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挿話1 皇妃コノハ・ユディール・ジェス・アヴァルティーダの物語①

※別視点




 銀河帝国に、下剋上などというものは存在しない。


 高位貴族、中でも四大公爵家の一つに生まれた娘であるユディールは、そのことをよく弁えていた。


 何しろ、生まれつきのスペックの差が、絶対に越えられないところまで来ているのだ。



 銀河帝国における貴人は、まず、自分の腹で子を育てるということをしない。当然のように試験管の中で受精させ、傅育器の中で育てる。金があればあるだけ、理想的な子に仕立て上げるためにひたすら遺伝子をいじくり回す。そこまでしても、理想の仕上がりになるとは限らないのが人間というもの、ではあるのだが。


 これだけ技術が進んでいれば、民主主義国家であれば差別の撤廃とか公平な社会進出とか、そういうものに繋がったかもしれないが、ここは帝国である。


 全ては身分制の固定と強化に向かって進んだ。



 高位貴族は、一族の貴重な遺伝子を他に漏らすような真似はしない。身分の低い女性が、いっちょ王子様を誘惑して孕んで妃の座を奪ってやるか! と励んだところで、軽く遊ばれて終わるのがオチだろう。今ではそんなことを企む女性すらいない。


 安心安全の継承のため、釣り合いこそが大切なのだ。


 ユディールが、銀河帝国最高の男とされる皇帝陛下に嫁いだところで、陰口ひとつ叩かれることはないのである。



(……全然、釣り合っていないのでは?)



 実際、そう思っているのはユディールだけ、ではないのだと思うが。


 表向きは、嫉妬の目すら向けられることはない。こんなに大人気な美形男性が、恋愛のひとつもせずに、ただ身分的に合うからといって、ポッと出のモブと結婚するなんて。ゆ、許されない……! とユディールは歯噛みした。


 高位貴族の娘として、ユディールにだって、それなりに自負というものはある。それなりに美人だし、それなりに賢い。しかし、飛び抜けたところはどこにもない。安心安全のモブ、というのが、ユディールの自覚である。


 普通の貴族女性は、「モブ」などという言葉を使わないので、ユディールも心の中で思うだけなのだが。


 昔から、生まれつきなのか、ユディールは貴族としては「ちょっと変」なのだ。


 自分では、どこが変なのか分からない。普通とは違う、そんな気はずっとしている。高位貴族としてあるまじき言動をしないよう、穏やかに振舞い、思ったことをすぐに口に出さないようにして、うっかり失敗した時は全力で誤魔化した。そうやって、「普通」の女性に擬態し続けてきた。



 だからその時もまた、永年の習練で培った擬態の微笑みを貼り付けることができた。表向きはさぞかし、典型的で控えめな貴族女性に見えることだろう。銀河帝国首都、大聖堂の中。薄い純白のベールを被って、可憐でたおやかな笑みを浮かべながら、皇帝陛下の手を取ったのである。


 銀河帝国皇帝、隼生・アスクム・ジェス・アヴァルティーダの手を。



 間近で見上げた若き皇帝は、恐ろしい程の美形だった。これぞ遺伝子操作の最高到達地なんじゃないのか? 欠点というものが存在しない。


 しかし、見た目の完璧さに関わらず、彼はかなりやることが豪放で、気ままで、常に周囲の度肝を抜いていた。周りにどう思われても気にしない、そんなところは皇子らしい傲慢、と言えたかもしれないが。


 まず、地球が大好きで、地球人に身をやつして高校に通っていただけでもやりたい放題、と言えるのだが、そこで母星奪還の戦いに身を投じ、得難い仲間を得て友情を深め、同じ釜の飯を食ったりなどしていたせいで(実際、地球の友人たちと闇鍋会を開いたことさえあるらしい)、その手は滑らかな貴人のものではなくて、少しカサついて、ごつごつしていた。だが、そんな彼も、今では皇帝陛下だ。今後は銀河帝国で、皇帝陛下として周囲に傅かれる日々を送るのだから、ほどなく生まれつきの、すべすべした滑らかな感触に戻るだろう。しかし、ユディールはそのカサついた感触が何よりも印象に残って、それが無くなるのが惜しいような気すらしたのである。



 違和感は、常にあった。



 しかし、ユディールはまだ、何も思い出してはいなかった。



 かろうじて、(あれ?)と思ったのは、息子が生まれた時である。


 傅育器から取り出されて、泣いている我が子を見た時、何か既視感めいたものがあった。あれ、この顔、どこかで見たことがあるような……?


 しかし、息子が銀髪であったせいなのか、ユディールの記憶を深く掘り起こすところまでは行かなかった。


 変化が起きたのは、息子が成長して、地球の乳兄弟の元に入り浸るようになり、「雅仁という第一名を名乗ることにしました」という報告の手紙を送ってきた時だ。



「僕の大好きな『ハイパーギャラクシーレンジャーズ』の主人公の名前から一文字取ったのです。本当は『雅人』にしようと思ったのですが、守が、『貴方はただの人ではないのですから』というので、彼の言葉に従うことにしました。日常の些事において、夫は妻の導きに従った方が上手くいく、といいますからね」



(もう夫婦気取りなのね、雅仁……)


 そう思った瞬間から、何かが変わり始めていたようだ。


 手紙に同封された、生まれつきの銀髪と碧眼を染めて地味な薄茶の髪と目になっている息子の写真を見て、ユディールは車に跳ね飛ばされたかのような衝撃を受けた。




 ──これって。


 前世の推しだ。


 正確には、推しカプの攻めの方である。


 何がどうしてこうなったのか、推しカプの攻めの母親に生まれ変わってしまった。急遽、助言求む。


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