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第三話 千の執事を持つ少年

「のう、ジョーカー。この部屋の掃除と改装には幾ら掛かるかのう? 総裁(ボス)にお願いして、もう少しまっとうな部屋に替えてもらいたいのじゃが。小綺麗な部屋であれば、いくら無軌道な連中でも、多少は荒らすことを躊躇うであろう? 多少は……うん、多少は……きっとな」


 言葉を口にする端から、自信というものが抜け落ちてゆく。


 無意識に、腕の中のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めながら言うと、そやつは前足を「クッ」と曲げながらクールな返答を寄越した。


「無理です」

「なぜじゃ!」

「資金不足です。他にどんな理由があると?」

「つらいのう!」


 冷徹な参謀にあっさり却下されて、妾の嘆きは深まった。


(お金が欲しいのじゃ……)


 ぶっちゃけ、我らが悪の組織はとても貧しい。一番の理由は、正義の味方に倒されるための下っ端を大量に抱えておるからじゃ。その大量の下っ端が毎回負傷させられ休暇を取る。その間の治療費や見舞金もきちんと支払わねばならぬ。ゆえに、常にカツカツの状態なのじゃ。


 それに対して、正義の味方側はといえば。


 ちょっと考えただけで、「本当に、楽なものじゃのう……」と羨望の声が洩れ出てしまう。


 敵味方、真剣に憎み合う前にもう、羨ましいったらないのじゃ。


 なにしろ、戦いに駆り出されるのはメインのヒーロー五名のみ。しかも毎回、ろくな怪我もしておらぬ。ちょっとファイタースーツが破れるぐらいのことで、それも、国や企業の支援を山ほど受けておるから、いとも簡単に修理されてしまう。新しいスポンサーがついた時など、装備一式がまるまる新調されたりすることもある位じゃ。大富豪か。ファングッズは飛ぶように売れておるし、イベントは毎回大盛況じゃし、ほんに羨ましい……いや、羨んでいるのは連中の金回りの良さだけであって、妾は握手会だのファンミーティングだのはやりたくないし、どうでもいいのじゃが……


(これ以上、のじゃロリとしての黒歴史を積み重ねたくはないからのう)


 のじゃロリでいるしかないのなら、比較的控えめなのじゃロリでいたいものである。これが、妾の心からの願いじゃ。


 そんな妾の心境を知ってか知らぬのか(絶対に知らぬな……)最近、悪の組織の広報部から「レジーナ様テーマソングCDを売り出しましょう! 『妾はお主が大好きじゃ☆』バージョンと『この犬め、跪いて妾の靴を舐めるのじゃ』バージョン、裏表同時販売で行きましょう。そりゃもう爆発的に売れますよ」などと言ってきたので、あれきり連中とは距離を取って、廊下ですれ違っても口を利いておらぬ。奴らは妾に無視されても喜んでおるらしいが、妾は知らぬからな?! お主ら、実は真面目に稼ぐ気ゼロであろう?!


 ……そんなことをつらつらと考えて、妾の眉間のシワはそれはもう酷いことになっていたらしい。妾はつやつやプリプリのロリ顔なのに、境遇が妾をただの愛らしいロリにはしておかぬ。何ともいまいましいことじゃ。


「姫? どうしました。何やら苦しげなお顔をなさっているようですが」


 涼やかな声が聞こえた。


 こんな荒んだ場には相応しくない、極上のクリスタルガラスの杯に冷たい冷紅茶(アイスティー)を一滴ずつ注いだかのような声じゃ。……喩えがおかしかったかのう? つまり、金持ち臭+透明感+若干の棘+圧倒的美、みたいな感じなのじゃが……


「……ルシアン」


 妾はぎこちなく、声が発せられた側に顔を振り向けた。


 凛然として、一人の少年がお茶の席に腰掛けておる。シミ一つない、いっそ輝いて見えるほどの白いテーブルクロスに、いささかも曇らされることなく高貴な輝きを放つ少年。妾より少し年上であろうか、しかし妾の属性が「ロリ」であるように、彼の属性は「ショタ」というものであろう。絹糸の如き銀色の髪、ブルーサファイヤの如き瞳……


 服装は無論、半ズボンにサスペンダーである。以上。……妾はこれ以上、何も言いとうない。


 だが、このルシアンが身に纏っている以上、それは単なる半ズボンではなく、恐ろしく金の掛かった半ズボンである。彼が優雅に摘み上げている薄い陶磁器のカップだってそうじゃ。万札どころか金貨で出来ているようなものじゃろうし、その中を満たす琥珀色の紅茶もひょっとしたら、クレオパトラが真珠を溶かして飲んだという逸話に比肩するものかもしれぬ。その一杯で、家が一軒建つと言われても驚かぬ……………いや、驚くがな! 驚くに決まっておるわ! 妾は慎ましい(貧乏な)悪の組織の人間なのじゃぞ? そんなピカピカの金満ぶりを見せつけられたら、それは驚くに決まっておるのじゃが、それ以上に言いたい。この状況は本気で意味が分からぬと。


(そんな金持ちが、この悪の組織で何をしておるのじゃ?)


 しかも、このゴミ溜めのような一室で、そこだけ空気清浄機が掛かっているような優雅な空間を作り上げているのは何なのじゃ?


「今日も優雅に茶会か、クールなことじゃな」


 ついつい、声音に恨めしげな色が混じってしまった。

 

 何だかんだと申したが……結局、羨ましさしかないわ!


 ルシアンは控えめに視線を落としつつ「くすっ」と笑うと(よく見ると瞳の奥が冷え切っておるので、余計にイラッとくる笑い方じゃな)、


「では、僕が何とかしましょうか?」

「何とか、とは?」

「姫の為に、このゴミ溜めのような部屋を綺麗にして差し上げようかと」


 ゴミ溜め……はっきりと言いおったな。


 確かにその通り。


 そうとしか言えん。じゃが、そのゴミ溜めのような部屋に常駐せねばならん妾を、「姫」呼びしてくるのはどうなのじゃ?


 いっそ、正直に「このド貧民」呼ばわりして、小遣い(金の延べ棒)でも恵んでくれれば良かろうに………………いや待て妾、そこまでプライドを捨ててはいかん。まだそこまで切羽詰まってはおらんはずじゃ(多分)


「……うむ。頼むぞ」


 いろんな意味で寒気がしてきた妾、投げやりに頷いた。ルシアンからは、唇だけで形作るうっすらとした嗤いが返ってくる。こういう表情が「クール系幹部」を求める人事部のお眼鏡に適ったのかのう? しかし、本当にどんな理由があって、この少年は妾の配下に甘んじておるのじゃろうか……などと考えておると、彼の周囲につむじ風が沸き起こるように、金色の風が吹いた。


 傍目には、何が起きているか全貌が掴めぬ。ただ、音もなく唸る風の中、無数の影が激しく動き回って、部屋中の埃や堆積物を巻き上げ、汚濁を飲み込み、真っ白な空間へ変えていく。見る者が見れば、そこに無数の人のかたちを見て取れたであろうが、並の者では無理な話じゃろう。あまりの早さに動体視力が付いていかぬ。一秒、二秒、三秒……


「戻れ」


 ルシアンが命じると共に、ぴたっと全ての動きが停止した。


 蠢いていた影の一つが、ルシアンの前で恭しく頭を下げる。そして、ひゅんっと掻き消えた。


 残されたのは、床も壁もピカピカに磨かれた空間(この部屋、妾が思っていた以上に広々としていたのじゃな)、そしてルシアンの手元には新たに淹れ直されたらしい、うっすらと湯気の立ち昇る紅茶。


 ──ルシアンの決め技、「千の執事」である。呼び出されたのは千人の執事。そしてルシアンの異名は、「千の執事を持つ貴族」である。


 …………




 ……正直に言うがの。


 妾はそれほど戦闘力に優れてはおらん。あるのは、総裁(ボス)の娘という血統だけ……とは言い切りたくないのじゃが、扱える黒魔法も主要武器の鞭捌きもそこそこ、攻撃力という点ではさほど優れておらぬ。おそらく、「中盤ボスは可愛いのじゃロリで☆」という制作陣の妄想……いや、構想力、もしくは視聴者やスポンサーのご意向を体現した存在なのであろう。


 それに対し、見た目だけのショタかと思いきや、その気になったら二千本の武器を駆使できる動員力。攻撃力。それに得体の知れぬ経済力。……妾、こやつの上司として君臨するどころか、一対一で戦って勝てる目が見えぬのじゃが……


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