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挿話10 ジョーカー・ノーサーダは敗北者と戯れる③

「友人代表として! 皆のアイドル、リリス皇女さまにお出で頂いています~!」


 MHCのレポーターが、喜ばしげに絶叫する。


(誰が「皆の」だ、お前らのじゃねえぞ)


 誰しもが「その反応でいいのか」と思うところであろうが、ジョーカーは真剣に、心の中で毒づいた。


 そもそも、いつの間にレジーナが「友人代表」かつ「アイドル」になったのか。だが、ジョーカーはそこには一片の疑問も差し挟まない。レジーナ様ならば、たとえ魅了スキルがなかったとしても全人類を容易く魅了して然るべき、なのである。



 画面の向こうで、どこかおぼつかない表情をしたレジーナが歩み出てきた。この輝かしい結婚式に見合うよう、純白の装い──と言いたいところだが、いつもの通り、漆黒ベースのゴスロリドレスだ。どんな社会通念も、その強固なキャラ設定を突き崩すまでには至らなかったらしい。


 だが、いつもより長く、フリルをふんだんに重ねたスカートに、複雑に編み込んだ髪に貴婦人然とした小さな帽子を乗せ、黒レースの手袋を嵌めて、幼女の愛らしさを残しつつも気品溢れる装いである。高く繊細な黒のハイヒールで、小悪魔の風情を添えているところがまた良い。


(素晴らしい)


 途端に強火オタクと化したジョーカーは、真顔で主君の晴れ姿に見入った。


「ええと……何故、妾がここに呼ばれたのか、未だに良く分かっておらぬのじゃがな。だが、まあ、その、三人ともおめでとう。幸せになるがよい」


(レジーナ様にこう言わせたんだ、幸せになれねえとは言わせねえぞ)


「それで、その……友人として、一曲歌えと言われたのじゃが」


 もじもじするレジーナ、これはもう全惑星人類にとっての家宝であろう。


 にこにこするいちかたち、続いて、招待席の最前列で拍手している雅仁と守が映し出された。守はいつも通りに鉄面皮の真顔だが、雅仁は満面の笑みで、画面に映し出されているのに気付くと、口の形だけで「頑張れ、リリス」と呟いてみせた。後方彼氏面ならぬ、前面兄貴面である。


「で、では……」


 レジーナがマイクを手に取る。


 突如として背後に現れたオーケストラ集団が、それぞれに金属部を輝かせながら構えを取った。一瞬、空気が張り詰めた後、いっそ荒々しい音が鳴り響く。



 ──♪♪♪


 己が罪に向き合え

 黒薔薇の棘に刻まれ

 夢うつつに醒める

 哀れなる下僕どもよ




「待て、どういうことだ?!!!!」


 正気を失っていたはずの葉垣が、あまりの衝撃に意識を取り戻した態で叫ぶ。


「めでたい場だろう、なんでこんな歌詞を歌い上げているんだ?!!」

「黙れ、レジーナ様の美声の邪魔だ」

「何故誰も突っ込まない?!!! 何を喜んでいるんだ!!!」


 葉垣の言う通り、見渡す限りの観衆は大喜びで、めくるめく熱狂に飛び跳ね、リリス皇女の名を絶叫している。



「うおおお、リリス様あああ」

「もっと呪って~!」

「踏み付けにして!! ヒールの踵でグリグリッてやって!!」



 このヒーロー世界における観衆どもというのは、概してノリが良い。それにしても、レジーナの邪悪な歌詞に対する心酔ぶりは異常のひとことである。


 ジョーカーはそれを異常と思わない側なので、恍惚とレジーナの歌唱に見入っているが。


「素晴らしいとしか言いようがない。幼さが際立つ甘い声に、破滅的で退廃的な歌詞を乗せ、祝祭の場を終末の審判の場の如く塗り替える、これが真のカリスマ。晴れ渡っていた青空すら、曇天と化して稲光が走っている」

「頭がおかしい奴しかいない」


 何故か、この世界の常識人が葉垣しかいない、と言いたくなるような状況に陥っているが、ジョーカーはそんなことはどうでもいい。


 主君が尊い。それが全てなのである。






 ジョーカーの母を、レジーナの養育係に選んだのはユディール皇妃だ。


 抜擢、と言ってもいい。それは別に、政治的な配慮などではなかった。もとから、ノーサーダ家が皇室第二子を扶育することは決定事項であったが、ジョーカーの母は血筋的には本流から遠く、一族の中では片隅に追いやられていた方なのだ。


 ノーサーダ家は知を尊び、学を重んじ、世俗的な価値からは距離を置く。だからこそ皇族に重宝されてきたのだが、精神的には擦れておらず、いっそ純朴と言えるような心の脆さを持つ者もたびたび生まれてきた。世俗的権力を追い求めて、何の感情も抱かずに子供という人的資源を量産するようなラスシェングレ家とは違うのである。


 生涯、知ばかりを追い求めた結果、子を成すことなく一生を終える者も多かったが、授かった子は大切にされた。ジョーカーの母もそうだ。その情の深さゆえ、生まれてすぐ娘を失った衝撃から、なかなか立ち直れていなかった。


 敢えて冷淡な言い方をするとすれば、皇妃はその嘆きに付け込んだのである。


 ジョーカーの母は、失った娘の身代わりとして、レジーナ皇女を深く愛した。レジーナに何かあれば、躊躇なく命をなげうって守っただろう。それが皇妃の狙いだ。ただレジーナを愛するだけではない、何かが起きた時、即座に命を犠牲に出来るほど愛着していることが大事なのである。


 ジョーカーは皇妃の考えを正確に読み取ったが、「なるほど正しい策だな」と納得した。どうしても守りたい者がいれば、そういう思考にもなるだろう。お陰で母の心も安定したことだし、皇妃には感謝すべきだ。それで皇妃に忠誠を誓おうとは特に思えなかったが。



 それより、ジョーカーは母の腕に抱かれたレジーナを見て、考えた。



 妹のようでいて、妹ではない。


 妹ではないが、ジョーカーの心の中で、妹が占めるべき場所にいる子供、それがレジーナだ。


 妹ではないが、妹のようなもの──


 それから、レジーナが成長していくに従って、ジョーカーは何度もそう考えた。


 それは深層心理に浸透するほど、何度も何度も。


 主君ではあるが、妹の位置にいる少女。妹の代わりだが、主君。限りなく妹に近いが、妹ではない主君。



 ジョーカーは今もそう考えているのだ。


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