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挿話2 皇妃コノハ・ユディール・ジェス・アヴァルティーダの物語②

 夫となった皇帝陛下は、知れば知るほど心の優しい男だった。


 元から、地球贔屓で、地球に入り浸るような人である。地球人としての前世を抱えたユディールと、どこか気が合うところがあったのかもしれない。


 全然釣り合わない結婚だと思っていたが、ことのほか上手くいっていた。ユディールはまだ、自分の全てをさらけ出すところまでは行っていなかったが、時々何かが漏れ出していたかもしれない。それでも、夫が気にする様子はなかった。


 夫婦はゆっくりと、心の距離を縮めているところだった。



「私が地球にいた頃の話を、こんなに楽しそうに聞いてくれるのは君だけだな」


 どこか寂しそうに言う皇帝陛下は、地球にいた頃の日々を懐かしんでいるようだった。地球贔屓の銀河帝国人はそれなりにいるが、大半は地球に入り浸ったまま帰って来ない。そして、普通の貴族女性は地球に興味を持ったりしないのである。


 しかし、ユディールは違った。


「だって、楽しいのですもの」


 前世の記憶を取り戻す前から、地球の話を聞くのが好きだった。特に、夫の冒険談は心が踊る。どんなに聞いても飽きない。後になって気付いたが、「ファイアリーソウルヒーローズ」のファンとして、貴重な裏話を聞き放題だったのだから、熱狂するに決まっているのである。


「そうか、良かった。君もそろそろ、地球人を模して第一名を名乗ってみてはどうだ?」

「地球人は色々な名を名乗っていて、難しいのですよね……」


 そう唸るユディールの化粧卓に、皇帝直々、候補となる名前をずらりと並べた紙が届けられたりした。「可憐、美月、桜花……」


 バカップルに至る時は近い。


 だが、ユディールは前世を思い出してしまった。


 突如、押し寄せてきた濃厚な感情の記憶は、容赦なく彼女を打ちのめした。簡単に処理できるようなものではない。「少し休みますわ」と使用人にしとやかに伝えて、昼間から布団の中に引き篭もった。そして泣いた。


 周囲には気付かせていなかったと思うのだが、夫婦としての勘が働いたのだろうか。誰も近付けさせないようにしていたのに、夫である皇帝が寝室に乗り込んできた。


「……どうした。何か悲しいことでもあったのか?」


 その声に含まれる思い遣りですら、今は涙腺を刺激するだけだった。答えられず、布団に包まったまま泣いていると、布団ごと抱き込まれた。大きな手が、多分頭があると思われる辺りを布団越しに撫でる。


「……泣きたいなら、好きなだけ泣くといい」

「……はい」


 そして、ユディールはしばらく泣いた後、抱き込まれたまま、泣き疲れて眠った。


 そして、夢を見た。





 実際にあった記憶だ。



──ナツメちゃん!



 そう呼んでくれる友がいた。



 それは殺風景な病室で、何もかもが白く、空虚で、偽物のように見える場所だった。そこで寝起きしている友は、周囲に何の違和感も感じていないようだったけれど、「ナツメ」はいつも馴染めないものを感じていた。漂白剤の匂いで、何もかも殺菌されて、生気すら消し飛ばされそうな気がした。


 しかし、友はナツメの顔を見た途端、ぱっと輝く笑顔になって……同性なのに、ちょっと可愛すぎるなあ?! 私が男なら嫁にしてやんぞいい加減にしろ!! と、どやしつけたい気分にさせられるのである。毎回毎回。


──「ファイアリーソウルヒーローズⅡ」の続き、見ようよ。ナツメちゃん、予告だけで鼻血吹きそうだったじゃん。なのに、一緒に見るまで我慢して待っててくれたんでしょ?


──あんたの為と思うな。全てはあんたを雅仁×守沼に突き落としてやるための、綿密な計画なんだからねっ……!


──ツンデレじゃないな、これ。何?



 そこだけ花が咲いたみたい、と思っていた。


 白い病室で咲く花だ。


 ナツメはしょっちゅう新たな沼に嵌っていたから、そのたびに友に布教しようとした。彼女はその全部を面白がって、共有してくれたけれど、自分が何かの沼に落ちる様子はなかった。そういう子だったのだ、彼女は。


(どこか、男の子みたいだった)


 その表現が正確なのかどうか、ユディールになった今でも、ナツメには分からない。とにかく、友は普通の少女らしく恋愛に憧れることはあっても、どことなく情動が薄かった。ずっと病室に閉じこもっていたから、世間知らずだったのかもしれないが、そうでなくても、女性らしいドロドロした感情が希薄そうに見えた。


──悪の組織のロリっ娘、可愛いね。周りのキャラが濃いから、苦労してそうだけど。


──これ、逆ハーってやつじゃん! 部下の男性陣にちやほやされるロリも美味しいわ。


──えー、ロリなんだから、恋愛なんてまだ先の話でしょ。これ、本人は絶対そんな気ないよ。


(いやいや、友よ、ロリでも普通に恋したり媚売ったり略奪したりしちゃうから。どんだけ清純な幼少期を送ったのよ、あんたは)


 そう思いながら、彼女の横顔を眺める。


 あまり日に当たらないせいか、白い肌は蝋細工めいて、触れたら壊れてしまいそうな繊細な造り物のように見えた。


 ナツメは普段、賑やかで、人の声で満ち満ちた世界で生きている。その頃は高校に上がったばかりで、特に、どこへ行っても耳をつんざくような喧騒から逃げられない時期だった。


 たまに、煩い! と叫びたくなるようなこともあった。叫んでも、誰も聞いてくれないだろう。こんなに人が沢山いるのに、誰一人自分の話を聞いていないような気がした。その上で、誰が誰より上とか下とか、自分は彼氏が出来たから勝ったとか、そういう視線だけは容赦なく降り掛かってくるような気がしていた。


 この友だけは、そういうことに全く興味がなさそうに見えた。



 ナツメは、彼女が好きだった。



 恋愛感情ではないけれど、将来シェアハウスして一緒に暮らしてもいいな、と思うくらいには好きだった。友が病室から離れられない以上、完全に夢か妄想だったのだけれど。


 友はいつか死んでしまう。薄々分かっていて、いざその時が来たら、受け止められなかった。


(このは、どうして死んじゃったの)


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