挿話7 マーシュ・ディル・ディルク・ラスシェングレの覚書②
「執事たち」は、星間生命体の一種であるとされている。
人智を超えた存在。
マーシュもかつて、一族に生まれた義務として、契約の間で彼らと向かい合ったことがある。その時、骨身に沁みて思ったものだ。何を考えて、先祖は、こんなものと契約したのだろう。
だって、どうしても手が届かない。存在の次元が違い過ぎる。頭の中に直接手を突っ込まれたかのように混乱して、発狂死しないでいられればそれだけで幸運というものだ。全身の細胞が叫んでいる。逃げろ、逃げろ、逃げろ──
マーシュは五年の寿命を犠牲にするだけで逃げおおせた。なかなか優秀な方である。
その時点で後継者の道から外れて、以後は気ままに生きていけるはずだった。正気を保てたことこそ、彼の強運をあらわすものだ。かろうじて生き延びたものの、その後の人生を抜け殻のように送った一族の者は沢山いるのだから。執事たちのことなど忘れろ。忘れるべきである。あんなに恐ろしい、人智から隔絶された、見事で、残酷なモノのことなど──
(結局忘れられなくて、研究者になっちまったけどな)
狂わされた、という自覚はある。
ルシアンが試練を終えた後、まるで変わらない顔をして「十三年の寿命で契約しました」と報告してきた時、落雷に当てられたかのような衝撃を覚えた。あの経験をして、狂っておらず、トラウマも受けていないだと? それこそどこか狂ってるんじゃねえか?
その気持ちは、何とか表に出さずに抑え込んだが。
今は、別の意味で、ルシアンにこっそり同情している。
誘拐された皇女が見つからず、しばらく時間が経過した時。いきなり通話してきた末弟の顔を覚えている。
表情が無くなっていた。そこだけぽっかり空白が空いたように、印象の定まらない顔で、「皇女殿下に付き従わせていた執事に動きがありました」と言ったのだ。
「付き従わせていた? 執事は絶対に、お前以外には付かない存在だろう?」
「そう命じました」
ルシアンは言うが、それは言うほど簡単なことではない。
マーシュはルシアンほど、執事の生態に通じているわけではないが、それが完全な契約違反であることは分かる。
「お前、まさか、追加で寿命を支払って──」
「皇女殿下に生命の危機が生じたようです。執事が代わりに代償を受けました」
「いや、代償って、それ」
執事ではなく、お前が支払うやつじゃねえか。
その言葉は、ルシアンの完全に無表情な瞳を見たら、音にならずに消えた。
悪寒が止まらなかったが、マーシュは末弟を見習って堪えた。
「ヴァスラムが拠点にしているのは、この五箇所ですね」
映し出した地図を点滅させながら、ルシアンが言う。
「特にこの場所の周辺では、巨大な人型兵器の姿を見たという証言が相次いでいる。地球防衛軍の総司令官が揉み消していたようですが、それが無くなったので、今後は広く伝わるでしょう」
「巨大な人型兵器って、帝国に長く伝わるお伽噺のようだな」
「真実の一端を含んでいると思われます。恐らく、お伽噺のように、人型兵器はダイアモンドによって目覚め、皇族の血によって動く。だが、レジーナ皇女から採血しようとしても、執事が護りますので」
「それで皇帝陛下と、皇妃殿下というわけか」
「皇帝陛下が本命でしょう。皇妃殿下も皇族の血を引く家系ですが、血は薄い。あの方は陛下を誘い出す餌にされたに過ぎない」
「……データは取ってみるが、恐らく戦闘力の桁が違うだろうな。勝ち目はあるのか?」
「手駒を全て適切に扱えるのなら、あるいは。本来、あと一年、何事もなく過ごせたら、ヴァスラム卿の寿命は勝手に尽きると思いますが、その前に足掻こうとするでしょうね。何せ、諦めない方ですから」
ルシアンの唇の端が上がる。
冷え冷えとした嘲笑、心底止めて欲しい。
そう思いながら、マーシュは言った。
「……お前自身を犠牲にするなよ。叔父上はお前が死んだら、自滅に巻き込めたと思って大喜びするぞ」
「僕がそれほど自己犠牲的に見えるんですかね」
見える。めっちゃ見えるんだが、お前。
マーシュはいい加減イラついてきたので、突っ込んだことを言ってやることにした。
「問題ないというなら、皇女殿下に、お前がこれまでしてきたことを言ってやれよ。全部隠さずに」
「……」
「言えないんだろ。それは良くないと思うぜ。皇女殿下は知るべきだ」
「……僕はそう思いません。兄上も、余計なことを言わないで下さいね」
「言わないで下さい(命令形)」というやつだ。
「はいはい」
──でも俺、それは単なる可愛いお願いだと思って、無視する気満々なんだけどな。




