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挿話13 ルシアン・シュカ・ディルク・ラスシェングレの決断②

 実は、ラスシェングレ家は、雅仁を次代の皇帝として認めていない。


 表向きは幾らでもおべっかを使って、皇子である雅仁の顔を立てるくらいのことはする。だが、その裏の総意は「雅仁を後継者の座から引き摺り落とし、代わりにレジーナを傀儡の女帝に立てて、その王配となったルシアンが権力を振るう」というものである。優秀なルシアンならそれが出来る、と奴らは言う。


(何を勝手なことを)


 ルシアンは思うのだが、表立って親族たちを抑え付けたことはなかった。


 何しろ、ろくな生き残りがいないラスシェングレ家である。生き残った上、喜々として権力闘争に乗り込んでくる親族というのは、どいつもこいつも精神が捻くれて下劣なやつに決まっているのだ。相手にするだけ面倒くさい。


 ルシアンは確かに、その時点では観察者だった。


 レジーナに対しても、ただ観察する者の目線を貫き通すつもりだったのだ。それが出来なくなったのが、いつからだったのか。ルシアンにははっきりと分からない。そもそも、自分が恋に落ちたという自覚は今でもないのだ。


 だって、恋という感情は、誰かを欲しいと思う気持ちから発するものだろう。相手を追い掛けて振り向かせる為に力を尽くし、相手の心を得るごとに達成感と、深い喜びを得ていく。恐らく、それが世間一般で恋と呼ばれているものだ。


 対して、ルシアンは一貫して、レジーナは自分の婚約者であり、自分のものだという認識でいる。


 達成感などどこにもない。初対面から、彼女はルシアンのものだ。自分のものを守るため、彼は戦っているだけである。


 無論、年齢から言っても、児戯のような婚約ではある。万が一──ルシアンにはどうしても、その想像がつかないのだが、万が一、成長したレジーナが他の男性に心を移したら。そうしたら、四大公爵家最強の力を以て叩き潰すつもりだ。婚約者なのだから、自分のものに手を出す者を叩き潰して何が悪い?


「……どいつも、こいつも」


 問題は、レジーナに手を出す奴が多すぎたことだ。恋愛的な意味ではないが。


 全くの誤算である。レジーナの為に費やした寿命は、最初に契約の為に費やした寿命と合わせると、すでに二十年を超えるところまで来ている。


 銀河帝国は、生殖技術に関しては凄まじい進化を遂げたが、人の寿命を伸ばすことに掛けては上手くいっていない。今のところ、百四十歳がせいぜいと言ったところだ。若返りの技術は進んでいるので、健康寿命は保たれるが、元々短命な一族に関しては、今も短命なままだ。


 執事が絡まなくても、ラスシェングレ一族の寿命は平均して七十ほど。そのうちの二十年が失われたのだから、ルシアンが老人期に達することはもはやない。まだ壮健なうちに、彼はこの世を去ることになるだろう。


 レジーナを残して。


 それが、レジーナを失うことと同義だと気付いたのは、いつのことだっただろう。


 自分が、失ってはならないものを失い続けているのだと気が付いたのは。


 だが、その場に留まって心中の苦痛を反芻している間もないのである。観察者どころか舞台に乗せられて、スポットライトを当てられて疾駆する道化の役割を割り当てられている。自分で自分を笑おうとも、そんな余裕はどこにもない。


 そんな中で、シェイドナムに囚われた皇帝夫妻を見て、ルシアンが咄嗟に思ったのは──「羨ましい」だった。


 皇帝夫妻は、仮死状態にあった。皇妃を守ろうとしたのか、皇帝は妻をしっかりと抱き締めて、その姿のまま樹脂に閉じ込められたかのように固まっていた。時間が止まった悲劇の恋人同士のように。ルシアンにはそれが一瞬、理想的な最期のように見えてしまったのである。


 だが、実際のところ、ルシアンが心中願望のようなものに動かされることはないだろう。


 そうするには、ルシアンはあまりに現実的な性格をしていたし、それに今は、憎悪に突き動かされてもいる。


 そう、憎悪。観察者にはあるまじき感情である。






「……わざわざ喧嘩を売ってきたんだ、指先から順に刻まれても文句は言わないだろうな」


 靴底で踏み付けた小石が、じゃり、と音を立てた。


 それを仇敵のように睨み付けて、ルシアンは低く笑った。


「反逆罪などどうでもいいが、身内から罪人を出したとあれば、婚約者の立場が揺らぐ。その理由だけで、直接手を下すには十分だ。以前の僕だったら、馬鹿馬鹿しいと笑っただろうが……」


 もう、何が正気で何が正気でないのか、ルシアンには分からない。


 誰かの為に身を削る事は、妙に癖になるものだ。だんだん慎重さというものが取れて、違和感なく犠牲を重ねるようになる。


 人が痛みに慣れるのと同じように。


「……さっさと、叔父を殺してしまえばよかったんだ」


 地に伏して、泥と血に塗れさせ、情けない命乞いの声を上げるまで痛め付けて、絶望のまま息絶えさせてやろうじゃないか。そう思うルシアンの周囲で、金色の光が賛同するように揺れて煌めいている。


 行き先は銀河帝国皇城。


 ルシアンは踵を返して、目的地に向かって歩き始めた。まずは宇宙港、その発着地は雅仁たちが通っている高校の中に、ひっそりと隠されている。


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