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挿話3 皇妃コノハ・ユディール・ジェス・アヴァルティーダの物語③

「第一名は『コノハ』にしますわ」

「漢字は?」

「ありませんわ。そのまま、コノハ、と」


 夫には、「好きだった小説のヒロインの名なのです」と伝えた。それだけでは納得できなかっただろうが、夫は頷いてくれた。



(このは。あんたこそ、この世界に生まれ変わればよかったのに)



 ひょっとしたら生まれ変わっているのかもしれない。でも、出会えていない。


 だから、今はその名を胸に抱くようにしながら、この人生を生きるしかない、とユディールは思った。


 覚悟が決まったせいなのか、夫との仲はますます良好だ。何かを深く話し合ったわけではないけれど、自然と、素直な気持ちを晒し合うような関係になれた。雅仁は推しカプの片割れだけれど、そういうことに関わらず息子として愛している。全てはあるべきところにおさまったような気がしていた。


 けれど、それでは終わらなかった。


 二人目の子供、皇女となるレジーナを腕に抱いた時、新たな衝撃が襲ってきた。


 頭をぐわんと殴られたようだった。ユディールは物凄く青褪めたらしい。使用人が立ち騒いで、またたく間に寝室に連行され、安静に過ごすよう言い渡された。


 切れ切れの短い眠りを貪り、その間にユディールは、欠けていた前世の記憶を全て思い出していた。



「貴方……」

「大丈夫か、ユディール」



 冷たい氷水のような空気の中で目を開くように、ユディールが目覚めると、そこには心配そうな夫と、少し距離を置いて見守る宰相の姿があった。


 宰相ヴァスラム・ノクト・ディルク・ラスシェングレ。


 なぜ彼がここにいるかというと、彼が自分の甥、ルシアンを皇城に連れてきているからだ。生まれたばかりの皇女の結婚相手として。


「……ごめんなさい、倒れてしまって。ルシアン公を待たせているのに」

「甥なら、腕利きの執事が付き従っていますから、何の心配もいりませんよ」


 そう言って笑う宰相ヴァスラムは、いかにも人の良さそうな、少し頼りなげな顔をした男だ。


 ラスシェングレ家らしい銀髪蒼眼ではあるが、その色はややくすんでいる。容姿もどこかチグハグなところがあり、完全な「成功例」である甥のルシアンと並べると、いよいよその落差が際立って見えた。彼は「失敗例」なのである。銀河帝国にはよくある話だが、残酷な話だ。


 無論、公爵の座はまだ若い、幼いと言ってもいいルシアンに引き継がれ、そのことに意義を唱える者は誰もいない。叔父であるヴァスラムは、ただの一貴族でしかない。


 そのヴァスラムがどうして宰相を務めているかと言えば、それは彼が他にないほどの努力家だったからだ。生まれつきのスペックを理由に、すぐさま諦める者が大半を占めるこの世界で、彼は黙々と勉学に励み、成果を挙げて、皇帝の信を得るまでに至った。


(原作には出て来なかったな……。私が死んだ後、登場したのかもしれないけれど)


 ぼんやりと視線を彷徨わせながら、考える。


 このはが死んだ後。


 ナツメは、ファイアリーソウルヒーローズⅡの最終回を見ずに死んだ。


 交通事故である。車体が迫ってきた時、「トラックじゃないからトラ転できないな」と馬鹿なことを考えていたのは覚えている。


 最終回を見ていないから、この物語がどんな結末で締め括られるのかは分からないけれど、その前に起きる残酷な展開は覚えていた。悪の組織ののじゃロリを追い詰め、やむを得ず手を下してしまったところで、その少女が「かつて誘拐された実の妹、リリス皇女」であったことが判明するのである。


 リリス皇女は「機動石」と呼ばれるダイアモンドを持っていて、死ぬ前にそれを雅仁に託す。慟哭しながら、雅仁は自分の搭乗機体となる「ヴァーナ」を喚ぶ。そしてその巨大ロボに乗って、真の敵と戦うのだ……


(真の敵、葉垣総司令だったんだよね)


 いろんな劣等感を拗らせた裏切り者、だった気がする。


 その後は、勝ったのだろう。ナツメの記憶はそれ以上遡ることは出来ないが、それがお約束というものだ。


 問題は、



(レジーナが、殺されちゃう)



 大事な娘だ。愛する夫との間に生まれた娘。


 それが、生まれて間もなく攫われて、不幸な末路を辿ることになる。



(そういえば、ルシアンもいたわね。悪の組織ののじゃロリに付き従う部下の一人、そのままルシアンじゃない)


 形ばかりの婚約者ではなく、最期まで付き従ったのか。それはちょっと意外である。まだじっくりと話したことはないけれど、いかにも帝国高位貴族といった雰囲気の、冷ややかで感情を揺るがせない少年だと思っていたのに。


 そのルシアンも、レジーナが死ぬ前に死んでいたはずだ。その死に際は、少し特殊で印象的だった。持てる力全てを出し切るように、ヒーローたちが死を意識するほど凄まじい奮戦ぶりを見せ付けた後、糸が切れるように膝をついて倒れるのである。



 皇妃ユディールとして、ラスシェングレ家の事情にある程度通じている今なら分かる。


 あれは、寿命切れだ。



 ラスシェングレ家は銀河帝国四大公爵家の中でも最強の一族だが、その分、闇は深い。代々の当主は「千の執事」を従えた者が選ばれるが、その契約の際に差し出すのは「寿命」である。大体、平均して二十年ほどを差し出すと言われているから、ラスシェングレ家の者は常に短命だ。


 中でも、十数年ほどの寿命を支払うだけで契約を済ませたルシアンは稀に見る天才少年と言われていたはずだが、それが寿命切れとは。どれだけ無理をしたのだろう。



(このままじゃ、皆、不幸になる……!)


 今となっては、雅仁×守だけでなく、この家族全て、身内と捉えている者全てが「推し」なのだ。推しを不幸にするわけにはいかない。自分も一緒にハッピーエンドを迎えたい。


 推しのために、全力で運命に逆らってみせる。ユディールはそう決意した。


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