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第三十六話 絶対に、合体技が打てぬという確信があるぞ

 アキに渡された滞空装置は、かなり面白い代物であった。


 靴底に取り付けて、勢いを付けて跳ねると、ふわっと身体が浮くのじゃ。空気の階段を登るように、そこから更に浮くことも可能。アキは五分間の制限付きだと言っておったが、五分間というのは案外長い。途中で効果が切れても、ゆっくりと降りていくことが出来る。


(楽しい……楽しいぞこれ)


 「これは慣らしているだけじゃから、遊んでいるわけではないぞ」という表情を貼り付けたまま、何度もぴょんぴょんと跳ねて浮かんでしまう。


 ぴょんっ……ふわっ ふわっ


(愉悦……)



 無論、遊んでおる余裕など実際には無いわけで、桟橋沿いの植林を滅茶苦茶に薙ぎ払いながら、シェイドナムが近付いてくる。


 こちらの最前列で待ち受けるのは守じゃ。何と言っても盾役じゃからな。


 黒い機体が動くたび、地面が揺れて、緊張が高まる。努めて冷静に、守の大きな背中を見つめていると、隣に立っていた雅仁が、妾に向かって囁きを落とした。


「なあ、リリス。今の俺とお前なら、合体技が打てるんじゃないか?」

「何を言っておるのじゃお兄ちゃん。あれは好感度が足りぬと……」

「俺はリリスを、妹として愛している」


 キリッ、という音が聞こえそうであるが、雅仁は大体いつもキメ顔である。緩んでいる時は緩んでいる時で、気怠げな色気が出るのだから勘弁してもらいたい。


「……試すだけなら良かろうなのじゃ」

「よし、やろう! 何なら、守も含めて三人合体技を……」

「それは絶対無理」


 妾に無理矢理お子さまランチを食べさせた男じゃぞ? 間違いなく妾の好感度は地を這っておる、それどころか地に潜っておるかもしれん。


(そういえば、ファミレスで金を払っておらんな。建物も壊されたし……じゃが、ヒーロー法もあることじゃし、手厚く補填されるに決まっておるか)


 思いっきり気が散ったまま、雅仁が差し出す手に手を乗せて軽く握り合う。


 お兄ちゃんの手が、とても大きく感じる。妾の手が小さいせいでもあろうが。少しかさついた感触が伝わってくる。お兄ちゃん、地球で戦いながら頑張ってきたのじゃな……



──星帝降臨



 ぶわっと身体が熱くなった。金の光が、妾と雅仁を中心にして広がっていくのが感じられる。


「何じゃこれ?」

「ステータス上昇(強)と魅了を兼ねた強化術です。対象は『臣民』全てです」


 耳元の通信機から、ジョーカーの声が言う。やはり、ジョーカーはグー◯ル先生より役に立つのう……いや待て、待つのじゃ。


「『臣民』とは何じゃ?!」


 しかも魅了込みじゃと?


「生涯、我が忠誠は雅仁様に……っ」


 盾を構えながら、守が叫ぶ。こやつはいつもこんな感じだから、大して違いが分からぬな。じゃが、テンションと力量が上がっているのは間違いないらしく、いつもは一つしか展開していない無形の盾が三つ四つと現れて、振りかぶってくるシェイドナムの巨大な手を弾き飛ばしていく。


「任せて! いいところ、見せたげるから!」


 叫ぶなり、飛び上がって軽快にシェイドナムの腕を駆け上がっていくいちか。遅れじと、雅仁が反対側の肩上に上がる。息の合った調子で、時には背中を合わせ、機体の関節部分、弱そうな部分を狙っては、剣舞のような斬撃を繰り出しているが、合体技は全く出ない辺り、なんとも徹底しているのである。お主ら、一応、同じ道場に通った幼馴染ではなかったのか。嫉妬深い嫁がいると、友人にすらなれんのか……


 などと、ヒーローたちの人間関係を観察している場合ではない。


 事前に警告されていた通り、シェイドナムが両腕を切り離して飛ばしてきた。黒薔薇の礫を飛ばして誘導し、鞭を使って軌道を逸らせる。


 アキがデコイを設置し、妾の誘導で爆破させる。そこまでは、まさに計画通りに進んだ。問題は、その後じゃ。


 失われた腕部分から、何かが生えた。


 ニョロっと、黒いものが這い出てくる。触手? いや違うな、あれは……鞭?


 しかも棘が生え、ところどころに膨らんだ蕾が、黒薔薇を咲かせ……って、妾の武器と被っておるではないか!


(え? 妾の武器? つまりこの黒い機体、本来は妾の乗るはずだったロボなのか?)


 冷や汗が滲む。妾、この機体を前に差し出されて、「さあ乗れ」と言われてもきっと拒んでおるぞ。全面的に不気味で、妙に禍々しくて、近付きたくない。


「む、鞭使いなら、妾の方が上じゃからな!」


 叫んだのは、完全なる虚勢である。


「私の方が上手いですよ」


 にこやかな声と共に、エルド教官が降ってくる。地球防衛軍の輸送機から飛び降りたらしく、役目を果たした輸送機が向きを変えて飛び去って行くのが見えた。


 相変わらずの胡散臭い笑みを向けられて、妾は……腹が立った。



「毎回毎回、遅れて登場するのは止めんかのう?! どうかと思うぞ! 悪癖じゃぞ、本当に!」

「あはは」



 毛を逆立てた猫を宥めるかの如く、「すみませんねえ」と微笑まれたが、妾の好感度は日々低下中なのである。無論、我々の間に合体技が発現する兆しなぞ微塵も無い。


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