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第三十三話 なあ、妾、帰っていいかの?

 結局、何が起こっているか理解し切れぬうちに、吉影守にファミレスに連れて来られた妾である。


 ……ファミレスじゃと?



(普通の男子高校生のような真似をしおって……いや、高校生ではあるのじゃが)


 普通の高校生、とはとても言えぬじゃろう。ヒーローたちの一員であることを抜きにしても、その年にしては濃すぎではないかのう? 色んな意味で。いっそ目の前で魚を捌いて鮨を握り始めるとか、異次元のような料亭に連れ込まれるとか、そんな展開の方がまだ、妾としては納得が行ったのではないかという気がするのである。



(それにしても、妾たち、周囲から浮いておるのではないか)


 明るく賑やかな空気の中で、落ち着かず身を縮めてしまう。


 藍色の着物姿の青年に、黒髪ツインテールのロリ。一見兄妹のように見えるかもしれぬが、それにしては堅苦しく、余所余所しい空気が流れておる。


 客に目を付けられて、「あ、ヒーローがいる!」とか「渦中ののじゃロリだ!」などと叫ばれておらんのは良いことなのじゃが。ファミレスの良いところは、皆、雑多な雰囲気の中でそれぞれの楽しみに集中していて、あまり周りを見ておらん、ということじゃな。


 と、周囲を見渡して一息ついておったのじゃが。



「お子さまランチ一つ」

「待てい!!!」


 妾が止める間もなく、注文完了を知らせるピッという音が響いた。


 こ、こやつ……!


 暴君か? 従者のくせに、妾に一言も相談なく、妾の希望も聞かずにお子さまランチを注文する吉影守。こやつ、滅殺されたいのか?!!



 凄まじい殺意を覚えた妾、守をギリギリと睨み付けたが、奴はステーキ肉のグラム量を比較検討することに没頭していて妾の視線に気付いておらぬ。


「ドリンクバーはどういたしますか、姫」

「むしろそっちじゃなくてお子さまランチの方を問え!!」

「お子さまにはお子さまランチでは?」

「お前の頭、ゆるいのかカッチカチなのか、どっちなのじゃ。どっちでもないまっとうな人生を歩んでみようという気はないのか」


 別に、妾がお子さまランチが嫌いというわけではない。問題は、こやつの暴走っぷりである。


「お主、ひょっとして、常に忠義者のような顔をして、雅仁の言うことも全く聞いておらんのではないか?」

「時には主君の耳に痛いことも申し上げなければならぬ、それが真の忠義というものです」

「いかにもそれらしい顔をして言っておるが全然そんな話では無いからな?」


(こやつ……想像していた人格とは随分違うのう)


 溜息をつきながら、運ばれてきたお子さまランチに手を付け始めた妾である。じゃが。


「それでは肉が足りないな。もっと肉を食べろ」


 唐突に肉を食わせる奉行と化した守が、今までの慇懃な口調をかなぐり捨てて、妾の皿にステーキ肉を移してくる。こやつめ! 妾はとっさに「封土開始(ドミネーション)!」と叫んだ。妾の目の前に置かれた皿、その周囲含め三十センチほどの範囲に、不可侵の魔法結界が展開される。


「な、何だと……?!」

「ふん、妾の皿に勝手な真似をするのが悪いのじゃ。立ち入るでない!」

「だが、雅仁様の妹君の健康を守るのは、私の役目です」


 決意に燃える黒茶の瞳が、妾を見据える。


「その結界、破ってみせましょう……! 破られてもお怒りにならぬよう、どうぞご寛恕を」

「お主は防御特化型で、攻撃力は女子組にも劣るではないか。精々自陣地に引き篭もって、自分のステーキ肉を満喫しておれば良いのじゃ」


 こやつのステーキ肉に黒薔薇の棘をぶすぶす刺して滅茶苦茶にしない辺り、妾、とても優しいと思うのじゃ。


 どのみち、この場に武器だの盾だの持ち出して、本格的な戦いを始めるわけにもいくまい。そうなると、小器用な呪文が使える妾の圧倒的勝利である。


「くっ……!」

「ふははは、力量の差を思い知ったか」


 滅多に強キャラらしき空気を醸し出せぬ妾、久しぶりの勝利にご満悦である。



「いいわね……楽しそう」

「ゆかり、しっかり……!」

「私も子供の頃は意地も張らず、無邪気に笑っていたわ……お父様の裏切りも知らず……あの頃に戻りたい」

「ゆかりちゃん!」



 妾の背中越し、隣の席から、何やら不穏なやり取りが聞こえてきた。


 妾の笑いが止まった。頬がひくつく。


(この声は……)


 振り向くと、そこには黒い塊があった。


 いや、違った。黒い塊に見えたものは、心身の闇に覆われて今にも闇堕ちを起こしそうなほど憔悴した葉垣ゆかりである。いちかとアキがその両隣に座って、ひしっと抱き締めんばかりに介護……慰めている。


「ゆかりちゃん、嫌なことは一旦全部忘れよう? 何だったら今後、私とアキが全部面倒見るから! 結婚しよ?」

「そうですよ、ゆかり。結婚すればそれで解決です」

「あんたたち……ほんと、馬鹿ね……」


 相変わらず、女子組は女子組で何かがおかしいのである。


 妾、しばらく無表情でその様子を眺めていたが、ギギッと機械的に守に向き直り、力なく尋ねた。


「なあ、妾、もう帰っていいかの?」


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