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第三十八話 妾、フラグ建ては避けたのじゃが……

 召喚されたセイランは、きちんと服を着ておった。


 ……いや、真っ先に気にするところがソレか? とは言わんで欲しい。妾はセイランが「研究所の培養シリンダーに封じられて保管されている」とだけ聞かされていたのじゃ。培養シリンダーというのは、アレじゃろう。SFものでよく見る、緑色の液体がコポコポと泡を立てておるやつ。普段、じっくり考えてみたこともないのじゃが、あの緑色の液体、一体何なのじゃろうな?


 妾は結局、その状態のセイランを見ておらん。総裁(パパ)に研究所に呼び出されたにも関わらず、話を聞かされただけで終わったのじゃ。推察するに、おそらく「幼女の情操教育に悪い」と判断して、妾に見せないことにしたのであろう。セオリー通りに行くなら、あのシリンダーに入っておる者は大抵、服を着ておらんからな。


 ……何はともあれ。


 久しぶりに見るセイランは、いつも通り、胸元の大きくはだけた着物姿であった。露出した筋肉には幾重にも傷跡が走っており、それが痛々しく見えるどころか、どこぞの部族の飾り紋のようにも見える。本人の表情がふてぶてしいのも一役買っておろう。実際にはふてぶてしいというか、あまり何も考えておらんのじゃが。



「セイラン」

「……なんだ。誰を斬ればいい?」



 声を掛けると、ギロリと睨まれたが、思いのほか大人しい。ここが戦場であることを鋭敏に嗅ぎ取って、「騒ぎ立てずともすぐに斬れる……(喜)」みたいな心境なのであろう。妾の部下、本当に狂ったやつばかりじゃな?!



「お主の敵は、あの黒い機体じゃ。だが、生身で戦っても勝てる見込みはない。勝つために、お主はこちらの機体の剣となって、思うがままに振るわれるのじゃ!」



 妾、半分自棄のように声を張り上げた。



(言うことをきけ、セイラン!)



 何しろ、これまで全く妾の言うことを聞かなかった部下である。また逆らわれるかもしれん……胸の奥に、じっとりとした恐怖が溢れる。


 じゃが、セイランはすぐに頷いた。


「分かった」

「お、おう……」


 試作機が地に手をついて、巨大な手のひらを広げて見せた。すんなりとセイランがその上に乗って、上空に持ち上げられていく。


 それを見下ろしていたルシアンが、役目が終わったとばかりに降りてきた。



「剣は剣として使われることを好む。ようやくセイランの使い方が分かりましたね、姫」

「あ、ああ」


 セイランには言うことを聞かせられたし、ルシアンには褒められた(?)。やったのう、妾! という気分にならぬのは、どうしてなのじゃろうな……



 カッと光が生じて、それが収まった時、試作機の巨大な手の中に、それに見合った大きさの剣が生えた。


 とにかく殺意が高そうな、あちこちにギザギザした突起がついた剣である。全体的な形は、雷光をモチーフにしているようじゃ。試作機が構えると、細かな稲光が生じて、剣の刀身が煌めく。


 剣を構えたまま、試作機が飛んだ。身を起こそうとしていたシェイドナムを相手取り、すぐさま、熾烈な戦いが始まる。


 バシャバシャと跳ね上げられた海水が、水柱どころか水で出来た幕のように高く上がった。妾たちが濡れておらんのは、ひとえに守の盾に守られているお陰じゃ。自然と、守の後ろに寄り集まるようにして、巨大ロボ同士の戦いを見守ることとなった。


 ガキン!


 一撃を受け止める金属音が、重たい。


 妾、はらはらして見守っておったのじゃが、


「ヒーローたちの誰かを相手取るならともかく、凡人相手では、負ける要素がないでしょう」


 ルシアンがぼそりと呟く。


 裏切りは、金の力でねじ伏せられるらしい。


 ふと、視界の端に、ぽろぽろと涙を零しながら、まっすぐ戦闘を見つめているゆかりの姿が写った。まだ泣いておるのか……と思ったが、目に力が戻っておる。どこかで、心を吹っ切らせるタイミングがあったのじゃろう。もはや絶望に泣き濡れているわけではなく、泣きながらも背筋を伸ばして、残酷な結末を見届けようとしているようじゃ。


 その結末は、まもなく現れた。


 試作機の剣が、シェイドナムの額上を水平に切り裂いた。捉えた! とばかりに、セイランの剣が光り輝く。操縦席を覆う透明質なガードが砕けて、その奥にいる人の姿があらわになった。遠目じゃが、葉垣元総司令官で間違いないじゃろう。身体をくの字に曲げ、よろめきながら前に滑り落ちて、そのまま落下する。


 ただちに地球防衛軍の軍用機が降りて来て、まるで死骸の周りに集まる鳥のように、元総司令官を取り囲んだ。妾たちが手を出す余地もない。とても手際がよく、元総司令官を回収して運び出していく。


 これで……終わったか?


 と言うのは、一種のフラグ建てだと妾は心得ている。


 そう口にした途端、何も終わってはおらんことに気付かされるのじゃ。


 だから、妾はキュッと、バッテンうさぎの如く口を閉じて、何も言わないようにしていたのじゃが。



──キィ………ン



 何かが動いた。


 もはや活動を停止したはずのシェイドナムが、海中から身を起こそうとしておる。ぽっかりと開いた操縦席は空のまま、もがくように、そして何故か──妾の方に手を差し伸べたようにも見えた。


「何故?」

「まだ動くのか?」

「どうして……」


 緊張が走り、皆が身構えたが、身構える我らをよそに、シェイドナムは宙に飛び上がった。脚底から噴射を生じ、その熱と勢いで渦巻いた海水を散らしながら、向きを変えて飛び去って行く。


 それはもう、「逃走」という言葉が相応しい。全力のスピードで逃げ去っていくので、妾たちは戸惑い、反応が遅れた。


「……操縦者を失ったはずじゃが、どういうことじゃ? 逃したが、あれで良かったのか?」

「また会うことになりますよ」


 出来る部下らしく、ルシアンが冷静に答えてくれたのじゃが。


 その表情は、いつもとちょっと違うように思えた。なんだか……笑みが淡い? 一見儚げな美少年のくせに、その性格上、普段のルシアンからは儚さというものが感じられないので、このように憂いが篭った表情を見るのは初めてかもしれぬ。


「……ルシアン?」

「帰りましょう。しばらくセイランをお借りしますよ。もう少し強化できそうなので」

「あ、ああ。次に会う時は本格的に魔改造されていそうじゃな……」


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