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第三十二話 BLに挟まる妹、それが妾

 何故、こんなことになったのじゃ?


 何度考えてみても分からない。


 そもそも妾の思考力が、この状況について行けているのか、はなはだ疑問である。


(妾、夢を見ているのではないか?)


 そう思えたら、どんなに良かったか……




「リリス、こっちを向いてくれ」


 左側に陣取って、女性という女性をぐらつかせ絡め取る夢魔めいた美貌に、親愛の煌めきをたっぷりとまぶし、妾に極上の笑みを向けているのは、雅仁──セイレスお兄ちゃんである。


「リリス、お菓子ばかりでは栄養が偏るだろう。肉を食べなさい、肉を」


 右側から、にこりともせず、しかし案外柔らかい声音で、妾に話しかけているのは守。言わずと知れたセイレスお兄ちゃんの彼氏……いや違った、いや違わないのじゃが、乳兄弟殿である。


「守、野菜も食べさせた方がいいのではないか?」

「肉は全てを解決する。それが我が家の家訓です」

「そうなのか、分かった。リリス、肉を食べなさい」

「い」

「い?」


 いやじゃ!!!!!!


(妾、BLに挟まる妹になりとうない!!!!)





 どうしてこうなったのか。


 今でも良く分からぬが、事の起こりを振り返ってみるとすれば。最近、何かとざわついていた我ら悪の組織に、ある日堂々と敵陣営の人物がやってきたのが端緒であろう。


「リリス姫に、お目もじ(つかまつ)りたい」


 かっちりと古風な言い回しをする、藍色の着物姿の青年。どことなく、見覚えがあるのう……などと、悠長に観察している場合ではなかった。


「吉影守?!」

「はっ、姫の兄上の守役を拝命しております。守とお呼び下さい」


 仏頂面にも見える頑なな表情を少し動かし、目元を和らげておいて、「リリス姫は、僭越ながら我が妹君と思わせて頂いておりますれば」などと言われても、全然心が休まらぬのである。


(その見た目で唐突な訪問……道場破りかの?!)


 そんなわけがない。悪の組織は道場ではないぞ……と、妾が思い返すより早く、守は重々しく述べた。


「雅仁様と諍いをいたしました。本来、実家に帰らせて頂くところですが、雅仁様は実家の道場で共に寝起きしておりますので、ここは雅仁様の妹君であるリリス姫のもとに匿って頂けないかと」

「え? 気安い? 気安くないかの? 妾が妹かどうかはともかく今はまだ敵同士なのじゃがな? お主、見た目がやたらかっちりとしている割には思考が柔軟じゃな? 柔らかすぎない?」


 動揺させられた妾、頭に浮かんだことをそのまま喋ってしまった。


「この機に、義理の兄妹となるリリス姫と誼を深めるのも良し、と判断いたしました」

「前から思っていたが、良き『嫁』にならんとする意思が強すぎるな?!」


 す……と差し出された高級菓子の包みを見ながら、妾、なんとか冷静になろうと試みた。


 守のことは、正直、何とも思っておらぬ。セイレスお兄ちゃんの嫁、という見方しかしていない。というか、それしかできぬのだ。本人が完全なる雅仁至上主義で、それ以外のことは何も考えていなさそうだ、というのも大きい。雅仁から離れて、突拍子もない行動を起こすような人物には見えなかったのである。


「むむ……そもそも何で、お兄ちゃんと喧嘩をしたのじゃ?」

「雅仁様の手回り品を誂えるのは私の仕事なれば、日々、アイロン掛けしたハンカチをお入れしていたのですが、昨日、ピンクの渡したハンカチを使って汗を拭っておられましたので」

「……は?」

「あの女狐のハンカチを使って、私が心を込めて用意したハンカチは使って頂けないとは……このような屈辱、到底耐え凌ぐわけには参らず」


 言っているうちに感情が昂ってきたのか、ギリ、と歯噛みして顔を歪める守。正直こわい。なるほどこれが、嫉妬に狂った嫁の顔、というやつか……


(いやいやいや)


 妾、この展開、どこかで聞いた覚えがあるぞ。




──覚えてるでしょ、伝説の「ハンカチ回」を。雅仁様が、いちかが渡したハンカチを使ったせいで、『私が用意したハンカチではなく、ピンク女のハンカチをお使いになるとは! 実家に帰らせて頂きます』って言って守が家出しちゃった回。


──待って、そんな意味不明回あった?





(あったわ)


 あった。じゃが、それが何故、今起きるのじゃ。



 妾のうっすらぼんやりとした記憶を占める、前世の友との会話。


 誰だか思い出せぬ友が、やたらと興奮して語っていたあれ。


(まさか、そんなどうでも良さそうな箇所が、こんなところで伏線回収されるかのう?!!!)


 妾、震撼した。


(……と、いうことは)


 友の言っていた「至高の神回」が、これから展開されるのであろうか。「夫らしい悠然とした態度」の雅仁が、守を回収しに来ると? 悪の組織に?


「……とりあえず、外に出ぬか」


 ある層の者たちにとってはご褒美であろうが、妾にとっては褒美でも何でもない。とても面倒そうじゃし、身内の痴話喧嘩に巻き込まれてそれを強制的に見学させられるとか、最悪ではないか。せめて場所は選びたいもの、巻き込む者の人数を減らしたいものである。


 そう思っていた矢先、


「おや、レジーナ。お出かけですか」


 守を連れて外に出ようとした途端、一番会いたくなかった者と擦れ違ってしまった。


 エルド教官の視線が包帯越しに守に向けられて、妾は惨劇の予感に打ち震えた。


(ほら、何も考えず、迂闊に悪の組織にやって来たりするから! こうやって、刺激の強そうな再会とかが起きてしまうではないか!)


 妾、惨劇とまではいかずとも、愁嘆場くらいは覚悟したのであるが。


「お久しぶりです、エルド先生。お元気そうで」

「ええ、貴方も元気そうで何よりです。レジーナとご飯ですか? はい、お小遣いですよ」


 きっちりと頭を下げ、挨拶を交わす守。にっこり笑ってお金と飴を渡してくるエルド教官。


 ……いや、ここで求められる反応はそれではないのでは?




「お主ら、思考が柔軟すぎるのじゃが?!!」


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