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挿話11 ジョーカー・ノーサーダは敗北者と戯れる④

「保管用、観賞用、布教用の映像を確保した」


 さらに、銀河帝国の実家で待ちわびている面々に送ってやる分もそれぞれ必要だ。結婚式の中継を行っているのはMHCだけではないので、そちらの映像も同じように確保しなければならない。


「よし」


 指折り数えて不備がないことを確認するジョーカーを、床に座り込んだままの葉垣が、薄汚れて疲労の色が濃い顔に狂人を見る表情を乗せて見ている。


「流石はあのエルドの同僚だな。言動が理解できん」

「はあ? あのサイコパス不敬男と俺を一緒にするんじゃねえですよ」


 腹を立てたせいか、ジョーカーの言葉遣いがおかしなことになっている。


 黒縁眼鏡の奥から、ギロリと葉垣を睨み付け、低い声で恫喝する。まるっきりヤ◯ザだ。


「散々精神的に削ってやったのに、まだ足りねえみたいだな、おっさん。こうなったら、とっておきのネタを食らわせてやろうか。吐かずに食えよ」

「……何をするつもりだ」


 葉垣の顔に、警戒の色が滲んだ。


「くくく」


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、ジョーカーはどこからともなくアタッシュケースを取り出した。パカリ、と開いた中にぎっしりと詰まっているのは──


『総司令官室の不埒な夜』『因縁の獣─エルハガ最新作です!』『士官学校で生意気な後輩に教えてやろうと思ったら、逆襲(ぎゃくにおそわれ)されました!』『元総司令ツンデレアンソロジー』


「これなんかすごいぞ。ロボに乗った元総司令官がロボごと捕まってあんなことやこんなことになる。人間の想像力って凄えんだな、限界ってものがねえのか」

「?! ?! ?! ?!」

「大人気カップルらしいぞ。エルド攻め、葉垣受けでエルハガ。二人とも『葉』がついてるから葉重ねって言い方もあるらしい。無駄に風流だな。ちなみに業界最大手。募集を掛ければ五千席がまたたく間に埋まり、人気サークルの最後尾は遠く霞んで見えなくなる」

「?!?!?!?!」

「おいおい、何も理解できてないのか。仕方ない、一つずつ説明してやろう。あんたをいびるためだけに覚えた知識だ、しっかり活用しないとな」



 言うまでもないが、ジョーカーはどちらかというと悪人である。


 だが、この日に行われた凶行は、あまりにも(むご)たらしいため、ジョーカーの悪人レベルを極限にまで引き上げるものであった。人類の歴史に記録することなく、すみやかに消し去るべきであろう。たった二人しかいない当事者たちも、暗い牢獄の中で何が行われたのか、生涯を通じて口外することはなかった。


 ただし、その後の人生で、葉垣元総司令官は深刻なトラウマに囚われ、たびたび呟くことがあったらしい。


「……くっ、いっそ殺せ!」


 なお、葉垣元総司令官に最も深刻なダメージを与えた、一冊の本がある。


「これ、見てみろよ」


 薄い本の厚い重なりの中から、ジョーカーはするりとその本を抜き出した。


「執筆者、雨のヌメり子。エルハガ業界最大手、エルハガ神と呼ばれる存在だ」


 ジョーカーは最高の笑顔を浮かべてみせた。


 ちなみにジョーカーの笑顔とは、真夜中に出くわす仮面の男より怖いと評判である。


「この世俗においては、雨木副指令と呼ばれている」

「グハッ」


 葉垣が再び血を吐いた。


「いっそ……いっそ殺せ!!」

「いや、死なれたら困るんですよね。そろそろ精神的には死んだか? じゃあ、そろそろごっそり記憶を抜き出させて貰いますかね」






「おかえり、ジョーカー。お主、どこへ行っておったのじゃ?」


 レジーナの執務室に戻り、机の上によじ登ると、普段通りの(つまり、とても可愛い)主君が迎えてくれた。


 かつてのジョーカーは、遥か上から主君を見下ろしていたものだが、最近は振り仰いで見上げることに慣れ始めている。主君が巨大化したかのようで、なかなかこれも悪くない。主君の質量が増えるなら大歓迎だ(注:増えていない)


「仕事の都合で遠方におりましたが、レジーナ様の渾身の歌唱はしっかりと満喫させて頂きました」

「なっ……」


 ジョーカーは全く嘘をついていない。満喫したのは本当である。


 そして、主君を揶揄しているつもりも全く無い。ジョーカーは幼い主君の描いた落書きのクレヨン画を、国宝に指定するべきと真顔で言えるような男である。心から、結婚式における主君の熱唱は素晴らしかったと思っているのだ。


 だが、レジーナはがっくりと机の上に突っ伏した。


「妾とて……妾とて、祝いの席に相応しい軽やかな春の風のような歌を歌いたかったのじゃ」

「言葉は十分にポエムっておられるようですが」

黙れ(シャラップ)。妾、結局、強制力に勝てずに、あんなことに……うう」


 レジーナは度々、「強制力」という言葉を口にする。


 ジョーカーは首を傾げた。短い前脚をクッと動かす。


「レジーナ様は度々、強制力と口にされますが。度々不本意な言動を余儀なくされていると? ならば原因を特定し、レジーナ様の憂いを取り除くよう動きますが」

「ううむ、そう言われると……今のところ、実害は出ておらんような気がしなくもない……な?」


 レジーナの口調は曖昧である。


 誘拐の後、目覚めてから、レジーナはたまに自信なげな、あやふやな態度を取るようになった。過去の記憶も、未だにほとんど思い出せていないようだ。


 何より酷い、と思うのは、かつてのレジーナは「ジョーカーお兄ちゃん」とごく自然に呼んでくれていたのに、今は一切呼んでくれなくなったことである。


(くそ、早く記憶を取り戻して頂きてえ……)


 無論、実の兄妹でないことは、ジョーカーもはっきりと弁えているのだが。


 非常に分かりやすい事実だが、ジョーカーはかなり混沌とした人格の持ち主である。乱暴な口調と慇懃丁寧な言葉を切り替えながらも同時に喋り、善悪どちらにでも容易に傾き、レジーナに対しても、主君かつ妹に類するもの、という矛盾した考えを並列させて平然としている。主君であろうと妹であろうと性的関心の対象にはならないので、そこは一貫しているのだが。だが、他の部分には明確な線引きが存在せず、しっかりした境界線を持たないジョーカーだからこそ、幾らでも他者に化けて平然としていられるのだろう。得るべくして得たスキルなのだ。


 とはいえ、主君だろうが妹だろうが、ジョーカーはレジーナに「お兄ちゃん」と呼んで貰いたい。その親愛の響きが、共に積み上げた幼少期の思い出を喚起させるそれが、彼にとってはずっと、ご褒美のようなものだったのだ。


(……いつになるんだ)


 このまま忘れ去られるのだろうか。


 子供の成長に合わせて置き去りにされるぬいぐるみのような寂しさが、ジョーカーを襲う。


 そして、やり場のない思いを発散させるが如く、主君の知らないところで、ジョーカーの八つ当たりという名の悪事は続くのである。


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