第三十一話 その目の包帯、本当は必要ないのじゃろう?
──葉垣ゆかり嬢は語る。
「……ええ。父に聞きたいことがあって、執務室へ行ったの。ノックをしようとしたら、中から叫び声と、何かがぶつかるような音が聞こえてきて。父の部屋は完全防音になっているから、その時点でおかしいなと思ったのよ」
──それで、中に入ったんですね?
「ええ。まず、父が襟首を掴まれて、高く持ち上げられているのが見えたの。影のような人影が父を持ち上げていて、『どうでもいいんですよ、ダイアモンドさえ回収できれば』と言っていたわ。他にも何か言っていたかもしれないけれど……実況機を調べれば分かるわよね?」
──現在、調査中です。
「そう。吃驚して、私、叫んでしまったのよ。『お父様!』って。そうしたら人影が父を離して、父が拳銃を掴んで、相手に突き付けたわ。よく見たら、その相手に見覚えがあって。父は呼吸が乱れていて、顔を真っ赤にして、目の焦点が合ってなくて、私がいるのに気付いていないみたいで。『エルド、お前が何故生きている! 確実に始末してやったはずなのに』って…………言ったの」
──それは……ショックでしたね。
「ええ……ええ。エルド先生が生きていたのも驚いたけれど、まさか父が……先生に……信じられない……。私、まだ、受け止められなくて」
葉垣ゆかりに付けられた実況機の映像を分析した結果、悪の組織の「無名」はかつての正義の味方、朽葉エルド教官であることが判明した。らしい。
再びの号外祭りである。
「先生が生きていたのは嬉しい。だが、仲間の、特にゆかりの気持ちを思うと、ただ喜んでもいられない。俺たちは、エルド先生も葉垣総司令も信頼していた。実際に何があったのか……どんな真実が明らかになっても、受け止められる覚悟を決めておきたいところだ」
インタビューを受けて、粛々と語る雅仁。
(最近、雅仁のインタビューをしょっちゅう見るのう)
妾には誰も話を聞きに来ぬというのに。
(まあ、目立ちたいわけでもなし、妾は悪の組織本部に引っ込んで過ごしておるから、話を聞かれるような機会も無いのじゃが)
ポリポリ、ぱりぱり。
今日も大画面でMHCニュースを流しながら、妾は上の空でポテトチップスを齧っていた。
何故か、ソファの反対側に座って、同じようにスナックの袋を空にしているエルド教官がいる。
……渦中の人間が、何故ここに居るのかは分からぬが。なんとものんびりしたものである。
「……どこもかしこも、今はお主のことで話題沸騰じゃな」
「そうですねえ。今すぐダイアモンドを獲りに行けなくて残念です。もう少し待って下さいね、レジーナ」
「うむ……」
ポリポリ。ぱりぱり。
「……お主は、葉垣総司令とは因縁の仲だったのか?」
「どうでしょう。特に意識したことはありませんが、地球防衛軍の士官学校に通っていた頃、OBとしてやってきた彼を叩きのめしたことはありましたね。現役の軍人だというのに、あまりに手応えがなくて驚いたんですが、そう言ったら顔を真っ赤にしていた気がします」
「そうか。一瞬で関係図が読めたぞ」
「そうですか? 何やら嫌われているなとは思っていたんですが、理由が分からなくて。今思えば、ライバル視されていたのかもしれませんね。全然眼中になくて、構ってやらなくて、気の毒なことをしました」
「お主に関わった者は皆、苦労していそうじゃな……」
こやつ、記憶喪失を自称しておったくせに、全く悪びれず言い訳をする様子もない。平然と嘘をつくし裏切るし、目的のためには手段も選ばない男じゃ。
人間らしい倫理に欠けておるから、逆にあっさり魅了に掛かったのか? こやつが誰かに魅了される、ということが、未だに不思議でならないのじゃが……
「葉垣総司令がダイアモンドを持っているというのは、確かなのか?」
「ええ、一度、彼が鎖を付けてポケットに仕舞っているのを見ました。私は一度見たものは忘れないので」
「……なあ、敢えて聞かずに来たのじゃが、その目の包帯、本当は必要ないのじゃろう?」
「…………」
エルド教官は黙った。
その唇の端が、捲れ上がるように吊り上がって、深まった笑みの形になる。
「……ええ。ですが、魅了の上書きをされたくないのでね」
「どういうことじゃ」
「魅了の術は、目を通して効きやすい。私は精神耐性が皆無に近いので、あっさりレジーナのスキルに影響されましたが、今後、他にもっと強力な魅了使いが出て来たら、上書きされてそちらに靡きかねないでしょう。そんなことは御免こうむりたいのでね、目を封じているんです」
「……お主が何を言っているのか、よく分からぬ」
「楽しいんですよ。レジーナに魅了されてから、思わぬ楽しみが感じられて。それまでは何もかも退屈で、下らないことばかりだったのに。いわば、退屈しのぎに付き合って頂いている、という感じでしょうか」
エルド教官は言葉を切り、包帯に覆われた目を、言葉を失って絶句している妾に向けた。
「大丈夫、私はまだまだ飽きることはありませんよ」




