第三十話 唐突な正体バレである
(こんな言動をしていたと、後で振り返って、エルド教官の黒歴史にならんじゃろうか)
かつて正義の味方側、穏やかな人格者でありながらどこか闇を感じさせる人物であったエルド教官を思い起こすに、やはり常に微笑んではいたが、根本がシリアスの世界の住民であった、と思う。
それが、今はこの状態である。
これが魅了というものなのだとしたら、思った以上に魅了とは恐ろしいものじゃ。
(妾がエルド教官であったら、魅了の効果が尽きた瞬間に妾を始末しておるぞ)
その場合、妾に有効な対抗手段はない。無惨に殺られる……いや、セイランを召喚獣の如く使いこなし、ルシアンの助けを借りれば何とかなるか……?
「なるほど、魅了とは恐ろしいものですね。僕には精神耐性があって良かったです」
同じことを思ったらしい、ルシアンが呟くのが聞こえた。
「そうじゃな…………ん?」
「どうしました」
「いや、思ったのじゃが……今の無名殿に命令すれば、魅了の効果で、どこかにあるはずの機動石を見つけてきてくれたりはせんか?」
「その発想はありませんでしたね」
ルシアンが、天才半分、馬鹿半分を見るような眼差しを向けてくる。ええい、そういう目付きをするから妾に敬遠されておるのじゃぞ。
(試す価値はあるかもしれん)
なにせ、エルド教官はエルド教官である。
こうしてしれっとテレビ番組に出ている様子を見ても、我々の知らない人脈を持ち、手の届かないところに通じる何かを持っていそうである。それに、エルド教官のことじゃ、どんなに過酷で危険な場所に潜入させたとしても、掠り傷一つなく帰ってくるであろう。
問題は、魅了した男性におねだり攻撃を仕掛ける妾に、精神的ダメージが跳ね返ってきそうな点じゃが、もはや、これだけ生き恥を晒しておるのに今更ではないか?
(このままでは、魅了しただけ魅了損じゃ。少しは得るものがあっても良かろうなのじゃ)
結局、損得の観点から、妾は覚悟を決めたのであった。
「無名殿、無名殿。妾から、一生のお願いがあるのじゃ」
「なんですか? なんでも買ってあげますよ」
「…………」
まるでパパ活のような返答が返ってきて、すでに精神的打撃を負った妾である。
離れたところで、壁に寄り掛かってこちらを見ているルシアンが、まるで氷河期の狐のような顔をしているのも精神衛生上よろしくない。妾を止めなかったのじゃから、何か文句をつけられる立場ではなかろうに、何故「媚びて思いのままにしようとするとは不潔ですよ、姫。実に遺憾です」みたいな顔をして見ているのじゃ? ええい、気が散るからどっか行け! と叫びたいのじゃ。
妾はルシアンを視界の端から追いやり、エルド教官の目を覆う包帯をじっと見つめた。両眼が見えぬので、どこを見てよいのかいまいち分からないのじゃが、教官は包帯など関係なく見えている気もするし、これで合っていると信じたい。
「ダイアモンドが欲しいのじゃ。ただのダイアモンドではない、カットされておらん、三センチあまりの卵状で、内側から金色に輝いているような石なのじゃ。一度はペンダントに細工されておったようじゃが、今はどんな扱われ方をしているのか分からぬ。とにかく、その石が欲しいのじゃ」
「分かりました、レジーナのせっかくのおねだりですからね。叶えてあげましょう。すぐに見つけてきますよ」
教官はあっさりと頷いてくれた。
(これは……魅了の力で言うことをきかせられた、ということか? あまりに抵抗なく受け入れられて、かえって違和感を感じるのじゃが)
ともあれ、これで別方向から、機動石について有益な情報が得られることを祈るしかない。何も、教官がいきなり本物を見つけてくるとは期待しておらぬ。相当な労力を掛けてもまだ見つかっていないものが、そう簡単に見つかるとは思えないからのう。妾もそこまで楽観的ではないぞ。
と、思っていた妾なのじゃが。
その夜、飛び込んできたニュースが、思い切り度肝を抜いてきた。
──「本日の夕方、地球防衛軍の総司令官、葉垣司令のもとに、悪の組織の無名氏が押し入りました。用があって司令の執務室を訪ね、途中から事態を目撃した葉垣氏の娘、かつヒーローの一員である葉垣ゆかり嬢の証言によりますと、葉垣司令は大声で『エルド、お前が何故生きている! 確実に始末してやったはずなのに』と叫び、それぞれ武器を構えて緊迫状態にありましたが、ゆかり嬢が登場したことでひとまず武器を収め、その場から引き上げたようです。現在、ゆかり嬢に付けられた実況機の映像を分析しています。現場は非常な混乱に陥っています。詳しい情報が入り次第、至急、続報をお伝えします」
(……………は?)
どうしてこのような状況になったのか、事情を飲み込めておらんのじゃが。
こんな形で、エルド教官の正体バレが起きるとは思っておらんかった。今、すぐに言えるのはそれだけじゃ。




