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第三十五話 ごく自然に正義の味方とパーティを組んでおるのじゃ

 それは、漆黒の機体であった。


 ただ、顔中央部だけが十字形に白い。その顔がまた、いかにも機械じみたパーツが組み合わさった中で唯一、人の手で捏ね上げられた石像のような滑らかさで、何とも言えぬ禍々しいシュールさを醸し出していた。子供が泣き出しそうな顔じゃ。


(ヒーローもののロボの顔は、子供が泣かぬよう細心の注意を払って作られておるはずじゃが……)


 悪役にしても、妙に生理的嫌悪感をそそる見た目じゃ。


 さらにガラスが破られて、ロボがその割れ砕けた空間に目を寄せてきた。双眼は白い瞼で閉ざされていたが、その上にそれぞれ二つの細い亀裂があり、それが薄く開いて赤く光る目を覗かせた。


(ひええ)


 怖いぞ! 見た目が!


「……! ……!!」


 軋るような機械音が発せられて、さらに奥に蠢こうとした黒い指が、見えない空気の盾に弾かれるようにして止まった。守の発動した盾技じゃ。


 さっきまで武器など携帯しておらんかったはずの守じゃが、どこから取り出したのか知らぬ、今は身に余るほどの大きな盾を構えている。他のヒーローどももそれぞれの武器を抜き放っていた。


「雨木副司令! あれが何か、分かりますか」


 雅仁が通信機に向かって呼び掛けている。


 答えたのは、低く冷静な女性の声じゃ。離れたところにいる妾には、途切れ途切れの言葉だけが漏れ聞こえてきた。


「葉垣元総司令官が、拘束牢から逃走……押収資料から、とある人型兵器の秘匿に関わっていたことが判明……それは……ゆえに」


 片耳でそれを捉えながら、同時に妾は、ジョーカーを含めた本部の通信網を立ち上げていた。


「ジョーカー! 他の者も、聞こえるか? 今、MHCで報道されておるはずじゃが、謎の機体が現れた。敵対行動に移りそうなのじゃが」

「……お待ち下さい。……識別いたしました。先日発見されたばかりの、葉垣元総司令が隠匿していた機体ですね。識別名は、『シェイドナム(仮)』とされています。搭乗者はおそらく葉垣元総司令でしょう」


 ジョーカーの声に被せるように、ルシアンの声が聞こえてきた。素っ気ない声で、必要な情報のみを伝えてくる。


「こちらで用意していた対抗兵器を持って行きます。姫とその場にいる者たちで、到着まで二十分ほど持ちこたえて下さい」

「二十分……」


 ちょうど番組一回分、耐久戦のドラマで費やすという、よくある展開じゃな。


 実際に経験してみると、何とも胃が重くなるような話じゃが。


「分かった。……がんばる」

「頑張って下さい」


 ルシアンの声が途絶え、再びジョーカーが言う。


「操縦席はおそらく額部分に位置しています。狙いはそこに」

「了解」


 短く答えて周囲を見渡すと、ヒーローたちがそれぞれの感情が篭った顔でこちらを見ていた。いちかは戦闘前の静かな気迫の篭った顔、アキは普段と変わらない生真面目な真顔、ゆかりは泣き腫らした目に、新たな絶望が押し寄せてくるのを見た顔をしておる。ちょっと気の毒に思うが、あいにく、今は優しい言葉を掛けている時でもない。


 妾が歩み寄ると、雅仁は僅かに表情を緩めて笑った。


「リリス」

「お兄ちゃん。それに、皆も。共闘するぞ」


「ああ、任せてくれ」

「雅仁様に従います」

「レジーナちゃん、頑張ろうね!」

「興味深い戦闘になりそうです」

「お父様を……止めなくては」


 共闘が結ばれ、妾の「皇女の威光」が発動する。一度やったことのある流れゆえ、戸惑うこともなくスムーズである。


 ……あれ?


 妾、いつの間にか、正義の味方の追加戦士的な立ち位置になっておらんか?





 ちまちま窓を壊すのに飽きて、ファミレスの建物そのものをクシャッと潰そうとする黒いロボを誘導して、妾たちは湾岸沿いに移動した。


 途中で地球防衛軍の輸送機が飛んできたので、妾もしれっとした顔で同乗させてもらう。今、葉垣総司令官の裏切りから始まる一連の騒動により、地球防衛軍の内部は大荒れ、指揮系統も滅茶苦茶なことになっておるはずなのじゃが、その割には乱れが感じられず、機内で状況を説明する雨木副司令の声にも動揺の色はない。


(……もしかして、葉垣総司令官、あんまり役に立っておらんかったのでは)


 妾が邪推してしまう位じゃ。


 なお、空中投影像として見た雨木副司令は、落ち着いた年代の眼鏡女性であった。なんだかとても有能そうな女性じゃ。ますます、葉垣総司令官不要説が印象づけられてしまう。ゆかりが気の毒じゃから、口に出して言うことはないのじゃが。


「このまま、湾岸沿いで対決します。目標は額上の操縦席の破壊、敵対搭乗者の確保です。搭乗者の生存まで条件に加えるのは困難かと思われますので、生死は問いません」

「……っ」


 後部座席でゆかりが息を飲み、いちかに背中を撫でられている。


「押収資料の解読を急がせていますが、どうやら、両腕が外れて飛ぶようです。飛んだ腕は目標を追尾しますが、当たった場合もしくは一定の距離で帰投する設計です」


 自動帰還型ロケットパンチじゃな。


(被害が大きそうじゃの)


 ヒーローどもに当たらなくても、周辺の高層建築群を壊し放題であろう。そもそも、我々の後ろをついてくる「シェイドナム」が、無数の建物を打ち壊し橋をへし折り車を押し潰しながら疾駆している時点で、計り知れない損害が出ている気がするのじゃが……


「あのような巨体と戦うのは初めてだ。最小限の被害に留めたいな」


 あまりにも説得力のない台詞を、雅仁が真顔で言っておる。


 ヒーローたちがうんうんと頷く。


 妾はただ、静かに、眼下の光景(破壊活動中のシェイドナム)から目を逸らした。


「巨大ロボ……存在したんですね。海上戦のデータを取りたいところなのですが」


 窓の外を見ながら言うアキの顔は、一見、普段と変わりないのだが、よく見ると目が輝いている。今になって妾は思い出したのじゃが、この娘は発明マニアであったな。


「五分ほど滞空できる装置を渡しますので、それぞれ靴に装着して下さい。是非、この貴重な機会を逃さないように。そうですね、他にも開発した兵器がありますのでこれを試行機会に……」


 次々と持ち出される無骨な機器の数々。


 口には出さぬが、実はこの状況を楽しんでおる者、アキ以外にも何人かいそうじゃな。


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