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挿話9 ジョーカー・ノーサーダは敗北者と戯れる②

「こちら、たった今全世界に中継中の、葉垣ゆかり嬢の結婚式の映像です」

「うわああああ~!!!」


 ジョーカーは、初っ端からフルスロットルでトドメを刺しに行くことにした。




 情報分析の結果、葉垣元総司令官がいかに娘に対して素っ気なくても、父親らしい情を持っていなかったわけではないことは分かっている。葉垣の言動をある程度洗ってみれば、妻亡き後、女性らしく成長していく娘をどう扱っていいか分からず、不器用な言葉しか伝えられなかった男の姿が浮かび上がってくるのだ。


 葉垣なりに、父としてゆかりを愛していたのである。その愛情は、全く伝わっていなかったし、伝わるわけもなかったのだが。


 そのゆかりは、今、白いドレスにヴェール姿で、カメラに向かって輝くような笑顔を見せているところだった。


 元々キリリとした美人だが、その頬が軽く上気して緩み、幸福そうな目の煌めきが加わって、もはや天下無双の美女の出来上がりである。その威力たるや、この映像を見ている画面前の人々全てを腰砕けにすることが出来そうだ。


「MHCです! 葉垣ゆかりさん、ご結婚おめでとうございます!」

「ええ……有難う」


 レポーターにマイクを突き付けられて、ゆかりがおっとりと微笑む。


「葉垣さん……いえ、今日からは夏峰ゆかりと名乗られるとか。いちかさんの家に入られるということですか?」

「それは……三人で話し合ったのだけれど、アキには兄弟が沢山いるし、いちかは一人っ子だから、いちかの名字を残そうかと思って。私も一人っ子だけど……葉垣の姓に、もう未練はないから」





「グハッ」


 ジョーカーの見下ろす前で、葉垣元総司令が喀血した。


 この世の全てに絶望したようなその顔に、同情を覚えるような神経はジョーカーには無い。楽しげに画面を見守りつつ、


「何とも幸せそうな結婚式ですね。ほら、ゆかり嬢の付き添いとしてバージンロードを歩いてくれる親がいないから、ゆかり嬢に射撃を教えた先生役が一緒に歩いているみたいですよ」

「ぐうっ」

「決め手となったプロポーズの言葉は、いちか嬢の『一緒に新しい家族を作ろう』だそうです。号外にも出ていますよ」


 ジョーカーが薄い紙面を振ってみせる。


 その一面を飾るのは、身を寄せ合って幸福そうに微笑む三人の娘だ。


 大きな黒文字が踊る。曰く──「今日からは、元総司令官の代わりに、私たちがゆかりちゃんを守ります!! いちかさん(17)語る」


 結婚できる法定年齢に達していないのではないのか。それをこのヒーロー世界で突っ込むのは野暮というものであろう。


「ぐううう……」


 牢獄の床に突っ伏して、葉垣が呻き声を上げている。


 近づくと聴こえる程度の小さな言葉を、ぶつぶつと発しているようだ。


「違う、違うんだ、ゆかり、ゆかり……私は……私だって、お前の幸せを願ってなかったわけじゃない……」

「それはそれはお気の毒に」


 ジョーカーは、慇懃無礼の見本のような仕草で一礼した。


「この幸せそうな映像を見て、どうぞ心を癒して下さい。三人揃った結婚式、とても華やかで可愛らしいですね」


 祭壇の前に集まる三人の少女たちは、皆白いドレスを纏い、それぞれのカラーに応じた花を飾って、目と目を見交わしながら笑っている。降り注ぐ陽光の中、目にも眩い白に負けないぐらい晴れやかな笑顔だ。なお、いちかのドレス裾が比較的短いのは、「敵が乱入して来た時に迎え撃つため」、同じくゆかりは射撃の際に屈曲姿勢を取るためスリット入り、基本的に自ら動くことがないアキだけがクラシックなロングドレス姿だ。しかし、当然のようにそのドレスの内部には、ありとあらゆる発明ロジックが組み込まれているという……


 多数の人々が祝福のために集まり、空からも中継が行われるオープンウエディングは、もはや一種の祝祭のようである。


 片や、薄暗い牢獄で苦悩の声を上げる男。


(酷い対比だなあ)


 明らかにジョーカーが追い詰めた結果なのだが、彼は他人事のような目で葉垣を見下ろした。


 そもそも、ここまで葉垣を追い詰めたのはジョーカーではない。朽葉エルドである。


(この男、いっそのこと、もっと馬鹿だったら良かったんだろうが……)



 ありとあらゆるスキルに通暁したジョーカーだけが知っていた事実だが、朽葉エルドのスキルは、善人であればあるほど効く。魅了に近いものだが、盲目的に彼を信じさせ、エルドにとって不都合なことは考えないようになり、ひたすらに彼を慕うようになる。ジョーカーは思うのだが、底抜けの悪人だけが所持するようなスキルだ。人はそれを洗脳と言う。


 残念ながら葉垣元総司令官は、それなりに優秀な男だった。士官学校時代も優等生かつ模範生、融通は効かないもののその能力は誰しも認めるところであり、正義感も高かった。精神的には善人寄りだったのだ。そのままエルドに洗脳されていれば、何も波風立たず、こんな裏切りに手を染めることもなく終わったのだろうが、並の人間より高い精神耐性を持ち、優れた頭を持っていたがために、エルドの言動一つ一つに引っ掛かりを覚え、苛つき、見過ごすことが出来なかった。それが全ての元凶である。


 つまり、一番悪い奴選手権を開催するとすれば、エルドがぶっちぎりの優勝である。


(あいつ、レジーナ様から引き離したいんだけどなあ……獅子身中の虫だろ、あれ)


 思い返すとうんざりした気分になる。


(あれで地球人純血とか、嘘だろ。遺伝子操作もなく、たまに凄い化け物を生み出すから怖いよな、地球人って)


 幾ら便利なスキルに通じていようが、ジョーカーは、エルドに戦闘力的な意味合いでは歯が立たない。ルシアンならばエルドに勝てるだろうが、彼の能力は威力と代償の釣り合いが異常なことになっているので、彼に戦わせた時点である意味負けだ。冷静にそう分析できるだけに、一層腹が立つのである。


 レジーナの前では、何事にも動じません、という顔を作って取り繕っているが(そもそもぬいぐるみの顔では表情が作れない、というのはさておき)、最近のジョーカーは、思わぬ壁に阻まれ、自分の力では及ばないものに遭遇しては、己の非力さを痛感させられてばかりだ。何としても主君を守らねばならないのに、どうにも歯がゆい。


(くそっ)


 内心に毒づいた時、画面の向こうで、波打つように一際大きな歓声が上がった。


(おっ)


 ジョーカーにとっては一番の見せ場が始まったようだ。


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