厭わない。誰にも相談しない。盲目的に付き従う人々を導いて、神のように崇められる。そして、ひっそりと後継に全てを託して消えていく。そういう役どころじゃ。
「姫? ひょっとして、怒ってます?」
改めて、マーシュ所長に「姫」と呼ばれると、妙にイラッとくる妾である。似てないくせに、そこだけあまりにルシアンに似ているので。
「……妾に何を期待しておったのじゃ、マーシュ所長? 罪悪感のあまりに泣き伏して、ただ嘆いておれば満足か? そうではなかろう。無論、罪悪感ならゾッとする位に感じておるわ。じゃが、不安だの罪悪感だの、今は要らぬ」
必要なのは、冷静な怒りじゃ、と思う。
常にどこか遠くにいて、こちらを振り向こうともせぬ。そんなルシアンに、妾が届くためには。




