第三十九話 銀河帝国の将来に不安しかないのじゃ
「やはり、リリスにはお菓子が似合う」
「仰る通りです、雅仁様」
「勿論、守の言う通り、肉だって似合うと思うぞ」
「その通りです、雅仁様」
「守、お前はいつだって、俺の言葉を理解して、意図を汲んでくれるな。今の俺があるのは、全てお前のお陰だ」
「雅仁様……」
「……」
妾、目の前の菓子の端を切り分けて、パクリと口に入れた。
(BLに囲まれて食べるスイーツは、不味いのう……)
不味いというより、気まずいと言うべきかも知れぬが。甘いもの、というか、くどくて濃厚なものを見せつけられているせいか、とにかく味がせぬ。まあ、これ、BLではなく異性カップルであったら、なおさらイラッとくる可能性が高いのじゃが──
妾は今、何をしているのか?
答え:今日もBLに挟まっているのである。
あれから我々は一時の休息を得たが、その間、この主従は毎日のように妾に会いに来ていた。暇なのか? そう、暇なのかもしれぬ……
逃走したシェイドナムは未だ見つかってはおらぬ。一応、発見するのも時間の問題だから、各自待機しているようにと申し伝えられておるのじゃが、待機=妹をBLで挟むことに決めたらしい、この二人は。
「ほら、リリスが一番好きだったウィークエンドシトロンだ」
「ウィ……ウィークエンド……何じゃと?」
その答えを聞くより先に、しっとりと砂糖衣のかかったレモン色の菓子を乗せた皿が、すっと目の前に差し出される。
ここはいかにも女子の好きそうな、こぢんまりした隠れ家のようなカフェじゃ。男子二人に幼女連れ、という謎の一行が登場した時は、あからさまではないにしろ、それなりに驚きの視線が向けられたものじゃが、こやつらはいかにも堂々とした態度で寛いでおる。流石、隙あらばデートに勤しんでおる連中じゃな。場数を踏みすぎじゃ。
なお、守は本当に肉にしか興味がないらしく、水しか飲んでおらんが、雅仁の前にはこぼれ落ちそうな山盛りのアイスとクリームを乗せたパフェが鎮座していた。それはそれで良い。それなりに似合うと思うのじゃが、妾はといえば、濃い目のエスプレッソの隣に、例のウィークエンドシトロン。
(記憶を失う前の妾……通すぎぬか?)
当然の如く、美味い菓子なのであろう。じゃが、こんなものを好む幼女七歳が本当にこの世に存在しておるのか? 妾、幻の存在だった……?
妾が無言でもぐもぐ食んでおると、
「それはそうと、リリス、地球防衛軍の主題歌を歌うつもりはないか」
唐突に意味の分からんことを言われた。
「……主題歌?」
「後期のオープニングソングが必要だと、軍の広報部に言われたんだ。リリスが歌ってくれるなら、ちょうどいいと」
「……」
いつの間にか、この番組も後半に入っていたのじゃな……
と思うには、すでにこの世界にどっぷり浸り切ってしまった妾である。これが現実である、という実感を得てきた今になって、唐突に突きつけられる謎の世界設定。そうじゃ、そういえばここ、ヒーローもの番組の世界であった……
「……いや、ヒーローものの主題歌を悪ののじゃロリが歌ってはダメじゃろう?」
「なぜだ?」
「なぜって……」
雅仁を見上げると、曇りなき眼が見返してきた。何一つ、己の言うことに疑問を持っていない者の目である。
(セイレスお兄ちゃんって……)
エルド教官の正体も全く見抜けていなかったし、妾のことも全く疑う気がないようじゃ。人の善性を突き詰めたような人格で、ヒーローとしてはそれで正しいのじゃろうが、いや、思った以上に正しすぎるな?
性格の捻くれ曲がった部下どもに囲まれておる妾、澄み切った目で見られると妙に居心地が悪いのである。
(リア充すぎて、人を疑う心を失ってしまったのじゃろうか……)
銀河帝国の後継者として、これで正しいのじゃろうか。しかも、人の話を聞かない守が皇妃候補? 銀河帝国の将来、今から不安しかないのう……
「地球防衛軍お墨付きのアイドルとして、リリスをデビューさせる案も出ている」
「……その話、悪の組織の広報部からも繰り返し打診されておる」
これまで、妾に「お仕置きソング」だの「お兄ちゃんソング」だのを散々打診してきた連中の顔を思い浮かべて、妾はうんざりとした顔になってしまった。
「ならばちょうどいい、両組織による同時サポートということで」
「全然ちょうどよくないぞ、お兄ちゃん」
「何か問題があるのか?」
「問題しかないが、強いて言えばゴスロリの破滅的退廃ソングをヒーローたちの主題歌にしようとする地球防衛軍の戦略に疑問しか覚えぬ」
「リリスは愛らしいから問題ない」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
ひょっとして、妾、悪人としか会話が通じぬ身体になってしまったのじゃろうか。
根っからの善人であるお兄ちゃんと話が成立している気がせぬ。
銀河帝国と自分の行く末を案じながら、妾は気を落ち着かせようと、レモンの香りが漂う菓子をもう一口、口に含んだ。
──ピッ!
通知音が鳴って、妾と雅仁たちの間の空間に映像が浮かび上がった。これは──地球防衛軍でも悪の組織からでもないな? どこからの通信じゃ?
「こんにちは。おくつろぎ中のところ、ちょっと失礼しますよ」
最初に目に入ったのは、もさもさに乱れて縺れた銀色の髪の毛じゃ。前髪が垂れ下がる両眼は小さな丸眼鏡に覆われて、さらにその奥のその表情が読み取れぬ。恐らく二十代、雰囲気的にはそれより老けて見えるのじゃが、多分そのくらいの青年じゃ。
「お知らせしたいことがあるんでね。お邪魔します。銀河帝国星間生命研究所所長、マーシュと申します。お見知りおきを」
無精髭の伸びた顎を掻きながら、その男はそう名乗った。




