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第二十六話 魔改造されていたりはせんじゃろうな?

「いや待て、妾の周りはシリアス要員だらけではないか? どいつもこいつも一癖あって、しかも強くて手に負えぬなど最悪じゃ。到底、コメディ要員などと言えたものではないぞ!」

「落ち着いて下さい、レジーナ様。コメディ要員などと、誰も言ってはいませんよ」

「む、むう……そうじゃったな……」


 ジョーカーの感情のない声に冷静に諭されて、なんとか落ち着きを取り戻した妾である。


「しかし……」


 妾はソファの上で寛いでいるルシアンに視線を投げかけた。


「お主まで、悪の組織の一員として潜入していたのじゃな。なんとなく、そういうのは部下にやらせる側だと思っておったが」

「部下にやらせていますよ。今この時も、執事のうち半数は情報収集のため出払わせています。そして、一番適任である僕が残っているというわけです」

「適任?」

「婚約者を守るのは、僕の務めですからね」

「お、おう、そうか……」


 妾、ちょっと照れた。


 照れてから、何とも言えない気分になった。


(いや、ここ、照れるところではなかったぞ)


 婚約者を守る。そのために、本来なら大貴族として人に傅かれる側であろうルシアンが、わざわざ悪の組織に潜入してまで妾の側にいた、という事実にちょっとキュンとしてしまったのじゃが、これはむしろ「僕は自分の義務を果たしていますから」という冷静な宣言であろう。その婚約者が皇女であるというならなおさら、貴族として、その義務は果たされねばならん。これは甘さなど一切含んでおらぬ事実である。


 しかも妾、もはや重ねて言うまでもなく伝わっておると思うが、ルシアンが苦手なのである。


 元々、かなり苦手だったのが、その人となりを知るにつれて、多少打ち解けてきてはいる、と思う……多分。しかし、未だに、近くにいれば緊張で身体が強張ってしまう。


 これは、ルシアンのせいではないと思うのじゃが……


(あの、笑っているのに笑っていない笑顔がいかんのじゃ。目の奥が凍り付いたような無表情になっているのを見るたび、ひゅっと心胆が冷える)


 もっと感情を込めて笑ってくれぬものかのう。ルシアンはとにかく面倒くさ……いや、複雑な性格をしておるので、なかなかそうもいかなそうである。



 そんなふうに考えていた妾が、その時、一切思い至っておらなんだ事実がある。


 人は、深刻な苦痛に苛まれていて、それを他人の目からひた隠しにしようとしている時、笑おうとしても笑うことが出来ない。ただ唇の端だけを釣り上げて、目はまるで笑っておらぬ、ということになりかねないのじゃ、ということを。






「時間切れのようですね」


 ボス・ゾアスから呼び出しが掛かったので、妾たちの密談(?)はそこで打ち切りとなった。


 悪の組織の本部は地下にあり、広大な場所を必要とする武器収納庫や下っ端どもの居住区も同様じゃ。怪人どもを生み出すマッドサイエンティスト達が常駐する研究所もまた、地下にある。迂闊に高層ビルディングに居を構えるなど、ヒーローたちに爆破して下さいと言っているようなものじゃからな。


 地上に居室を与えられているのは、何かが起きても自力で対処できるとされている者、妾やそれ以上の幹部陣に限る。ボス・ゾアスの居室もそちらにあるのじゃが、今回、我々が呼び出されたのは地下の研究施設の方らしい。


(地下の研究所じゃと……)


「……セイランが魔改造されていたりはせんじゃろうな」


 悪い予感がする。


 言うまでもないが、妾、しょっちゅう悪い予感に襲われているのである。


 暗い通路の中、隣を歩いていたルシアンが、妾をちらりと見た。淡々と言う。


「そもそも人間ではないのだから、心配する必要もないのでは? 新たに機能が付け加えられたとて、最初からアレなのですから、根本的な改造とはいかないでしょう」


 アレって何じゃ。


(いや、確かにセイランは「アレ」なのじゃが……)


「人間ではない……?」

「気付いていなかったんですか?」

「知らぬ! だから……そういう情報を、何かのついで、みたいに言うでない!」


 妾、知らないことが多すぎじゃな? そして、周囲がまた、余計な設定を盛られすぎではないか?


「あの男はハリボテの人形のようなものです。実際にあの体を動かしているのは、持っている剣の方です」

「剣? 確か、カグツチとか申したか?」

「宇宙から飛来した隕鉄から作られた剣です。同じように隕鉄から作られた剣というのは幾振りか存在しますが、あの剣には星間生命体が宿っている。それが、宿主の意思を完全に乗っ取って動いているようですね」

「星間生命体……」


 SFの世界である。まあ、銀河帝国などと言っている時点でそれなりにこの世界はSFなのじゃが、どうにもご都合主義の印象が否めないため、今まであまり実感がなかったのじゃ。


「つまり、『羽虫が……』とか『更なる高みを目指す』とか言っているのは全部、剣の方ということか?」

「元々の人間の志向も含まれてはいるでしょうが、ほぼ剣に乗っ取られた状態と考えていいでしょうね」

「……確信があるようじゃが、詳しいのか?」

「それなりには。僕の兄が、星間生命体の研究者をやっていますので」

「へえ……」


 更なる疑問が湧いてきたが、それを問う前に、重厚に閉ざされた扉の前に辿り着いていた。両脇に立つ兵士が、しゃちこばって頭を下げる。


 ちなみにルシアンとの会話は、ひそひそと声を潜めて交わされたものではなく、行き交う人間がいる中での、堂々としたものじゃ。つまり、セイランの正体は別に高次の機密でも何でもなく、それなりに知られた事実であったらしい。まあ、妾は無知ゆえ、何も知らぬのじゃが。


(妾、このまま一晩くらい掛けて、こやつらから話を聞き出した方がよいのではないか?)


 絶対、妾に知らされていない事実が、海面下の氷山の如く存在しているであろう。


 そうは思うが、時間がない。


 ギシギシと音を立てて開かれていく扉をくぐりながら、ルシアンが妾を見た。


「人ではないと思えば、セイランの使い方も分かってくるのではないですか」

「ん……」


 妾、返事をするタイミングを逃した。


 そもそも、妾の返事を待つ気が無かったのであろう。足取りを緩めることもなく、ルシアンが入っていく後ろから、妾もその背を追って、ひやりとした空間の中に足を踏み入れた。


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