第三十四話 結婚しよ? ……ではない!
当然のように帰してもらえなかった妾じゃが、隣に守、向かいに女子三人組が座っておるという、新たな地獄を味わっておる。いわば、地獄のステージが上がったような感じじゃ。
(どうしてこうなるのじゃ?)
席替えして、同じテーブルにやってくる女子組の考えが分からぬ。そちらはそちらで、悲しみを分かち合うのに忙しかったのではないのか?
じっと見ていると、顔を上げたいちかとバッチリ目が合ってしまった。いちかがにっこりと微笑む。
「レジーナちゃんも、私たちと結婚しよ?」
分からぬ。こやつらが何を考えておるのか、全然分からぬ。
かろうじて、最近どこでも確定的に「リリス」呼ばわりされておるのに、出会い頭に妾がそう名乗ったからであろうか、「レジーナ」と呼んでくれているのは好感が持てる、かもしれぬ。
「この国では、重婚は禁止されておるのではなかったか?」
「ハーレム認定されたヒーローたちに限り、重婚可能っていう法律があるんだよ! 皆、ハッピーエンドが好きだからね!」
……大丈夫じゃろうか、この世界の倫理観。
ヒーローどもに自由を与えすぎではないか?
「……お主ら、ハーレム認定されておるのか?」
「うん、ゆかりちゃんのハーレムだね。皆、ゆかりちゃんが大好きだから」
曇りなき眼で言うことじゃろうか。
その隣に座っておるゆかりが、闇堕ちしたまま頬を赤らめるという器用なことをしているが、それは見なかったことにする。
なお、この世界では、同性婚は全く問題とされておらぬ。おそらく銀河帝国の影響であろう。生殖技術が進みすぎた結果、どんな人間、どんな性であろうと、金さえ積めば我が子が得られるからの。帝国の後継者である雅仁が堂々と守といちゃついていても、同性という意味合いではまるで批判を受けておらぬ。
地球の技術はまだそこまで行っていないが、確実に影響は及んでいる。今後、帝国の如き遺伝子操作が許容されるかどうかは……まだ分からぬな。銀河帝国は一時、金持ちどもが大量にクローンを作って暗黒大戦と呼ばれる戦争を引き起こした歴史があるくらいで、それなりに重たい経験を積んでおるからのう……
(いや、現実逃避している場合ではなかったな)
妾、もう、なんというか、ヒーローどもに関わっているのが面倒くさい。
こやつら、まとめて回収してもらいたいものじゃ。
「……ジョーカー」
他の奴らに聞こえないよう、こっそり声をひそめて、耳たぶに付けられた通信機に向かって囁く。
悪の組織本部にいるはずのジョーカーから、即座に返答があった。
「はい、レジーナ様」
「今すぐMHCにタレ込め。◯◯町のファミレスに、ヒーローどもの大半が集結していると」
今、こうしてヒーローどもが集まっていて、それが全世界に放送されておらぬのは、家出中の守が行方を知られぬようにと、実況機を切っておるかららしい。妾は知らなかったのじゃが、どうしても見られたくない時は実況機を切る権利があるらしいのじゃ。
(じゃが、報道されてしまえば、すぐに雅仁が気付くじゃろう。まるっと回収されてしまえ)
「かしこまりました。ただちに」
ジョーカーの返答があって、妾は通信機を切った。
そのまま座して待ち、店の外が何やらざわめき出した頃合いを見計らって、何も気付いておらんような顔をして手洗いに立つ。
そっと壁越しに様子をうかがうと、そこにはもう、妾が到底割って入れぬような(入りたくもないが)濃厚なドラマが展開されていた。
「守。聞いてくれ。俺がお前のハンカチを使わなかったのは、俺にとって大切すぎるからだ。お前が俺のために用意してくれるもの、一つ一つにお前の想いが篭っている。本当は全て、どこかに永久に保管しておきたい。俺のものだと、仕舞い込んでおきたいんだ。ハンカチも……お前のことも」
「ま、雅仁様……」
(うわあ……)
妾、鳥肌めいたざわつきを抑えるために、自分の身体をぎゅっと抱いた。
実の兄の口説き文句が濃すぎる件。しかも、周囲にはMHCの報道陣が勢揃いして、野次馬たちの目線も熱い。そんな中で、誰に見られていようとまるで気に掛けず、愛を確かめ合う二人。
(一生、よそでやっておれ、なのじゃ)
妾は帰るぞ。
これ以上、頼んでもおらんお子さまランチを食わされたり、ハーレムの一員に数えられたりしてはたまらん、なのじゃ。
つんと顎をもたげて、妾が人波を迂回して出口に向かって歩き出した、その時である。
ガシャン!
耳障りで硬質な音が響き渡った。
それから、バリバリと何かを砕く音。メキョッ、ガチャ、バリバリバリ……
「キャー」「な、何?!」「あれは何だ?!」
野次馬どもの悲鳴が交錯する中、ファミレスの前面ガラスがひび割れ、砕けて飛び散る。巨大な黒い指が突き出され、蠢いて、どんどん亀裂を広げていく。
指一本で、人の胴体より太く大きそうに見える。金属光沢のある人工の指じゃが、きちんと関節が動いているらしく、器用にガラスを掴んでバリッ! と破った。その指は巨大な手首に繋がり、その先に覗き込むようにする巨大な機械の顔面が見えて……
巨大ロボじゃ。
あるいは、有人型人型兵器?




