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第二十七話 パパはフワフワ

 待ち構えていたのは、ボス・ゾアスとエルド教官であった。


 妾を見た途端、ボス・ゾアスの鼻面が膨らむ。肥えた体の割に小さな手をさかんに振って、黒い目をきらきら輝かせながら妾を歓迎してくれた。本当に、憎めない御仁なのじゃ……。


「我が娘よ、念のために聞くが、怪我などしておらんな?」

「大丈夫じゃ、パパ」

「それは良かったが、本当に、無理などするのではないぞ? お前に何かあったら、ワシは泣いてしまうからな!」


 大仰なしぐさ、大袈裟な叫び。


 その度に、艶々した毛が輝く。柔らかそうな耳が動くのに見惚れてしまう。


(パパ、いつもフワフワじゃな)


 魅了のせいだと分かった今でも、パパを見ると込み上げて来る笑みを抑えられぬ。


 妾との仲は良好である。車輪を回すハムスターの如く忙しく立ち働いて、なかなか娘とゆっくり過ごす時間もないのじゃが、顔を合わせればいつでも妾を気遣ってくれる、よきパパなのである。



(……大丈夫かの? 妾……)



 妾が魅了してしまったらしいのじゃが、ひょっとして、妾の方が魅了されているのではないか? 知らぬうちに、パパ大好き♡な娘にされているのではないか? だって……ハムスター可愛いんじゃもん……ほんわり、和む気持ちが抑えられぬのじゃ……


(いずれ銀河帝国皇帝陛下と再会できたとして、同じようにパパ! と呼んで甘えられるじゃろうか……?)


 うっすらとした記憶しかないが、銀河帝国皇帝と言えば前作の大人気キャラ。雅仁に負けず劣らず、超美形、完全無欠の皇子様であったはずである。そんな人をパパ呼ばわりするなど「畏れ多い」という気持ちしか湧いてこない。


 なかなかに分厚い心の壁である。


 妾が複雑な気分に囚われていると、もう一人、こちらは非公認にして妾の保護者ぶっている男がにこやかな笑みを向けてきた。


「災難でしたね、レジーナ。あんな戦闘に貴女を巻き込んでしまうなんて、私もまだまだです。ですが、今後は何があってもセイラン殿が貴女に手出しすることはありませんから、安心して下さいね」

「ほほう」


 「安心しろ」と言われたにも関わらず、妾の警戒ゲージがじわりと上がる。なにしろこの男、発言の全てが黒く聞こえるのじゃ。


「……セイランをどうしたのじゃ?」

「対宇宙戦艦用凍結砲を使って氷漬けにした後、研究所の培養シリンダーに閉じ込めて無力化してありますよ」

「対宇宙戦艦用……?!」

「個人の武勇がいかに優れていようと、巨大兵器の前には蟷螂の斧の如く、ですからねえ」

「ヒーローもののキャラクターが絶対言ってはいけないような発言をしておるな?!」


 妾、震撼してエルド教官を見上げた。


 いかに強いヒーローが存在したとて、最初から戦艦の砲撃で潰されてはひとたまりもない。それは分かっていて皆避けている、ヒーローもののお約束のようなものであるはずじゃが。


(そもそもエルド教官も、個人の武勇寄りではなかったのか)


「お主、それで良いのか……?」

「良いも何も。流石に私も、巨大兵器を前にこの身一つで立ち向かおうとは思いませんよ。唯一、有効打があるとすれば暗殺術だけでしょう。歴史をも塗り変える威力のある個人の暴力は、それだけです」

「………………」


 根っからの暗殺者しか言えないような発言である。


 聞かなかったことにしよう。


 妾の精神的安定のためにも。


 妾がエルド教官から目を逸らすと、ボス・ゾアスが何やら金属質の光を反射するものを手にして近付いてくるところであった。あれは鍵、か……?


「レジーナ」


 差し出されたので、両手を出して受け取る。やはり鍵じゃ。何の金属で出来ているかは分からぬ。黒ずんだ光沢を帯びているが、錆びているわけでもなさそうじゃ。


「パパ、これは……?」

「セイランを召喚する鍵だ。今、あの男は厳重に閉じ込めているが、レジーナか必要になったら呼び出せるよう、転移陣を刻み込んである。あの蛮勇が必要な時が来たら使うがよいぞ」

「パパ……」


 妾はぎゅっと鍵を握り締めると、つぶらに輝く黒い瞳を見上げた。


「そもそも、部下の配置替えはしてくれぬのじゃな……」

「えっ、駄目なのか? あれでも、可愛い娘のために一番強い連中を掻き集めたんだぞ?! 誰もが絶望するようなすごい試練とか、命懸けの勝ち抜き戦とかやって!」

「逆に、そのせいで真っ当な部下が集まらなかったんじゃ……?」

「弱い部下をレジーナに宛てがうわけにはいかんだろう! 出来る限り最強の連中を付けないと! 過酷な世の中に無防備な娘を放り出すとか、想像しただけでパパは震えてしまうんだぞ」


 そう言いながら妾の手を握り締めるボス・ゾアスの小さく柔らかな手が、本当にカタカタと震えていた。


 それを見下ろしながら、妾は、


(ああ、本当に魅了の術が効いておるんじゃなあ)


 と、妙な感慨を抱いた。


 罪悪感というか、神妙な気分になるのじゃ。


(ボス・ゾアスは植民星の独立を目指しているんだったか……妾を助けてくれた人じゃし、上手く決着できるよう立ち回れるとよいのじゃが)


 例え偽物の情だったとしても、全てが偽物だとは言えぬのが人間というものじゃろう。何を本物にするのかは妾次第というもの。いずれ、妾が何か返せるようになったら、パパに恩返しらしきものをしたいところじゃ。


 そんな風に考えられるのも、ひとえに、パパがフワフワだからであろう。


 パパと手を握り合っていると、一歩引いた位置から冷ややかに見守っていたルシアンが口を差し挟んできた。


「僕一人でも十分に守れますので、総裁はどうぞご安心を」


 すぐさま返したのは、ボス・ゾアスではなく、エルド教官である。


「保護者として見れば、まだまだ足りないと言わせてもらいますよ」



 ……急に、空気がキシキシと張り詰めたような気がした。


 この二人、仲が悪そうじゃのう。そして妾、エルド教官を自分の保護者と認めた覚えはないのじゃが……


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